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百合二次創作の2010年代史【再録】

文責: 銀糸鳥
この記事は、2021年9月20日頒布の『Liliest vol.5』に収録された記事の再録版です。あらかじめご承知おきください。

また、本記事では一部、いわゆる「nmmn」の二次創作に言及する箇所がございます。あらかじめご了承ください。

はじめに

 2010 年 7 月 29 日。国内最大級のイラストコミュニケーションサービス「pixiv」(※1)は、新機能となる「小説投稿機能」を実装した(※2)。そして同日、オリジナルと二次創作を合わせた「百合小説」が実に" 40 件"も投稿(※3)され「pixiv小説」は次世代の「百合小説投稿サイト」として順調なスタートを切ることとなった。

 ここに記すのは   11 年前の"あの日"以来、この茫洋にして濃密なる世界の同志たちがいかなるコンテンツのうちに百合を"見出し"、そうして看取された百合の"言語化"に明け暮れ、どれほどの人々を"尊い"へと導いたのか。その"洞察"と"狂気"と"尊死"の歴史についての、ささやかな記録とそれに基づく考察である。

 pixiv小説はその開設以来、2010 年代(※4)の百合界隈を映し出す「鏡」でありつづけた。はじまりの 2010 年度  『まど☆マギ』から円環の理に導かれた(今になってみると)ごく少数の愛好者たち。そして 2013 年度  『ラブライブ!』が巻き起こした一大センセーションは、界隈人口を爆発的に増加させた。2017 年度の超新星『BanG Dream!』はメインステージに登場するや否や、瞬く間に新世代の覇権コンテンツとなり、より多くの愛好者たちを熱狂させた。そして 2020 年度  前代未聞のバーチャルライバープロジェクト『にじさんじ』は、戦闘少女でもスクールアイドルでもガールズバンドでもない新境地へと到達し、今なお成長を続けている……。

 同時に、pixiv小説は百合二次創作の 2010 年代史を語るためのこの上ない「鑑」にもなりうる。思い返せば、これまでの「百合の歴史」研究(※5)はイラストや漫画などの、図像メディアの創作物を対象としたものが主であった。それゆえに従来の歴史観は『ドクターX』『コード・ブルー』『ミス・シャーロック』などの、ドラマ作品における百合二次創作の慣習を見落としてきたのではないだろうか。そこで本稿は、新たに小説というメディアに注目することで旧来の歴史観を克服し、これを補完することを目指す(※6)。

 さらに本稿には、これまでに紹介のあったコンテンツのほかにも、2010 年代を彩ったコンテンツが多数登場する。その中には『進撃の巨人』や『鬼滅の刃』『呪術廻戦』など、とかく女性キャラばかりの百合界隈には珍しい、意外な面々も見受けられるはずだ。今までの自分では手を出さなかったような、意外なジャンル・作品のうちに百合カップリングの存在を発見し、新たな沼へと足を踏み入れていく  そんな体験を読者諸氏に提供できるなら、しがない百合愛好者の一人として、これ以上の幸福はない。

 ……さて、また前置きが長くなってしまった。そろそろ本題へ入ることにしよう。

調査方法と各ポイントの計算方法

 pixiv小説でプレミアム会員限定の詳細検索機能を使用し、年度ごとの調査を行った。参照日はいずれも 2021年 5~6 月ごろである。

 たとえば 2020 年度の調査をするときには、キーワードを「百合」、対象を「タグ(完全一致)」、期間を「2020 年 4 月 1 日~2021 年 3 月 31 日」、ブックマーク数を「50~99」、本文の文字数を「すべての文字数」、作品の言語を「日本語」として詳細検索を行った。ただし 2010 年度のみ、期間を「2010 年 7 月 29 日~ 2011 年 3 月 31 日」とした。

 つぎに、出力された小説作品を参照し、それぞれの小説にタグ付けされたカップリングを順番にリストアップした。このとき、調査の簡略化のために、ブックマーク数が「50~99」の小説作品が 10 件以下であるようなカップリングはリストに加えなかった。

