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一夜限りのゲストハウス

あのゲストハウスで過ごした夜は、
私のバージンだった。

私が初めて一人旅をした時の話だった。

当時、お金はない、けど面白い経験がしたい、と思っていた自分はゲストハウスに泊まることにした。

とりあえず目的地の近くにあるゲストハウスをネットで検索…するといとも簡単に本棚のたくさんあるゲストハウスを発見。
いいじゃん、ここなら楽しそう!と思って
とあるゲストハウスに泊まったのだった。

当時、私がゲストハウスに抱いていたイメージは、
・泊まった人と仲良くなっていろんな話をしたり、ご飯一緒に食べたりお酒をのんだりする
・旅行好きと旅行先であった刺激的な話をする
・運が良ければ恋に落ちたり、仕事のツテができたりする

などなど…。
普通の宿に泊まるのとは全然違う経験が必ずできる、みたいな想像を膨らませていた。
(のちに必ずしもそうでないことを認識する)

私にとって初めてのゲストハウスは、
そのイメージのまんま、
いや、さらにそれを超えてくるくらい、
ゲストハウスらしいゲストハウスだった。

脱サラしたオーナー。
画家の奥さん。
ゲストハウスに毎日訪れる
オーナーの地元の友人。

居間の壁一面は本棚で、
オーナーこだわりの書籍たちが
こだわりの並び順で宿泊者を見守っている。

居間には常に誰かがいるが、
足を踏み入れても良いし、
踏み入れなくても良い。
心地の良い空間だった。

ただ、勇気を振り絞って居間に足を踏み入れた時が、私にとっての終わりだったのだ。

他の宿泊者2組と、私と、オーナーと、
地元の方数人。
簡単に自己紹介を済ませた後は、
恋愛とか仕事とか各々たのしい話に花を咲かせる。

その日はセックスの話になった。
オーナーは奥さんと歳の差があってどうだとか、他の宿泊者は彼氏と5年付き合ってるけどもうなにもないとか、アプリで出会った人がどうとか。
私は当時付き合っていた恋人の話をした。

気づいたら朝の4時までみんなで話をしていて
気づいたら連泊します、とオーナーに伝えていた。

次の日の夜も、またみんなで居間に集まった。

翌日昼間から予定があり、早朝のバスで帰る予定だったので早く寝ようと思っていた。
けれどその居間に足を踏み入れたが最後、朝まで出ることはできなかった。

日が変わる頃、
ぽつりぽつりとみんなが帰りだす。

午前2時、オーナーと、私と、もう1人の宿泊者のみがその居間にいた。

私は変な気分だった。

話が弾まなかった。
はやく、オーナーと2人きりになりたかった。

別に下心があったわけじゃない。
2人の方が話が弾むし、もっといろんなことを吸収できる、そう思っていた。

しばらくして、その宿泊者は眠りについた。

オーナーがお酒の缶を持ってきてくれた。
プシュ
その音が、居間をどこか異空間へ連れて行った。

2人きりで、なんの話をしたかというと
正直あまり覚えていない。
オーナーが持ってきてくれたお酒を開けて
旅やセックスやお酒の話をした気がする。

でも話の内容なんてどうでもよかった。
私はやっぱり変な気分だった。

オーナーも変な気分だったと思う。
私とオーナーは20歳の差があったけど
相手の心のうちが手に取るようにわかった。

この居間は、現世から離れたところにあるんじゃないか。時間が止まって、息までも止まりそうだった。

心が繋がっていた。繋がっている気がした。
体までも、繋がりたいと思ってしまった。

気づいたらバスまであと2時間だった。

惜しかった。
あと2時間で現実に戻らないといけない。
いやだ、寝たくない。
帰りたくない。

そこでオーナーが口を開いた。

危なかったね

残りの2時間は、答え合わせの時間だった。

あの時、はやく2人きりになれたら良いのにと思ったこと、
もっと2人きりの時間が長ければ、
セックスしていたかもしれないこと、
相手の気持ちが手に取るようにわかったこと、

同じ気持ちだったよね?

ひとつひとつ思っていたことを口に出して
2人の間に繋がっていた何かを
ひとつひとつ解いていった。

午前6時、私たちは現実に帰ってきた。

バス停まで送るよ

バスまであと10分、2人で走った。

本当に、ありがとうございました。
絶対、また来ます。

オーナーの姿が見えなくなるまで全力で手を振った。

終わりだった。
それから数日間はその日のことしか考えられなかった。

初めてセックスをした時よりも、
すごくすごく興奮した。
体の繋がりを持たなくてよかった、
むしろ、
それよりも何か深い繋がりを持ってしまった。
そしてそれを自分たちで解いた。

今思えば、完全な浮気で、完全な不倫だった。
一夜限りとはいえ、完全に心の繋がりを持ってしまっていたのだから。

あのまま違う世界に行っていたら
どうなっていただろう。
体の繋がりを持ってしまったら
どうなっていただろう。
オーナーはこんな感覚を、
経験したことがあったんだろうか。

いや、ないだろうな。
なぜか、自信があった。

私はそれから、そのゲストハウスには行っていない。あれからもう4年経った。
オーナーは元気だろうか。

絶対、また来ます
といった気持ちは嘘ではなかった。

今でさえ、行けるのなら行きたい。
けど勇気が出ない。
あの時はあの時のままで保存しておきたい。

初めての一人旅
初めてのゲストハウス
初めての。

あの夜は私にとって、
心のバージンを奪われた夜だったんだ。

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