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小説VS漫画 リレー作品:第14話 癌口(小説)

「自分だって人殺しのくせに」
 その言葉の衝撃に脳が麻痺し、時が止まったかのように感じた。思い出すのはしばらく自分の中でも薄れていた記憶、紛れもなく俺が殺人をしたという事実。
「一人殺そうが何十人殺そうが大して変わらないよ?」
 受け入れ難いのはタイヘイの言葉ではない、自分の中で殺人の記憶が薄れかけていた事だ。そして他人が殺人を犯す事に対しては嫌悪を示す自分の中の矛盾。
「何で俺が人殺しだなんて……」
 咄嗟に否定しようと言葉を発する。だがタイヘイは俺を見て優しく微笑んだ。
「殺したんでしょ?」
 タイヘイの笑顔に圧を感じる。まるで僕は知っているからいってみなさいと諭されているかのようだ。
「……」
「言えないの? 恥ずかしいの? それとも図星かな」
「……事故だったんだ」
「事故?」
「殺されかけて、抵抗しようとしたら偶然……」
「偶然でも殺したんでしょ? じゃあ最初から言わなきゃ!」
 先生に呼び出された生徒のような気持ちになる。なんで俺はこんな茶番をしているのだろう。
「それで人を殺した感想は?」
「……分からない」
「楽しかったとか?」
「お前とは違う!」
 本当に分からかった。ただ答えをだしてしまうと元に戻れない気がして、俺は逃げるように会話を切り上げた。
「照れ屋だね……まあいいや! それで何処に向かう?」
 俺はタイヘイの言葉を無視して歩き始める。タイヘイが殺したばかりの化け物が沈んでいるであろう場所は踏まぬようにしながら。後ろからタイヘイの小さな溜息が聞こえた。
 先のほとんど見えない奈落をしばらく進んでいくと、タイヘイが肩越しに声をかけてきた。
「そういえばなんだけど、こっちに進んで化け物にあったんだから、このまま進めばまたいるんじゃない?」
 それは考えていなかった訳ではない。しかし会いたくはないが化け物がいるという事は何処からかここへ降りてきたという事だ。つまりもし上に戻る道があるとすればこの先にある可能性がある。それを一々タイヘイに言うのも面倒で無視をした。
「もし化け物に襲われたらソーイチを守るのは僕なんだよ? ちょっとは返事をくれないかなあ。楽しくいこうよ」
 そういえば先程襲われた時、守る……というよりも自己防衛に近いが化け物を殺したのはタイヘイだ。そしてまた遭遇した時タイヘイは俺を守る気なのだろうか?
「俺を守るのか?」
「当たり前じゃん。だってソーイチ戦えるの?」
 クサリから貰った拳銃はコートに忍ばせてある。使った事もない拳銃で戦えるかは分からないが、武器には違いない。だが何発入っているかも分からない拳銃を頼りにしたくないし、タイヘイに知られたくない。
「戦えない」
「じゃあ僕が守るしかないよね。基本は逃げるけど、いざとなったら僕が闘うよ」
「何で俺を守るんだ?」
「やだなあ仲間じゃないか」
 振り向くとタイヘイは照れくさそうに笑っていた。正直寒気がした。仲間という言葉は俺を殺人を犯した同士という意味なのかもしれない。だが真実を聞くのは怖い。ただこいつを利用しようと思う。クサリがいないこの状況で俺にとっての武器はタイヘイしかない。そのタイヘイが俺を仲間と呼ぶのなら便乗させてもらおう。
「…………分かった。頼りにしてる」
「任せてよ」
 もしかしたらチェーンソーが動いたらこいつはまた襲い掛かってくるかもしれない。その時までにはクサリに合流しておこう。それまでは我慢してでもタイヘイを頼りにさせてもらう。
「ソーイチ……止まって」
 思案に耽っていると、タイヘイが俺の肩を掴んで血に沈まない程度に少し屈ませた。タイヘイは懐中電灯の灯りを向けた先を黙って見ている。同じように黙っていると、微かに血を掻き分ける音が聞こえた。
「誰か来るみたいだよ」
 タイヘイが呟いた。もしかしたらクサリかもしれないと心が弾む。血を掻き分ける音が激しくなり近づいてきた。灯りに照らされた水面に波紋が見えてすぐに音の正体が現れる。
「ああ……お前…………なんでここに」
 そいつは俺を見て目を大きく開いたかと思うと、震える声でつぶやいた。目の前に現れたのは、俺が殺した男だった。