 リストアップされたカップリングを順番にキーワードへ入力し、ブックマーク数を「50~99」「100~299」「300~499」「500~999」「1000以上」に設定して検索を行い、それぞれの条件で出力された小説作品の数を記録した。カップリングの名前に表記揺れがある場合(「まどほむ」と「ほむまど」など)は、OR検索を使った。

 最後に、ブックマーク数が「50~99」の作品を 75 pt、「100~299」の作品を 200 pt、「300~499」の作品を 400 pt、「500~999」の作品を 750 pt、「1000以上」の作品を 1000 ptとみなして、各カップリングの合計ポイントを算出した。たとえば、2011 年度における「まどほむ」の合計ポイントは「50~99」が 72 件、「100~299」が 45 件、「300~499」が 4 件、「500~999」が 1 件、「1000以上」が 0 件で合計 16,750 ptである。

表の作成

 各カップリングの合計ポイントをもとに、各コンテンツの合計ポイントも算出した。たとえば 2011 年度の『まど☆マギ』の合計ポイントは「まどほむ」の 16,750 pt、「杏さや」の 12,675 ptを合わせて 24,925 ptである。計算に使ったカップリングの総数(『まど☆マギ』なら「まどほむ」と「杏さや」で計 2 組)は「主力カップリング」として表右部に記載した。それぞれの年度において合計ポイントが最も高かったコンテンツ(2011 年度なら『まど☆マギ』)は、該当年度の数値を太字にして強調した。紙幅の都合上、表に掲載するのはいずれかの年度において少なくとも一回以上は 10,000 ptを超えたことがあるコンテンツのみに限定した。

 これらの数値に加えて表下部には、掲載されたすべてのコンテンツの合計値を「二次創作の合計pt」として、キーワードを「百合」にして同様の検索・計算を行った際のポイントを「百合タグの合計pt」として年度ごとに記録した。

用語法

百合:定義論は炎上する&難しいのでやりません。心で感じてください。

百合界隈:「百合二次創作の界隈(※7)」だと長いのでこう略します。百合の二次創作を創作したり受容したりする人々とそのコミュニティに対するぼんやりとした総称。単に「界隈」とも呼びます。

百合コンテンツ:数あるコンテンツの中でもとりわけ、百合二次創作や百合的な妄想が主だって行われるようなコンテンツのこと。あるいはもっと直接的に、女性同士の恋愛・肉体関係が描写されているようなコンテンツ(コミック百合姫系の作品など)のこと。

凡例

 カップリングやグループ(ユニット)、ならびにアプリゲームの名前は「」で、各コンテンツの名前は『』で括る。なお、紙幅の都合上、コンテンツの名称は基本的に略記されている。どれもメジャーなコンテンツばかりなので、賢明な読者諸氏には難なく伝わるだろう。

2010~2012年度
 魔法少女と超電磁砲

 pixiv小説が誕生した 2010 年度から 2012 年度に至るまでの約 3 年間。それは   2013 年度に大爆発を迎える前の  おだやかな熱狂をたたえた懐かしき時代。そんな黎明期の二次創作需要を支えたのは『まど☆マギ』と『とある科学の超電磁砲』の二大巨頭であった。

 『まど☆マギ』の主力は「まどほむ」と「杏さや」の計 2 組。『セーラームーン』や『プリキュア』につづく、いわゆる「戦闘少女」の系譜を踏んだ物語作品でもある『まど☆マギ』は、それら先駆者たちと同様、多くの百合二次創作を世に送り出した。

 一方で『とある科学の超電磁砲』の主力は、2020 年度から新たに「みこみさ」が加わるものの、基本的には「みこくろ」の 1 組のみ。2014~2017年度に若干の空白期間はあるものの、現在に至るまで継続的に二次創作が生み出されている、きわめて息の長いカップリングである。

