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序章 ─ 第2 節─ 内閣府調査との比較から見る UX会議調査の特徴

関水 徹平
立正大学社会福祉学部准教授

本調査データの特徴を、ひきこもりに関する他のデータとの比較によって確認しておきたい。ここでは、これまでに実施されたひきこもりについての大規模な調査の本調査(以下「UX会議調査」)と内閣府調査は、同じひきこもりに関する調査といっても、ひきこもりの捉え方も調査方法も異なっている。内閣府調査が「ひきこもり」を客観的に定義しているのに対して、UX会議調査は、当人のひきこもりと生きづらさの経験を重視している。アプローチの違いによって、それぞれの調査の結果2018年「生活状況に関する調査」)をとりあげる。
本調査(以下「UX会議調査」)と内閣府調査は、同じひきこもりに関する調査といっても、ひきこもりの捉え方も調査方法も異なっている。内閣府調査が「ひきこもり」を客観的に定義しているのに対して、UX会議調査は、当人のひきこもりと生きづらさの経験を重視している。アプローチの違いによて、それぞれの調査の結果がどのように異なるのか、その違いを大まかに確認したい。

1.調査方法と定義について

1-1.調査方法の比較
まず調査方法や調査対象について確認すると、内閣府は2015年に15~39歳、2018年に40~64歳の年齢層各5,000人を層化二段無作為抽出法によりサンプリングし、訪問留置・訪問回収による調査を実施している。UX会議調査では、調査対象者の年齢は限定しておらず、基本的にオンライン調査である。

内閣府調査2015では「広義のひきこもり※1群」は49人(有効回収数に占める割合1.57%)、過去に「広義のひきこもり」であったと思われる人の群は158人である。
内閣府調査2 0 1 8では「広義のひきこもり群」は4 7 人(同1.45%)、過去に「広義のひきこもり」であったと思われる人の群は134人である。(表 序-2-1)

※1 表 序-2-2「ひきこもり」の定義(要件)の比較参照

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1-2.「ひきこもり」の定義の比較
「ひきこもり」の定義については、内閣府調査は調査者による客観的定義、UX会議調査は(調査者の側では定義せず)回答者による主観的判断に基づいている。内閣府調査では「外出頻度」に関する設問をベースに、「ふだんは家にいるが、自分の趣味に関する用事のときだけ外出する」「ふだんは家にいるが、近所のコンビニなどには出かける」「自室からは出るが、家からは出ない」「自室からほとんど出ない」という状態が6か月以上続いていることを「ひきこもり」の基本的な定義としている。そこから、身体的な病気がきっかけの者、自宅で仕事をしている者、家族以外との会話があり、介護・看護・育児・家事手伝いなどをしている者などを除外している。(表 序-2-2)

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UX会議が、「ひきこもり」の客観的定義を採用しない理由は、前節にも書かれている通り、「ひきこもり」という言葉が、精神科医等の専門家が定義する科学知であるというより、日常生活の中で人びとが自分たちの経験を表現するために用いる日常知であり、「ひきこもり」という言葉を使う一人ひとりの当事者の立場を尊重したいとUX会議が考えているためである。

2.UX会議調査データの特徴
内閣府調査の結果との比較から

前述のように、UX会議調査と内閣府調査は、ひきこもりの捉え方も調査方法も異なっており、調査結果の単純な比較は意味をなさない。しかしながら、内閣府調査の結果と照らし合わせることで、UX会議調査の回答者がどのような特徴を持っているのかを考察する手がかりを得ることはできるだろう。以下では、内閣府調査と見比べながら、UX会議調査の回答者の特徴を考察する。


