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第7章 座談会「ひきこもり」の再定義のために(ダイジェスト版)

本書「ひきこもり白書」は、私たちUX会議のメンバーが議論を重ね、試行錯誤しながらつくったものです。当事者団体である私たちには全くと言っていいほど本格的な調査の経験はありませんでした。では、なぜわたしたちは無謀とも思える未体験の白書プロジェクトに取り掛かったのでしょうか。その経緯と試行錯誤、そして制作後の思いを記録に残すため、監修者の新雅史さんと関水徹平さんを交えて座談会をおこないました。白書を読みすすめるにあたり参考にしていただければ幸いです。(こちらは「第7章 座談会「ひきこもり」の再定義のために」のダイジェストになります)

┃ひきこもり白書ができるまで

室井舞花(以下室井) 今日は、新雅史さんと関水徹平さんを交えて、白書の内容の簡単な紹介やそこから見えてきたことをざっくばらんに話し合えればと思います。
まずは簡単に、UX会議の調査事業の取り組みについて経緯をふり返ってみたいと思います。
これまでひきこもりの当事者として、女性という存在はほとんど注目されてきませんでした。そんな中、UX会議では2016年から「ひきこもりUX女子会」を開催していますが、会を重ねる中で目の当たりにしたのは「女性当事者の数は決して少なくない」ということでした。
ひきこもり女性の可視化の道を開いたのち、2017年に私たちは女性当事者を対象にした「女性のひきこもり・生きづらさについての実態調査2017」を実施しました。
その結果369名の方々から回答を得ることができ、その内25%は既婚者であるなど、これまで見過ごされてきた存在に光が当たり、社会の関心が高まる契機となりました。

続いて2019年に、性別を問わず、規模を拡大した「ひきこもり・生きづらさについての実態調査2019」を行い、これが今回の白書の元となっています。
この一連の調査事業において大切にしてきたのは、当事者のリアルな声を伝えることでした。UX会議のメイン事業はイベントや当事者会です。
私たちにとって実態調査とは、そこで出会った人たち、もしくは出会えなかった人たちの姿を、広く社会に発信していく手法なのだと思っています。

林恭子(以下林) 私たちにとって、当事者の声を伝えていくことは活動の柱のひとつです。
ひきこもり当事者もしくは経験者、生きづらさを抱える人たちの声を集め、それを白書という形で支援者の皆さんやその枠組みをつくる方々、そして社会に届けることは、非常に大切なことだと感じています。

室井 実は、「白書」という言葉が出てきたのは調査を始めてしばらく経ってからでした。自分たちの調査がこのような形になろうとは、U X 会議のメンバーは思ってもいませんでした。
新さんに協力してもらう中で、「白書」という単語が出てきたんですよね。「ひきこもりの白書をつくる」というアイデアにはどのような意図があったのでしょうか。

新雅史(以下新) 「ひきこもり」という言葉は日常的にも広く用いられていますし、「社会問題」として政策対象になって久しいです。
にもかかわらず、本格的な実態報告書は存在しなかったように思います。序章にあるように、国はひきこもりの調査をおこなっていますが、それはあくまで「国民のなかにひきこもりがどれだけ存在するか」ということに重きが置かれていて、当事者の視点やリアリティに欠けており「実態」調査としては貧弱なものと言わざるを得ません。
それ以上に国の調査報告書に欠けているのは「ひきこもりの多様さ」だと思います。性別・年齢・地域などにより「ひきこもり」の実態にどのような多様性が生じているか。あるいは当事者が考える支援の課題とは何か。こうした多様な声が聞こえてこないわけです。
だったら自分たちで本格的な報告書、つまり「白書」を作ってしまえばいい、そう思って提案した次第です。もうひとつには、当事者団体として「ひきこもり」を再定義することの重要性です。
もちろん多様な解釈があってよいとは思うのですが、議論の際に参照できる軸のようなものを当事者の側から発信することができれば非常に有益ですよね。その基礎となるような資料を作成する。このふたつのことを念頭に提案させてもらいました。

室井 白書を提案された当初はイメージをつかみきれていませんでしたが、2度目の調査で1,600名以上の方から回答を得られたことは白書の制作に踏み切る大きな動機となりました。
回答してくださった皆さんが私たちに何かを託してくれているという感覚がありましたし、その人数とともに、自由記述のボリュームと熱量に圧倒されました。
これを単に集計して終わりにするのはあまりにもったいないという思いもあり、白書を作成するに至りました。

┃ひきこもりUX会議ならではの調査とは

室井 当事者団体としてUX会議が調査をおこない、それを白書にまとめる過程で、さまざまな悩みや壁に直面しました。今回、特に石崎さんは苦しみ抜いてますよね。

石崎森人(以下石崎) これまで自分がやってきたのは基本的に当事者発信で、自分の体験や思いを伝えることです。
ところが今回は、数字などのデータを基にある程度の客観性をもって、白書に適した表現や伝え方にしなければいけない。何をどう書けばよいのかわからないことの連続で、非常に苦労しました。