 魔法少女と超電磁砲。黎明期には、これら 2 つのほかに突出したコンテンツは見当たらない。それはひょっとすると、pixiv小説がまだ開設されてから間もないサービスであったことに起因するのかもしれないし、あるいはそれは、当時の百合界隈の人口が、後代の熱狂ぶりと比べれば比較的小規模なものであったことを示しているのかもしれない。

 とにかくそこには、戦う少女たちの“関係性”に心を奪われた少数の百合愛好者たちによる、たしかな二次創作の営みがあった。そして今   2020 年代においてその営みは『マギアレコード』そして『アサルトリリィ』へと、脈々と受け継がれているのである。

2013年度
 学園偶像、爆誕

 30 倍。これは「二次創作の合計pt」を 2012 年度と 2013 年度で比較した際の数値である。その元凶は  『ラブライブ!』だ。2010 年度から始動したこの"オールメディアコンテンツ"は、2012 年度のアニメ放送をきっかけに一大センセーションを巻き起こし、界隈に大規模な人口流入と凄まじい熱狂をもたらした。

 『ラブライブ!』の主力は「えりのぞ」「にこまき」「ことのぞ」などの計 24 組。黎明期の落ち着いた雰囲気はどこへやら、9 人の少女たちが織り成す関係性の網目模様は、界隈に大旋風を巻き起こした。学園×アイドルというコンセプトは『けいおん!』や『アイマス』の延長線上にあり、そこまで画期的だったわけではない(※8)。にもかかわらず『ラブライブ!』はアニメ×声優×ゲーム×etc…のメディアミックスによって、百合界隈だけでなくエンタメ業界全体においても圧倒的な成功を収めたのである。『ラブライブ!』のプロジェクトは、その後も『サンシャイン!!』や『虹ヶ咲』『スーパースター!!』などの百合コンテンツを継続的に輩出しており、現在では百合界隈における"ブランド"としての地位を確立している。

 また、この年度には「少年漫画における百合(※9)」として『進撃の巨人』が、そして「擬人化コンテンツにおける百合」として『艦隊これくしょん』が(『ラブライブ!』ほどではないが)少なくない百合愛好者たちの熱視線を浴びていたことも事実である。前者は一過性のブームに終わり、後者はアニメ化により急速に勢いを失ったため、いずれも今となっては(百合コンテンツとしての)存在感が薄れてしまったように思われるが、これらのコンテンツが蒔いた種はのちに『鬼滅の刃』『呪術廻戦』『ウマ娘』として花開くことになる。

 さらにこの年度には、2014 年 3 月 14 日公開の映画『アナ雪』が、同月31日までのわずか 18 日間で 3,700 ポイントを獲得した。このことは、世間で社会現象化するよりも前のかなり早い段階で、pixiv小説の百合界隈が『アナ雪』へ注目していたことの動かぬ証拠だろう。

 2013 年度は『ラブライブ!』旋風が大いに吹き荒れた年であった。この年度から、pixiv小説における百合二次創作の人口が急激に増加したことは明らかだし、百合の界隈全体としても大規模な人口増加があったことが容易に推測されるだろう。さらに、その裏では『進撃の巨人』のように、これまでの界隈ではあまり注目されなかったジャンルに「百合」が見出されていたのも事実である。pixiv小説における百合界隈は、まさにこの年度において、大規模なユーザー数とそれに伴う多種多様な二次創作の土壌を確立したと言えるだろう。

2014年度
 勢い止まらぬ偶像旋風、三次元からの刺客

 2014 年度に入ってからも『ラブライブ!』の大旋風は続き、この年度に通算での自己ベストとなる 599,125 ptを記録。「二次創作の合計pt」も前年度比約 1.7 倍と順調な伸びを見せた。なおこの年度には、初登場となる『ドクターX』が 36,800 ptという高得点を記録している。2012~2014年度にかけて第三期までが放送されたこの国民的テレビドラマは「ドラマ作品における百合」のまさに先駆者的存在であった。