2-1.性別
内閣府調査で把握されたひきこもり群と比べて、UX会議調査の回答者の性別は女性が63.3%と高い。回答者に女性が多い背景としては、UX会議が団体の中心事業として2016年から「ひきこもりUX女子会」を全国各地で主催していることが考えられる(同会は2021年3月までに約100回以上開催され、のべ4,000名以上が参加している)。
それ以外にも、UX会議では女性を対象にした実態調査や報告書、ブックレット刊行の実績があり、女性への認知度が男性に比べて高いと考えられる。
また性的マイノリティの人の性自認の多様性を考慮し、UX会議調査と内閣府調査2018では性別に「その他」という選択肢がある。UX会議調査では回答者の5%前後が「その他」を選択したのに対し、内閣府調査2018のひきこもり群では「その他」という回答はなかった。
(図 序-2-3)

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2-2.年齢構成
年齢構成については、UX会議調査は30代・40代の比率が高い。内閣府調査は30代・40代の合計が4割未満なのに対して、UX会議調査は30代・40代の合計が6割を超えている。30代・40代の割合が高い理由としては、UX会議のイベント参加者のボリュームゾーンであること、オンライン調査がメインであることが関係していると考えられる。
(図 序-2-4)

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2-3.世帯構成・主たる生計者・学歴
UX会議調査の単身世帯の比率は約2割と、内閣府調査に比べて高い。単身世帯の比率が高い理由をシンプルに説明することは難しいが、20代~4 0代の回答者の占める割合が9割近いこと、オンライン調査へのアクセスのしやすさ等と関連していることが推測される。
また、UX会議調査では配偶者/パートナー※1と同居している割合は13.5%(現在ひきこもり)、16.9%(すべての回答)で、内閣府2015年調査に比べるとかなり高い一方で、内閣府2018年調査に比べると低い※2。UX会議調査
の同居割合が内閣府2015年調査と2018年調査の中間なのは、回答者の年齢が高くなるほど配偶者/パートナーとの同居割合が高くなる傾向があるためだと考えられる。
また、UX会議調査では、女性で配偶者/パートナーとの同居割合が高いという結果が出ている。(本人が)主たる生計者である割合については、UX会
議調査対象者全体(すべての回答)では32.6%と、内閣府2 018年調査と同程度の割合である。「現在ひきこもり」では18.1%と内閣府2015年調査よりはかなり高く、2018年調査よりは低い。UX会議調査における主たる生計者の割合は、既述の年齢構成や単身世帯比率の高さと関係していると考えられる。
大学・大学院への在籍経験がある人の割合については、U X 会議調査は、内閣府調査に比べてかなり高い(UX会議調査では中退経験率も高く、大学の中退経験率は3 4 . 3%にのぼるが、内閣府調査では中退率は不明)。先行研究によれば、教育歴の高い者の方が、そうでない者に比べて社会的活動に積極的に参加する傾向がある[1]。ひきこもり当事者・経験者にこの傾向を単純に当てはめることはできないかもしれないが、教育を受けた年数が長い者ほどUX会議のような活動にも関心をもち、オンライン調査にも参加する傾向があるという推測は成り立つのではないだろうか。(表 序-2-5)

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2-4.就労状況・正社員経験・就職希望
現在の就労状況について、U X 会議調査のひきこもり当事者の就労率は、内閣府2 0 1 5年調査とそれほど大きな違いはない。UX会議調査全体(すべての回答)では、非正規雇用率が1 5 . 9 % 、正規雇用とあわせて2 4 . 6 %であ
り、4人に1人が、正規もしくは非正規雇用で働いている。
正社員の経験については、内閣府2 0 1 8 年調査では7 3 . 9 %なのに対して、U X 会議調査では3 3 . 7 %にとどまる。また、就職を希望している比率は、2 0 1 8年調査に比べて顕著に高い。(表 序-2-6)

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2-5.居住地域
 回答者の居住地域については、UX会議調査では関東在住者の比率がかなり高く、半数近い。この背景にも、UX会議の認知度が関わっていると考えられる。(表 序-2-7)

