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冷奴が湯豆腐鍋に変わるまで #夜更けのおつまみ

何も予定がない金曜日の夜は、駅前のスーパーでお酒とつまみを買って飲みながら帰るのが好きだった。当時暮らしていた1人暮らしのマンションまで、駅から15分ぐらい歩く。

家に着いてから、買ったスーパーのお惣菜をテーブルの上に並べ、つまみながらぼんやり時間を過ごす。

自分の好みだが、冷たいおつまみが好きでよく買っていた。

・ひじき
・たたききゅうり
・キムチ

その中でも僕が特に好きなのは「冷奴」だった。
すぐ食べられるし、とにかく楽だ。パックから取り出し、ネギとめんつゆをかける。

当時の部屋はワンルーム。味気ない男の1人暮らし。テーブルの上にはパソコンがあり、流すのはネット動画かラジオだった。
バラエティー番組を流す事が多かったように思う。しっかり見る、というよりも楽しそうな雰囲気が画面から流れていると1人の気が紛れた。

流れる動画を、眺めつつ酔った頭でぼんやり自分の過去や将来に思考を向ける瞬間が嫌いではなかった。

東京に来て10年以上が経ち、割と波乱万丈だった20代だったが生活も落ち着いてきた。
もちろん、豪華な暮らしなわけではないが、生活に不自由は特にない。

このまま1人で生きていくのも悪くないな、と思っていた。
30歳だった。

3年が経ち、僕は引っ越す。

何も予定がない金曜日の夜は、駅前のスーパーでお酒を買って飲みながら帰るのが相変わらず好きだ。
引っ越したマンションも自宅から遠く、徒歩10分以上掛かる。

白菜や豆腐、豚肉など食材を片手に、ハイボールを飲みながら帰る。
自宅に着き、テレビを点ける。

「ただいま~」

玄関のドアが開く。妻が帰ってきた。
僕は、結婚した。

最初から強烈に惹かれ合って、というわけでもないが、初めて出会った時から気が合った。
なんとなく、居心地がよく、出会って2回目で付き合い、その1年後には結婚していた。まるで、何かに流されるようにスムーズだった。

お互い仕事をしているので、家事は分担制。

僕が食器洗いや洗濯と掃除。
妻は料理と掃除を担当する事が多い。

お互い趣味はまるで違う。

僕がヨガや銭湯が好きで朝型生活。
妻がお笑いとジャニーズが好きでで夜型生活。

趣味は違うが、一緒にいると楽なのだ。他人といるほうが自分らしくいられる、と感じるのは不思議だと思う。
お互いそんなに干渉しないが、金曜日の夜、お互いどちらも予定が入ってない日はお酒を飲み、妻の作ってくれた鍋を食べながら録画したアメトークを観る事が多い。

この日の鍋は湯豆腐鍋だ。白菜や、豆腐を自分のお椀によそう。
僕も妻もビールやハイボールをそれぞれのグラスに注ぐ。

「今週もお疲れ様」
「お疲れ様」

乾杯をして、グラスを重ねる。
TVの中では、芸人さんが自分の愛するモノを熱っぽく語っている。
その熱量に笑ってしまうのだが、そこまで愛するモノがあるって素敵だな、とぼんやり思う。

鍋の豆腐を見ていたら、ふと、1人暮らしの頃を思い出した。

「1人暮らしの頃さ、金曜の夜は冷奴をつまみにして、たまに飲んでたんだよね」
「あ、そうなの?豆腐まだあるよ」
「たまには、食べようかな」

冷蔵庫へ向かい、お皿に豆腐を出し、ネギを上に載せ、めんつゆを垂らす。
久しぶりに食べても、やっぱり美味しい。

当然ながら、鍋の豆腐も冷奴もどちらもいいものだ。

「そういえば、洗濯用の洗剤買ってこないとね」
と鍋をよそいながら妻が言う。

「そうだね、駅前のドラッグストアで今度買ってくるよ」
と僕が答える。

「匂いがあんまりしないのがいいなあ」
「そうだね」

結婚しても人生は特別に変化するわけではない。非日常も続けば日常になる。
「結婚してどう?」と聞かれる機会がある。
「そんなに変わりませんよ」その度に笑いながら、こう答えている。

ただ、1つはっきりと変わった事もある。
僕は、家でお酒とおつまみを食べる時、よく笑うようになった。
普段も、以前より自然と笑う回数が増えた。
妻もそうだといいな、と思う。

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