 『ドクターX』の主力カップリングは 1 組のみ。主人公である天才外科医・大門未知子と、その同僚にして相棒の麻酔科医・城之内博美による「ひろみちこ」である。「ひろみちこ」は、第三期が放映された 2014 年、第五期が放映された 2017 年、そして第六期が放映された 2019 年にそれぞれ20,000 pt超えの高得点を記録している。

 2014 年度という比較的早い段階からこれだけ多くの二次創作が生み出されていたにもかかわらず、従来の百合二次創作研究において「ドラマ作品における百合」はほとんど触れられてこなかったし、界隈での認知度もそれほど高いものではなかった。事実、私自身もこの調査を始めるまでは、その存在を意識したことすらなかったのである。なぜ、このような事態になっているのだろうか。

 おそらくその原因は、これまでの百合二次創作の研究および愛好の対象が、イラストなどの図像メディアの創作物を中心としていたことにあるだろう。考えてみれば当然のことなのだが、実写作品をイラストで二次創作することはきわめて難しい。百合の研究者や愛好者の多くにとって「百合の二次創作」と言われてまず思い浮かべるのは図像メディアの創作物であったし、結果として、pixiv小説などを主戦場としていた「ドラマ作品における百合」(※10)は、イラストや漫画を主戦場としていた 2 次元コンテンツにおける百合と比べてあまり注目を集めてこなかったと考えられる。

 『ラブライブ!』旋風の陰で、密かな注目を集めていた『ドクターX』。このカップリングに端を発する「ドラマ作品における百合」の系譜は、その後の『コード・ブルー』や『ミス・シャーロック』などに連綿と受け継がれていく。その意味で 2014 年度は、いわば百合界隈における「ドラマ元年」だったとも言えるだろう。

2015年度
 なおも吹き荒れる偶像旋風、伸び悩む界隈人口

 依然として『ラブライブ!』の一人勝ちが続く 2015 年度。『まど☆マギ』『艦これ』『アナ雪』『ドクターX』と、これまでの二次創作需要を支えてきたコンテンツは軒並み失速。代わりに『デレマス』『ガルパン』『響け!』などの新規コンテンツが登場し、既存の界隈人口を取り込む形となった。また、2015 年度は「二次創作の合計pt」「百合タグの合計pt」がいずれも伸び悩み、界隈全体として束の間の停滞期へ突入した期間でもある。

 『デレマス』は言わずと知れた『アイマス』シリーズの系列作品であり、2014 年度後半のアニメ放送をきっかけにブレークした、2010 年代を代表する百合コンテンツである。主力は「うづりん」「新田ーニャ」「かえみゆ」などの計 13 組。アニメ版のストーリーに男性プロデューサーが登場することもあって、類似コンテンツである『ラブライブ!』に比べると百合的な需要は落ちてしまうものの、2015~2016年度にかけていずれも 100,000 ptを超える高得点を記録した人気コンテンツである。

 『ガルパン』の主力は「エリみほ」「みほまほ」「エリまほ」などの計 12 組。主力カップリングのうち上位 3 組は、物語の主人公である西住みほ、その姉である西住まほ、そしてまほの同級生である逸見エリカのいずれか 2 人による組み合わせであり、これら 3 人のキャラクターの人気が特に突出していることがわかる。

 『響け!』の主力はこの時点では「くみれい」のみで、2019 年度からは「のぞみぞ」「なかよし川」「くみかな」が加わり計 4 組となる。後者の 3 組はいずれも『リズと青い鳥』や『誓いのフィナーレ』などの劇場版作品でフィーチャーされたカップリングであり、同作の映像作品としての高い完成度を感じさせる。この機会にぜひともご視聴されたい(唐突なダイマ)。

 2015 年度は『ラブライブ!』が絶対王者の地位を確立した一方で、界隈人口が頭打ちとなり、新規コンテンツは既存の層を奪い合う形となった。『デレマス』は 2 次元アイドルコンテンツとして、そして『ガルパン』はミリタリー×美少女のコンテンツとして、それぞれ『ラブライブ!』や『艦これ』と同じ系譜にあるとも言えるだろう。