 ――――――

 ソウイチと合流するために走っていると、ボクと同じ化け物に出会った。ブロンドの短髪でガタイが良い男で、眉間に寄った皺が何十にも重なる険しい顔をしていた。見た目はまだ若そうにも見えるが、化け物の身体になると髪こそあれど髭や必要ない皺は全てなくなるため年齢は外見とは違う。眉間の皺はずっと寄せていたため皮膚に癖として残ったものだろう。
 男は自分の本能がボクを見ても反応しない事で一瞬驚いた表情はしたものの、また化け物特有の陰気くさい顔に戻った。
 科学者を守るために造られた化け物は「科学者」、「毛玉」、「同じ化け物」は襲わない。それ以外の生物を見た時だけ問答無用で本人の意思に関わらずに襲い掛かってしまう。それを知っているが故に相手は襲い掛かってしまう自分に恐怖し、殺してもらえるかもしれない希望に歓喜する。だがボクもまた化け物である。
「ねえ、ちょっといいかな?」
 科学者に命令されていたり戦闘中でもない限り会話は成立する。だからボクはこの奈落に通じる道について聞こうと思った。
「な、なんだよ」
 どこかたどたどしい言葉で男は返事をした。どうやらまだ警戒だけはしているようだ。
「道を知らないかい? 下に降りたいんだけど道が分からないんだ」
「なっ! あんたオレと同じ化け物……だよな? 命令はされてないのか?」
 この男が驚く理由も分からないではない。もし命令で目的地を設定された場合、まっさきに道など探さずに飛び降りるだろう。もちろん怪我をしようが自分の意思など関係ない。強制だ。
「うん、化け物だし命令はされてないよ。そういう君は何か命令されているのかな?」
 ボクは命令に従う強制力は効かないけど、あえてここは「普通」の化け物を演じた。ここでボクが普通ではない化け物であると言えば無駄に長引くだろう。
「それが突然だったんだけどよ、急に身体が自由になったんだ。生き物を無理やり殺しちまうのは変わらねえがな」
「へえ……君ってどこの研究所からきたの?」
「研究所? ああ、あの気持ち悪いペンギン共がいた所か。何処って言えばいいか……糞でかい肉の山みたいな場所だったな」
 なるほど、外に出ている間にボクとソウイチであそこを壊したせいで命令していた研究者が死んだのだろう。それで自由になったという事か。でもまた違う科学者に命令されれば結局元通りだ。
「君の事は大体分かったよ。それで道を知らないかい?」
「いや、オレもここには初めて来たんだ。道なんて分からねえよ。いやでもオレについてきた眼鏡の新入りがいたんだが、身体が自由になった途端に坂を下って逃げていったな。もしかしたらそこから降りられるかもしれねえな。場所は……」
 そういって男はここまで歩いてきた道を思い返しながら、それらしい場所を教えてくれた。
「ありがとう、とりあえずいってみるよ!」
「ちょっと待ってくれ! 折角あえた仲間なんだ! オレもついて行っていいか?」
「うーん、ボクの友達を見たら君を殺さなきゃいけない状況になっちゃうから駄目かな。あ、そうだお礼にアドバイスしてあげるけど君の言う気持ち悪いペンギンに出会ったらまた支配されちゃうから会わないようにね。それと君、生まれてどれくらい?」
「分からないな。ずっと長い間としか言いようがない。ここでは時間をはかるものなんてないしな」
「そっかそっか、じゃあそこいらの生物には負けないだろうね。生まれてしばらくの間ボク達は人間よりも強いけど柔いから、もし他の仲間に会ったら教えてあげるといいよ」
 この男が長い間、化け物として存在しているのだろうとは予想していた。何故なら男は狂っていない。時間をかけてこの世界に順応したのだろう。
「それじゃボクはもういくよ。できるなら君とはもう会わないようにしたいね」
 この男が嫌いな訳ではない。むしろ話が通じるというだけで素晴らしい。もしソウイチと出会っていなければ友達になれたかもと思える程度には良い印象を持っている。会わないようにしたいというのはむしろ気遣いだ。会えばソウイチを見た途端に襲いかかってくるだろう。そうなったらこの男を殺すしかない。
「俺の名前はオルソンってんだ! お前の名前は!」
 駆け出したボクの背中にオルソンが問いかけてくる。というよりやっぱり日本人じゃなかったんだ。思わずソウイチと会話する癖で日本語を使ったけど合わせてくれたんだね。やっぱりいい化け物だと思う。そんな彼に友達から貰った大切な名前を名乗る。
「クサリだよ」

