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『注文の多い料理店』(宮沢賢治)

*2021年5月朗読教室テキスト① ビギナーコース
*著者 宮沢賢治

「朗読教室できっと人気があるだろうなぁ」と思いながらいつもこの物語を取り上げられずにいたのは、十数ページの短編が”全編読むには長すぎて、どこか数ページだけ選ぶのは非常に難しいから”でした。全ての会話が魅力的で、一体どこを選んで良いやら、あっちも捨てがたい、こっちも、ラストシーンがなくっちゃねと同じ悩みをぐるぐる回っては決めきれずに、結局諦めて本を閉じていました。
苦肉の策として、「ご予約くださった方にはテキストを全ページお送りし、教室で読むページ数(5〜6ページ)をあらかじめ伝えておく。全部印刷するもよし、必要に応じて印刷をしてもらう」ことに決めました。

ビギナーコースはしばらく宮沢賢治の文章を続けようと思います。世の中に面白い本はたくさんあるけれど、「朗読する」ことを考えた時に、賢治の文章は息遣いも言葉の選びも音にすると気負いがなく、主人公が「我が強く」なくてスッと物語の世界へ入れます。又三郎もジョバンニも、この注文の多い料理店を訪れた狩人二人も、どことなく控えめで周りに遠慮がちな性分のようです。

『注文の多い料理店』が一つの物語のことを指すだけではなく、お話がいくつもつまった短編集をそう呼ぶことを知ったのは随分後になってからでした。賢治の生前に刊行された唯一の童話集の序文には、下記の美しい言葉が添えられています。

 わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗や、宝石いりのきものに、かわっているのをたびたび見ました。わたくしは、そういうきれいなたべものやきものをすきです。これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。(中略)
けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾 いく きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。

朗読教室ウツクシキでは、教室を始めた当初から「自分の朗読(声)を録音してその場で聴く」ということを続けています。
林や森の奥深く、虹や月あかりから賢治へ伝えられた言葉が、朗読を通してその人の体と心へ健やかに作用していく、すきとおったほんとうのたべものになっていく様をこれまで何度も見てきました。世の中の朗読教室がどのようなことを行なっているかわかりませんが、「朗読教室ウツクシキ 」に反応してくださった方には、賢治が願った美しい言葉との交流を経験していただけたらと思います。

朗読教室ウツクシキ  5月のスケジュールはこちら

*底本 『宮沢賢治全集8』株式会社筑摩書房
 1986年1月28日 第1刷発行/2015年2月10日 第31刷発行
*文中の太字は本文より抜粋


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