2016年度
 王座継承、3次元からの刺客(part2)

 2016 年度は『ラブライブ!』に代わって『サンシャイン!!』が登場。初登場にもかかわらず 488,300 ptという高得点を記録し、瞬く間にトップへ躍り出た。また、アイドルグループ「モーニング娘。」の百合二次創作が大台となる 10,000 ptをはじめて突破したのもこの年度である。

 『サンシャイン!!』は『ラブライブ!』シリーズの系列作品であり、主力は「ようりこ」「ようちか」「かなダイ」などの計 19 組。グラフにこそ表れていないが『サンシャイン!!』発の声優ユニット「Aqours」に関しては、声優同士のカップリングに対する二次創作が比較的小規模ながら行われており、この点は前作『ラブライブ!』と比較したときの大きな変化と言えるだろう(※11)。

 「モーニング娘。」は 1997 年から活動をつづけるアイドルグループ……なのだが、この年に百合的な注目を浴びたのは、2011 年から加入した 10 期生メンバーの面々。対象がいわゆる"生モノ"なので具体的な人物名への言及は避けるが、ともかく、アイドル同士のカップリングの百合二次創作が、この年に密かな熱狂を集めていたことは確かだ。

 2016 年度は『サンシャイン!!』が『ラブライブ!』から王座を継承し、「二次創作の合計pt」も約 1.5 倍と再浮上。一方で「Aqours」や「モーニング娘。」など、声優やアイドルのグループを対象とした百合二次創作が見られた。ただ、この年度は全体的に新規コンテンツの登場が少なく、界隈全体としてはいわゆる“不作の年”だったとも言えるだろう。

 嵐の前の静けさ。あるいは、そんな表現をしてもいいのかもしれない。

2017年度
 王座陥落、ガールズバンドの逆襲

 『艦これ』『ガルパン』そして『デレマス』。2013~2015年度にかけて、あらゆる戦力を動員しても揺るがなかった絶対王者の牙城。そして 2016 年度、難攻不落の王座は『ラブライブ!』から『サンシャイン!!』へと引き継がれ、翌年からはいよいよその治世が始まる……かに思えた。

 2017 年 3 月 16 日。iOS および Android 向けゲームアプリとして「バンドリ! ガールズバンドパーティ!」が配信開始。企画・原作・プロモーションはなんと「ラブライブ! スクールアイドルフェスティバル」の配信元であるブシロード(ブシモ)であった。新進気鋭のコンテンツは『ラブライブ!』に対してある種の"謀反"のような形で王座の奪取に挑み、見事に成功を収めることになる。ここに、2013 年度からの 4 年間に及ぶ『ラブライブ!』シリーズの時代は終わりを告げ、『けいおん!』以来の新生ガールズバンドの時代が幕を開けた。

 『BanG Dream!』の主力は「ありさあや」「リサゆき」「みさここ」「あやちさ」「モカ蘭」などの総勢 31 組。これは『サンシャイン!!』の 19 組、そして『ラブライブ!』の 24 組を上回る大所帯である。『BanG Dream!』はなぜこれほどの成功を収めることができたのか。その要因は様々あるが、百合的な観点から言うならば「ユニット(※12)」の単位でコンテンツを展開させたことにあるだろう。「グループ(※12)」という大きな枠と「キャラクター」という個人のいわば中間体とでも言うべきこの「ユニット」という単位は、作品世界内に複数かつ並行したストーリーを生み出し「ユニット」内での密な関係性をユーザーに提供しつつ、コンテンツ全体としては多数のキャラクターを登場させることを可能にする、新たな手法(※13)を生み出したのである。この手法は『シャニマス』や『プロセカ』などのコンテンツにも受け継がれ、2010 年代後半に登場したコンテンツに共通する大きな特徴を形成している。