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[1]中井美樹・松井真一・高倉弘士・竹内麻貴(2011)「教育階層と格差意識・社会活動・社会的ネットワーク─地域と暮らしについての意識調
査データからみる教育による分断をめぐる現状と課題」『立命館産業社会論集』47(1)、豊島慎一郎(2012)「「社会階層と社会参加」再考」『教
育系・文系の九州地区国立大学間連携論文集』6(1)など。

本節のまとめ

「ひきこもり」の客観的定義に基づく内閣府調査に対して、U X 会議調査は、一人ひとりのひきこもり経験を重視している点に大きな特徴がある。調査方法や「ひきこもり」の定義が違うため単純に比べることはできないが、内閣府調査の結果を参照すると、U X 会議調査の回答者(ひきこもり・生きづらさの当事者・経験者)には、以下の層の比率が高い特徴があることが見えてきた。
①女性および性別「その他」
②30代~40代
③単身世帯
④大学・大学院在籍経験のある人
⑤現在働いている人
⑥関東在住者
このようなデータの特徴の背景には、やはり調査方法の違い(無作為抽出かそうでないか)、「ひきこもり」「生きづらさ」の当事者・経験者であるかどうかが本人による判断に基づいていること、U X 会議の認知のされ具合、オンライン調査による回答がメインであることなどが大きく関わっていると考えられる。
こうした特徴は、UX会議調査の結果を読むうえで留意が必要な点であるが、それをメリットとして捉えることもできるだろう。とくに、①性別については、これまであまり発信されることのなかった女性や性的マイノリティの声を多く拾い上げている。また、③については、これまであまり聴き取られることがなかった単身世帯のひきこもり当事者・経験者の声が拾い上げられていると言えるだろう。

一方で、やはり留意すべき点もある。②については、3 0 代~4 0 代で回答者の6 3 . 2 % 、2 0 代も加えると9割近くを占めている。2 0 代~4 0 代の当事者・経験者が中心になっており、10代や50代以上の当事者・経験者が占める割合は低いことに留意が必要である。
④については、大学に在籍した経験を持つ人が多いこと、またその一方で中退率が高いことにも留意すべきでる。
⑤については、回答者全体(ひきこもり・生きづらさの当事者・経験者)の2割超が正規・非正規で働いており、働く人たちのひきこもり経験や生きづらさが示されていると言えるだろう。
⑥については、関東在住が4 割半ば、中部・近畿圏の回答者を合わせると7 割半ばになり、それ以外の地域に住む人たちが回答者に占める割合は小さいという点を意識しておく必要がある。
最後に、UX会議調査がもつ社会的意義について述べておきたい。何といっても、主観的定義を採用したことがUX会議調査の最大の特色である。社会的
孤立や生きづらさは、日本のみならず世界各国で重要な社会問題として注目されている。そして社会的孤立や生きづらさという問題の特徴は、それが専門家によって定義される客観的な状態である以上に、一人ひとりの主観的な経験として捉える必要がある、という点にある。
その点で、U X 会議がひきこもり経験や生きづらさを、専門家の定義ではなく、回答者各自の判断に基づいて調査したことは適切だと考えられる。この調査に対して寄せられた1 , 6 8 6 件の回答は、行政関係者、支援団体、一般市民が、社会的孤立や生きづらさという現象の実態把握・支援施策を考えるうえでも、重要なリソースである。

UX会議調査は、ひきこもり・生きづらさの当事者・経験者たちの経験や思いという主観的側面を明らかにするだけでなく、彼・彼女たちの家族関係や就労状況などの客観的な実態についても明らかにしている。このデータかは、客観的な実態と主観的経験がどのように関連しているのかを明らかにすることができる。また回答には年齢制限も設けられていないため、ひきこもり・生きづらさの当事者・経験者を幅広い年齢層にわたって把握し、世代間の比較をすることもできる。本白書は、ひきこもり・生きづらさという経験の実態について、総合的・多角的な分析を提供する点で、大きな社会的意義を有するといえるだろう。

いかがでしたでしょうか。続きはひきこもりUX会議オンラインショップまたはAmazonからご購入できます。

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