友達は続けるものでは無い。「今楽しい」を共有するためのもの。

私は友達が少ない。友達関係が長続きしない。

学生の頃の友達や前の職場の人と会っても、何も話すことがないし、仕事や恋愛などの個人的な話をすることにも興味がない。

前職で人生でも絶対見つからないだろうと思えるようなソウルメイトとも言えるような後輩に出会い、こいつとは一生の付き合いになりそうだと思っていたけど、退職した今、やっぱりそんなに執着がなくて、ちょっと悲しくなった。

私は他人に無関心でドライで、人間として欠落してるんだなあ、とそこそこコンプレックスだったし、よくいう「人間関係リセット癖」なのかもしれないと自己否定が強かった。けれど、そんな自分を正当化できる理屈にたどり着けた。

私は今自分が夢中になってるものを、同じ熱量で愛でている人としか、仲良くできないのだと言うこと。

高校の時あんなに好きだった部活の仲間でも、彼女達が今何をしてるかという事にそんなに興味が無いし、しゃべりたいともそんなに思わない。話すことがない。永遠に繋っていたいとも思わない。

ただあの時楽しかった事実は間違えないので、思い出として私の人生を満足なものにするためのパーツとして大切にしているだけ。

唯一の親友も、高校生の時からの付き合いで、卒業してからは他の友達が同様に若干無理して付き合ってた節はあるけど、社会人になった当たりからバンドという共通の話題を持つようになってから、一緒にいるのが苦痛じゃなくなった。

フェスに行っても一緒に行動することは少なく、シートを敷いたらあとは好き勝手に1人で遊びに行き、帰る時は疲れてお互い無言。

個人的なことは話さなくていいし、聞く必要も無い。興味のあることだけで楽しくなれる。

会わなくても、Twitterでひたすらアウトプットしていればそれを勝手に拾って話しかけてきてくれるだけなのも楽。

LINEは返信の義務があると感じてしまうけど、Twitterは不特定多数への発信だから。

会うのは大体年に1回だけど、それでいい。ずっと隣でべたべたして、私のパーソナルに干渉して同意や意見をしてくる友達はいらないかな。

他人のパーソナルを理解したいとか、わたしのパーソナルを理解してもらうことになんの興味もなく、メリットも感じない。

四六時中ワイワイ集まってる人達が羨ましい!と思って試しに輪に入ってみたこともあるけど、苦痛しかなかった。

継続出来ないし継続する意味も見いだせなくて、去った。

私は他人から見ると、友達を使い捨てているように見えるのかもしれない。でもほんとに継続することが苦痛だから仕方ない。

そして仲間を手放しても、また新しく作ると思う。自分が心から楽しいと思う場を、自分で見つけると思う。そうやって不自由なく生きてきたので、それが私の友達との付き合い方。

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大学卒業後、就職しないまま社会へ飛び込む。個人経営の会社で5年→派遣社員で事務を2年→ベンチャー企業で営業を2年。働くって何だろう、生きるってなんだろう。
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