「異議」は棄却するものか,却下するものか

 いま,日曜夜9時からTBS系列で,『99.9-刑事専門弁護士-』というドラマをやっています。弁護士考証(?)がしっかりされていて,弁護士の目で見ても非常に見応えのあるドラマになっています。

 さて,先日,第1話を拝見したところ,非常に興味深い一幕がありました。
 松本潤さん演じる深山弁護士が,証人に対する反対尋問中,検察官から「重複する尋問である。」として異議を出されました。深山弁護士は「記憶を喚起するものであって相当である。」と意見を述べました。その後,裁判長が

異議を棄却します。

と宣言し,そのまま尋問が続けられました。


 この,何でもないシーン,弁護士の目から見ると当然の流れなのですが,一般の方からすると違和感があるかも知れません。

異議を却下します。

ではないのです。

 これまで見てきた法廷ドラマでは,「異議を却下する」ものが多かったような記憶があります。私も99.9を見ながら「どうせ今回も異議を却下するんだろ・・・」という思いで見ており,度肝を抜かれました。
 一般の方の感覚でも「異議」は「却下する」ものであるという感覚があるのではないかと思われます。

 たとえば,「境界の彼方」の短編アニメの主題歌である「Judgmentじゃ!」の歌詞にも

有罪!無罪!ジャッジメント
異議あり!却下!

などというものが登場します(なお,曲のタイトルは原文ママです。)。

 また,「ボケて」にも

オバマ大統領「異議あり!!」
裁判官「異議を却下します。」

とするネタが投稿されており(激寒ですが・・・),世間では【異議=却下】という図式が成り立っているように思われます。


 しかし,あのシーンは,法的にはどう見ても「棄却」です。
 そもそも,証人尋問中の異議を出すというのは,刑事訴訟法309条1項の異議です。

刑事訴訟法309条1項
 検察官、被告人又は弁護人は、証拠調に関し異議を申し立てることができる。

 証人尋問は「証拠調」の一環ですので,それに関する異議はこの条文で許されているわけです。

 そして,同3項において,

刑事訴訟法309条3項
 裁判所は、前二項の申立について決定をしなければならない。

とされており,裁判所が「異議を××します」というのはこの決定に当たります。裁判長が左右にいる裁判官に首を振って意見を言ってるだけに見えますが,法的には「決定」という重い行為なのです。


 法律では上記のとおり定められていますが,細かいことは「刑事訴訟規則」という法令に根拠があります。この「刑事訴訟規則」は,最高裁が制定しているもので,検察官に対しては日本国憲法77条により遵守義務が課せられています。

刑事訴訟規則第205条
 法第309条第1項の異議の申立は、法令の違反があること又は相当でないことを理由としてこれをすることができる。但し、証拠調に関する決定に対しては、相当でないことを理由としてこれをすることはできない。

 これにより,証拠調べに関する決定では法令の違反がある場合にしか異議の申立てができないことになります。ですので,異議を受けた裁判所は,異議の対象となった行為に法令の違反があるかどうかを判断するわけです。


 却下すべき場合と棄却すべき場合もこの刑事訴訟規則に明文があります。

刑事訴訟規則第205条の4
 時機に遅れてされた異議の申立、訴訟を遅延させる目的のみでされたことの明らかな異議の申立、その他不適法な異議の申立は、決定で却下しなければならない。但し、時機に遅れてされた異議の申立については、その申し立てた事項が重要であつてこれに対する判断を示すことが相当であると認めるときは、時機に遅れたことを理由としてこれを却下してはならない。

刑事訴訟規則第205条の5
 異議の申立を理由がないと認めるときは、決定で棄却しなければならない。

 不適法な場合は却下,理由がない場合には棄却されるわけです。
 上記をまとめて簡単にいえば

「却下=法令違反の主張がない異議(=門前払い)」
「棄却=法令違反の主張があるが,違反していないと判断する場合」

となります。

 冒頭の事例でいうと,重複した尋問は法令に違反しますので(刑事訴訟規則199条の13第2項2号),それを指摘する検察官の異議には法令違反の主張があることになります。しかし,重複した尋問に正当な理由があると判断した裁判長が「異議を棄却」したわけです。
 あの場面で「異議を却下」すべき場合は,「イケメン弁護士のくせになまいきだ」のような法令違反を含まない異議を述べる場合や,「そういえば5つ前くらいのやりとりで,弁護人は云々と尋問していましたが」などと既に終わった話を蒸し返すような場合ということになりましょう。


 この他にも,裁判では「棄却」と「却下」が出てきますが,基本的に「却下=門前払い」,「棄却=門前払いではないが主張が認められなかった」と考えていただければよろしいかと存じます(もっとも,例外もあります。たとえば刑訴法446条では,法令違反の再審請求は棄却されることになっています。)。
 よく耳にする機会があるのは行政訴訟ではないかと思われます。これもまた上記の枠組みで区別されます。行政絡みの裁判では,「棄却」なのか「却下」なのかに注目するとよいでしょう。


 このように細かい点にも拘っているドラマ「99.9」ですが,他にも弁護士を唸らせる演出が多くあります。機会があればまたご紹介することにしましょう。


参考文献

 実践! 刑事弁護異議マニュアル

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