 また、2017 年度の百合コンテンツを語るうえで忘れてはならないのが、ドラマ作品発のカップリングとして史上唯一の「総合一位(その年度で最も合計ポイントの高かった百合カップリング)」に輝いた「白緋」である。「白緋」は 2008 年度に第一期、2009 年度に第二期、そして 2017 年度に第三期が放映されたテレビドラマ『コード・ブルー』内の登場人物である、白石恵と緋山美穂子のカップリングだ。pixiv百科における紹介文に「非公式のカップリング」との記載があるのは不穏(※14)だが、ともかく、2014 年度の『ドクターX』以来、脈々と受け継がれてきた「ドラマ作品における百合」はここで最高潮に達したことになる。「白緋」は 2018 年度にも「真矢クロ」を抑えて総合一位に輝いた。

 この年度にはさらに、百合姫発のコンテンツとして初登場となる『citrus』、そして女子高生×スパイ×スチームパンクの異色作である『プリンセス・プリンシパル』などのコンテンツが小規模ながら人気を博している。これら単発系の企画は『ラブライブ!』や『BanG Dream』などのビッグコンテンツに比べれば規模として見劣りするものの、百合を愛する人々の心を撃ち抜き、界隈で今なお愛されているコンテンツである。

 『BanG Dream!』は 666,300 pt、『サンシャイン!!』は 423,300 ptという形でこの年度を終え、音楽×美少女の新旧コンテンツ対決は、新規参入者の勝利で幕を下ろした。一方その陰では『コード・ブルー』のがドラマ作品では異例となる 297,525 ptを記録し、「ドラマ作品における百合」は 2010 年代全体を通じて最高潮に達していた。

2018年度
 世代交代の完了、躍動する舞台少女たち

 ガールズバンドの逆転劇から一年。『サンシャイン!!』は前年の 423,300 ptから 264,950 ptと大幅ダウン。対する『BanG Dream!』は 666,300 ptから 706,700 ptと伸長し、世代交代をより確実なものとした。また、この年度には『BanG Dream!』と同じブシロードが手掛けたコンテンツである『スタァラ』が、アニメ放送を契機として本格的に稼働開始。初登場から『BanG Dream!』に次ぐ 349,325 ptを記録した。

 『スタァラ』の主力は「真矢クロ」「じゅんななな」「ひかまひ」「ふたかお」などの 9 組。なかでも「真矢クロ」の突出ぶりは凄まじく、この年度は「白緋」に次ぐ総合二位となる 155,075 ptを記録した。これに対して、物語のメインカップリングである「かれひか」の人気が比較的低調なのは、アニメ版のストーリーがやや難解(?)であることも少なからず関係するだろうか。

 また、この年度には「シャロ和都」の『ミス・シャーロック』や「やしなる」の『未解決の女』などのドラマ作品が配信・放映されたほか、『やがて君になる』のテレビアニメ化や『シャニマス』の配信開始など、新規コンテンツの参入が相次いだ。そんな中、コミック百合姫の作品ではなく、かといって『進撃の巨人』や『鬼滅の刃』のように大衆的な人気があるコンテンツというわけでもない『わたモテ』が、急激な路線変更により百合界隈の支持を集めたことは注目に値するだろう。

 『わたモテ』の主力は「ネモクロ」「ゆりもこ」「かともこ」の計3組である。もともとこの作品は「極度の人見知りで他人とコミュニケーションをとるのが苦手な」「モテない女子高生の苦悩」を描いた作品(※15)であり、関係性の"か"の字も無いような作品だったのだが、8 巻前後の修学旅行編を境に、徐々に百合的な方面へと舵を切りはじめた辺りから、界隈の注目を一挙に浴びることとなった。アニメ化や映画化、ましてやゲーム化でもなく、漫画作品としての単なる“路線変更”をきっかけにしてこれほどの注目を集めた作品は、後にも先にも他に例がない。

 『BanG Dream!』による世代交代の完了、そして『スタァラ』の躍進と、2018 年度はブシロード発のコンテンツが席巻した年であった。一方で、前年度の『コード・ブルー』に引き続き『ミス・シャーロック』や『未解決の女』などの「ドラマ作品における百合」も盛り上がりを見せた。『やがて君になる』や『にじさんじ』など、今日における百合愛好家たちに多大な影響を与えたコンテンツも、この年度から注目を集めはじめた。