 ――――――

 第二研究所から連絡が途絶えた。最初は別の生物が侵入して復旧作業のために手が回らないのだと誰もが考えた。私もその中の一人であった。しかし待てども待てども連絡はこない。そこで上の者に命令され下っ端である私が第一研究所まで地下の通路を使い様子を見に来た。軽い気持ちで受けた任務であったがこれはどういうことだ。地下の扉を開いて研究所の中に入ると、血の海であった。折角人間から手に入れた身体は手足が千切れ、頭は念入りに破壊されている。何よりも驚いたのが部屋をでて今目の前に広がる光景である。瓦礫と焼け焦げた地面、後ろには今自分がいた部屋がまるまる残っていた。この状況からして最後の手を使ったものと思われる。ただそれ程までに追い込まれた状況が掴めなかった。さらに自主的に起動したのならば自分の仲間がいなければおかしいのだ。
「誰かいないか!」
 叫んでみるが反応したのは周りにいる毛玉だけである。反応した数匹の毛玉がポンポンと跳ねながら足元によってくる。すると毛玉は「こっちにきて」という意思を伝えてきた。一体何があるのだろうかと毛玉に先導させると、裸足の男がいた。
 あれは我々が造った兵士だ。この惨状の中で奇跡的に生き延びていたのだろう。だがみるところ生まれて間もない。そして命令も受けていないようだ。
 近づいていくと、兵士は私に気付き、そして恐れるかのように後ずさった。きっと我々の姿を見る事もなく生まれてきたのだろう。まずは己の立場を理解させなければならない。
「動くな!」
 私ははっきりと命令を下した。

 ――――――

 服を持ってきてくれたボール達とじゃれあっていると近くから「ギョペエエエ」と甲高い音が聞こえたと同時に頭の中には「誰かいないか!」とはっきり聞こえた。
 それからすぐにその声の主は瓦礫の影から姿を現した。これまで見た事もないような醜いペンギン。思わず一歩下がると、ペンギンは「ギョペエ!」と鳴いた。と同時にやはり頭の中には「動くな!」と声が聞こえる。
 それを合図に今まで跳ねていたボール達が電源を切ったかのように地面で固まった。混乱するこの状況でも、身体は正直に逃げようとさらに後ずさる。それを見てペンギンは首を捻った。そして再び甲高い声で鳴く。
「お前、どうして動ける?」
 どうしてと言われても動けるものは動ける。むしろ気持ちの悪いペンギンが目の前に迫ってきて動くなと言われて従う者がいるのだろうか。
 ペンギンの質問に答えられず、かつ身体が緊張して逃げられずにいると、ペンギンはさらにクビを捻って呟き始める。
「これはおかしい。命令を受け付けていない。私よりも上の立場の仲間が命令を受け付けるなと指示していたのならば分かるが、ここにいる仲間は全て死んでいる。となると不完全な状態で生まれてしまったのか? 例えば脳をいじる前にここを爆破したか、あるいは使った脳が少なすぎて培養した段階で止めてしまったか」
 音だけを聞けば「ギュペギュペ」とガラスを磨くような声しか聞こえない。だが何故か俺の脳にはペンギンの言葉が翻訳されて届いている。
「な、なあ、俺の言葉分かるのか……」
 襲い掛かってくるようなそぶりを見せないペンギンに、いつでも逃げだせるように警戒をして会話を試みる。ペンギンは俺の言葉が聞こえたのか視線を合わせる。
「もちろん分っている。お前は何も知らないようだから言っておくが我々はお前の主で、お前は我々の兵士だ。命令を受け付けないようだがそれは確かだ。だからこれから私の命令に従ってもらう」
「そんないきなり……もし嫌だって言ったらどうなる」
「処分する」
 言うなりペンギンは一歩進み出た。それに反応してしまった俺は逃げるのではなく、拳を振り降ろした。ヤバいと思った時にはもう拳骨の先がペンギンの頬に触れていた。ギュッと目を閉じると油ぎった毛の感触の次に、肉に拳がめりこむ感触。そして反撃されて死ぬ自分の未来を予想した。
「ギョベエエッ!」
 甲高い叫び声に身を固めるが反撃はこない。スっと薄目を開けると目の前で痛みに転げまわるペンギンがいる。
「あれ……弱い」
「痛いっ! 痛いっ! 嘘だ! 兵士が逆らうなどそんな!」
 ペンギンは俺が逆らう事などないと思っていたらしい。そしてペンギンは弱かった。
 痛みにあえぐペンギンにボールが近づき頬をぺろぺろと舐めはじめる。きっと痛みを緩和してあげようとしているのだろう。このまま回復してもこの弱さなら問題はなさそうだと判断した俺は、じっとそれを見つめていた。

 しばらくして落ち着いたペンギンが、立ち上がる気力もないのか座ったまま声をかけてきた。
「貴様は兵士などではない……私に逆らうなど兵士失格だ」
「知るか、俺は元から兵士じゃない」
「いや兵士だったのだ! 兵士として生まれたのだ!」
「だから俺は……」
 反論しようとして言葉に詰まる。そういえば俺は誰だ? こいつとは違う本物のペンギンという生物も知っているし、日本と言う国や文化、そういった記憶はある。それで俺の名前は? ここはどこだ?
「俺は……大学生で、日本にいて、それであの日はエレベーターに……」
 少しずつ記憶を掘り下げていく。俺は何処から来て誰なのか。
「俺の名前は……」
 そうだ。俺は
「ソウイチ」

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