林 白書の作法として、我々のこれまでの経験や見聞きしてきたことを書くのではなく、あくまでもデータに沿って書くことが求められます。
これが意外と難しくて、慣れるまではそういった点での苦労はありました。しかし、やはり現場での実体験と、調査結果の数字や皆さんの声という客観的なデータが合わさることは、発信していく上での大きな強みになるんだなとわかりました。

新 
たとえひきこもりの経験者であっても、自分自身の経験と自分以外の当事者の経験を語ることには、違いが生まれて当然です。「私」個人の視点と、「私も含めた当事者」の目線で書くことの違いと言ってもいいかもしれません。
どの立場でどのように書けばよいか、皆さん相当苦心されたのではないかと思います。
客観的に書くといっても当事者の視点から離れる必要はありませんが、ひとまず「私」を主語にして語るのをやめようと助言しました。
「私」も含めた「私たち」を意識していないと読者が離れてしまう可能性があります。また当事者といっても、そこには当然ながら多様さがあります。執筆者の皆さんにはその多様さを踏まえたうえでの記述を心がけるようにアドバイスしてきました。

室井 白書を作りながら、何度も主語の部分で議論しましたよね。「ひきこもり当事者・経験者は~」と何気なく書いているケースがありますが、「ひきこもり」の定型化を避けるため白書の本文内ではこの書き方を可能な限り控えるようにしました。
「今回の調査に回答したすべての回答者は~」という言葉に置き換えたりとか。そのあたりについて新さんが細かく気をつけてくれたのがよかったのかなと感じています。
関水さんは、ひきこもりの研究者としてUX会議の調査を白書にまとめるというプロセスに関わってみていかがでしたか?

関水徹平(以下関水) 先ほど林さんも石崎さんも、当事者・経験者の立場から他の当事者・経験者のデータを読み解くことに苦慮した、データに立脚した分析に慣れるまで難儀したと仰っていましたが、読んでみて僕はそうは感じませんでした。
そもそもUX会議のようなクリエイティビティを持った当事者団体でなければこういう企画を成立させるのは難しいでしょうし、データ分析の結果も全然違っていたと思うんですよね。「ローカルナレッジ(local knowledge)」という言葉がありますが、この「当事者・経験者としての知識」があるからこそ読み解けたんだと感じる場面がたくさんありました。
UX会議のメンバー自身が調査を設計し、データを分析した意味はすごく大きいと思います。
白書を読んで本当に印象的だったのは、当事者一人ひとりの声をすごくフェアに受け止めて、それを発信しようとしていること。それは、白書のデザインにも反映されていますよね。
自由記述の扱い方にしても、その声を出した人が確かにそこにいると感じられて、僕としてはUX会議らしさを感じます。
そういう小さな声をしっかり届けられることこそ、UX会議の活動の大きな意義だと思いました。


室井 じつは林さんと石崎さんは、白書の執筆中に「なんでこれをUX会議が出すんだろう?」と何度も言っていたんですよ。それはつまり「客観性を重視するのであれば私たちが出す必然性がない」ということなのですが、私はずっとそんなことはないと言い続けていて。
UX会議の、この白書に携わったメンバーだからこそこの構成になったし、自分たちの当事者経験に立脚していたからこそ可能だったのではないかと思います。

新 本当に多くの時間を使って議論しました。議論のうちの8~9割はメンバーの方には苦痛を伴うことだったと思います。
でも、議論を重ねたり執筆を進める中で、新しい発見もあったはずです。何かを見つけた瞬間ってすごく嬉しいじゃないですか。やっぱり「自分の主観を超えて自分たちのことを知る」ことが調査の面白さだと思うんです。
もちろん議論しているだけで最終的に成果物ができなければ意味がないの
で、そこに大変さがあるんですが。
調査が成果としてひとつの形になると、僕や皆さんとのコミュニケーションを超えて、また新たな交流が発生しますよね。やはり、この広がりが大切だと思うんです。
白書が出ることによって、読んでくれた人とのやりとりがまた生まれ、自分
たちでは気づかなかった新しい発見との出会いにつながっていく。当事者でなくても、ちゃんと関心を持ってくれて語り合うことがとても重要で、それがやっぱり社会の理解を促進するし、よりよい社会の形成にも繋がるはずです。その意味で、白書というのはコミュニケーションを一歩進めるための非
常に重要なツールなのだと思います。(続く)

いかがでしたでしょうか。続きはひきこもりUX会議オンラインショップまたはAmazonからご購入できます。

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