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『よだかの星』

*2021年6月朗読教室テキスト① ビギナーコース
*著者 宮沢賢治

よだかは、実にみにくい鳥です。
顔は、ところどころ、味噌をつけたようにまだらで、くちばしは、ひらたくて、耳までさけています。足は、まるでよぼよぼで、一間とも歩けません。ほかの鳥は、もう、よだかの顔を見ただけでも、いやになってしまうという工合でした。

これまで「物語」をたくさん読んで来て、「傑作」と呼ばれているものや有名なお話、みんなが大好きなものは「悲しいお話」が多いことに気がつきました。王子様と結婚してめでたしめでたしな最後を迎えるお伽話も、前半は継母にいじめられていたり塔に閉じ込められていたり、毒リンゴを食べさせられたりするのですから平穏ではありません。宮沢賢治の『よだかの星』もその一つ。悲しい気持ちでいっぱいに溢れるこの物語は、宮沢賢治の代表作でもあり、「朗読教室で読んでみたい」とリクエストの多いお話です。

私は昨年に少し心の病気をしました。薄暗い湖をどこまでも潜っていくような辛い日々でしたが、健康な時には感じない様々なことを敏感に感じるようになりました。空の広さに心が解放され、水が耐えず足元に流れていることに気がつき、都会にも鳥の声がうるさいくらいあると知り、風が肌に触れる心地よさを堪能し・・・・。それ以前にも確かに「そこに存る」ことには変わりないのに、それまでの自分には全く見えていなかったものの存在たちに気づいていく日々は驚きでいっぱいでした。けれども元気が戻ってくるに従い、それらはサラサラと砂のようにこぼれ落ち、調子が悪くなるとまた姿を表し・・・という「消えたり・現れたり」を繰り返し、そのうちにゆっくりと、健康を取り戻していきました。

けれども、不調のときの感覚の鋭さ、空気の心地よさや水の音を美しく感じる聴覚や自分の瞳に写るものは、何よりも格別なものだったと身体が覚えているのです。それなのに健康と同時に感覚が鈍くなっていき、思い出そうと意識しても同じように感じることができず、何かを手放してしまったという喪失感が残ります。
そんなときに『よだかの星』を読むと、自分の中の湖水の底が自然と思い出されるのです。外を歩いても、水に潜っても取り戻せない「悲しいけれども心地よい」スイッチが、物語を読むことによって帰ってくるのです。

悲しい物語に人が重ねる思いは様々です。けれどもそれらの悲しいお話が、心の底にある自分だけのスイッチに触れることを、人は時々求めることがあります。
6月のビギナーコースのテキストは宮沢賢治の『よだかの星』です。誰しもの心の奥底に触れることができ、奥底に沈んだ気持ちをそっと労わることのできる物語を、それぞれの声で紡いでいきたいと思います。

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*底本 『宮沢賢治全集5』株式会社筑摩書房
 1986年3月25日 第1刷発行/2014年11月30日 第22刷発行
*文中の太字は本文より抜粋

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