 なお、この年度の「二次創作の合計pt」は、全年度を通しての最高得点となる 187,200 ptを記録。『サンシャイン!!』そして『BanG Dream!』の登場以降、順調に人口増大を続けていた百合界隈は、ここで二度目の頭打ちを迎えたと言っていいだろう。

2019年度
 V勢躍進、世にも奇妙な三つ巴

 ブシロード勢の台頭から一年。早くも戦況は変化を迎えている。「二次創作の合計pt」が前年比約 0.66 倍と大幅に減少する中、『BanG Dream』は 387,425 pt、『スタァラ』は 120,150 ptとブシロード勢が軒並み失速。そこで代わりに頭角を現したのが『にじさんじ』。282,375 ptという高得点を記録し、依然として王座を保持する『BanG Dream!』に追従した。

 『にじさんじ』は、ANYCOLOR 株式会社が運営するバーチャルライバープロジェクトである。主力 11 組のうち、2018 年度の初登場時は「かえみと」2019 年度は「リゼアン」2020 年度は「Crossick」と、二次創作が盛り上がるカップリングが年度ごとに入れ替わるのが特徴だ。これまでのコンテンツと比べた際の大きな違いは、各ライバーによる「ライブ配信」という形でほとんど毎日の供給があること、そして「配信者」あるいは「ライバー」という、界隈的にはほとんど未開拓だった市場に百合を見出させたことにあるだろう。

 ガールズバンドと舞台少女、そしてバーチャルライバーによる三つ巴というカオス状態に突入した 2019 年度だったが、他方でこの年度は、『ポケモン剣盾』の「ユウマリ」や『FE風花雪月』の「エデレス」など、ゲーム作品発のカップリングが人気を集めた年度でもあった。後者はとにかく「ユウマリ」に至ってはゲーム本編での会話がない(ユウリはプレイヤーキャラクターなのでそもそも発言しない)にも関わらず、界隈の逞しい想像力によって 12,075 ptを獲得している。

 それ以外の動きとしては、『やがて君になる』の本編完結に伴う二次創作の増加や「きらら系」の作品からは初となる『まちカドまぞく』の登場、さらに社会現象となった『鬼滅の刃』のテレビアニメ放送などだろうか。いずれも、話題には事欠かない年度であった。

2020年度
 三国志決着、ガールズバンドからボーカロイドへ


 さあ、2010 年代もいよいよ大詰めだ。時代はついに新たな年代への入り口  2020 年度へと突入する。

 とにもかくにも、2020 年度はバーチャルライバーの時代であった。この年度に『にじさんじ』は 557,875 ptに到達。前年度までの対抗馬であった『BanG Dream!』の 153,750 pt、そして『スタァラ』の 47,350 ptを大きく上回り、三つ巴の戦いはバーチャルライバーの大勝利で決着した。一方で、これらブシロード系のコンテンツに代わって台頭したのが『プロセカ』と『ホロライブ』。特に前者は昨年首位の『BanG Dream!』を上回る 173,475 ptを獲得している。

 『プロセカ』は、ボーカロイド・初音ミクを中心としたメディアミックスプロジェクトである。『BanG Dream!』と同様、作品世界内には「Leo/need」「MORE MORE JUMP!」などの複数のユニットが存在しており、主力は「奏まふ」「みずえな」「杏こは」などの計10組。『プロセカ』のゲームアプリは『BanG Dream!』と同じく Craft Egg 制作(※16)のものであり、そのゲームシステムも『BanG Dream!』とほとんど同様。しかし、大きく異なる点として、ゲーム内のユニット「Vivid BAD SQUAD」および「ワンダーランズ×ショータイム」には男性キャラが所属しており、そのため二次創作にも百合・HL(いわゆるNL)・BLの要素がかなり混在した、きわめてバラエティー豊かな様相を見せている。

