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働かないアリは夢を抱く

「なんか今日、すっごい寒くないか」
眠そうな目を擦って寝床から現れたのは、1匹の働きアリである。冬の時季は特に早起きが苦手らしく、最近はかれこれ1週間近く朝礼に遅刻し続けている。周りはやれやれとため息をつき、またネボが遅れてきたとからかっている。でもいちおう、社会的な死には追い込まないくらいの良識は持っていた。

アリの世界にも一応ルールがある。働きアリは日が昇ってすぐに朝礼を開始し、その日の行き先と目標を立てる。子アリの面倒を見る係も決める。別に出席しなくても問題はないのだけれど、皆で話し合って決めるという性質上、遅れてきたアリには必然的に余りの仕事が渡されることになる。

ネボにはここしばらく毎日遠出の遠征の役割が渡されている。1kmの道のりを、帰りに至っては餌を持ちながら進むのは、たった5mmの体にはあまりに堪えるので必然的に余ってしまうのだ。ただ、当の本蟻は、立派に発達した顎と生まれながらの健脚で誰よりも遠征に向いているからか、それを気にも留めていない。ねぼすけに由来するであろうネボという渾名についても、呼ばれていることは知っているがあえて訂正もしないし嫌がりもしない。

自分の役割を甘受して睡眠時間を増やしているという点では、ある意味合理的な選択なのかもしれない。実際早起きが必要ないので夜遅くまで遊び呆けていたりする。一方そのせいで集団行動に乱れが生じるのもまた事実で、風当たりも強い。だから削げるプライドをなるべく削いで、あらゆる理不尽を受け入れる力を備えてきたらしい。

ネボにはもう一つ困った癖がある。遠征に出かけるのはいいものの、途中で美味しそうなものを見つけるとそちらに惹かれてどこかに行ってしまうのだ。体が強いのをいいことに、人間の子供が落としていったクッキーのかけらとか、自分よりも倍は大きい虫の死骸なんかを一人で持って帰ろうとする。

単独行動だから当然効率は悪い。しかもあまりに重かったり持ち運びにくかったりすると途中で諦めて戻ってきたりする。その場合は仕事もせずサボっているのと変わらない。みかねた同期がついていこうとしても、「いやこれは自分が好きで出向いているだけだから、気にしないでくれ」と言って聞こうとしない。そのくせ一度子アリの世話をさせたときは、つまらなかったのかずっと居眠りして遊び相手の役目を全うしなかった。いつまでも1級の巣に昇格されないのはネボのせいなのではないかと噂されるくらいのトラブルメーカーだ。

その日は珍しく真面目に遠征に参加した。餌場までの途中、ネボは目を爛々とさせながら、「俺は将来もっと強くなってもっと技術を磨いたら、砂糖の家を建ててやるんだ」と夢を語ってくる。もし実現したら一生飯には困らないだろうと言うのだ。そんなこと言われても、砂糖の家を建てたことのあるアリなんて聞いたことがない。他の皆は話半分に、適当に相槌を打ちながら聞いていた。

その時、がさがさと落ち葉が潰されたような音がした。人間の声がする。目は見えないけれど、こちらを見ている気配がした。
死期は着実に迫っている。


「っていうのをとりあえずプロローグの叩き台にして話を作っていきたいんですけど、この先をどうやって引き延ばして盛り上げていったらいいか思いついてないので、アドバイスもらえませんかね」

ぼさぼさの髪を掻きむしる新人作家に、編集長は一呼吸置いてからゆっくりと話し始めた。
「まあ、内容は内容として。どうにかこうにか削って貼っていったらそれなりのものにはなっていくかもしれない」

「ほんとですか?ありがとうございま」
「でもあなた、最終的には砂糖の家、建てたいんでしょ?」

「……はい」

「じゃあまだ、この小説を完成させることはできないね。今じゃないね。今書けるものを書いたらいい。」

「はい……」

編集長はなんでもお見通しらしい。こうしてまた一人、夢を抱いて遊び呆ける働きアリが、真面目になっていく。


#雑談 #毎日投稿 #小説 #働きアリ

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