 『ホロライブ』はカバー株式会社が運営するバーチャルライバープロジェクトであり、主力は「あくしお」「ぺこみこ」「ノエフレ」などの計 10 組。上位 3 組の構成メンバーはいずれも 2018~2019 年度にかけてデビューしたライバーである。なぜ、今になって『ホロライブ』が伸びたのか。(百合的な視点からその理由を説明するならば)それは、一部の例外(※17)を除き、ライバー同士がデビューと同時にその関係性をスタートさせるからである。カップリングやライバーの人気が、デビューと同時に高まるというわけではなく、有志の切り抜きなどを通じてじわじわと拡大するケースが多いのも、このことが少なからず関与しているように思われる。

 また、『にじさんじ』と『ホロライブ』の大きな違いは、後者が女性ライバーオンリーのグループであるのに対して、前者は女性ライバーほどの数ではないものの、比較的少数の男性ライバーが所属する点にある。  『にじさんじ』と『プロセカ』。2020年代のコンテンツに必要なのは、男女どちらか中心のコンテンツに振り切るのではなく、あくまでその中間のバランスを取っていくことなのかもしれない。

 さらにこの年度には、『鬼滅の刃』が 68,250 pt、そして『呪術廻戦』が 19,525 ptと、ジャンプ漫画作品の百合二次創作が人気を博していたことにも大いに注目されたい。これらの作品はいずれも、アニメ版の放送を機に社会現象を巻き起こした作品であり、2013 年度の『進撃の巨人』と同じ「少年漫画作品における百合」の系譜に置くことができるだろう。近年の少年漫画作品は、世代・性別を超えて流行する(もはや少年漫画とは)だけでなく、百合やBL、HLなどの垣根を超えて流行するような、強靭な波及力を有しているように思われる。

 『まど☆マギ』『ラブライブ!』『サンシャイン!!』そして『BanG Dream!』。魔法少女から始まりスクールアイドル、ガールズバンドへ脈々と続いてきた絶対王者の地位は「バーチャルライバー」という新時代のコンテンツへと受け継がれた。そして   2010 年代史は終わりを迎え、いよいよ新たな時代が幕を開ける。その始まりを彩ったのは『にじさんじ』や『プロセカ』『鬼滅の刃』などの男女混合のコンテンツであった。

おわりに

 ここまで、pixiv小説から得られたデータをもとに百合二次創作の 2010 年代史を概観してきた。最後にざっくりと 2010 年代全体を分析して、この拙文を終えたいと思う。

 2010 年代はまず何よりも、音楽×美少女コンテンツの時代であった。『ラブライブ!』『サンシャイン!!』『虹ヶ咲』『デレマス』『シャニマス』は 2 次元アイドル、『BanG Dream!』はガールズバンド、『スタァラ』はミュージカル、そして『プロセカ』はボーカロイドと、王座に腰を下ろし、あるいは接近したコンテンツの多くは、音楽をメインテーマに据えたものばかり。歌って、踊って、演じる、そして創る。そんな少女たちの関係性は、音楽の力を通じて増幅され、界隈に生息する多くの人々を虜にしたのである。

 さらには「戦闘少女作品における百合」としての『まど☆マギ』『シンフォギア』『ゆゆゆ』『アサルトリリィ』、「少年漫画における百合」としての『進撃の巨人』『鬼滅の刃』『呪術廻戦』、そして「ドラマ作品における百合」としての『ドクターX』『コード・ブルー』『ミス・シャーロック』『未解決の女』など、音楽系コンテンツには及ばないものの、きわめて多種多様なジャンルで百合二次創作が人気を集めたのも、この年代の大きな特徴と言えるだろう。特に「少年漫画における百合」と「ドラマ作品における百合」については、これまでの百合二次創作研究ではあまり言及されなかった領域であり、後者に至っては、おそらくpixiv小説を対象として研究しない限りは発見することすら難しかった“未知の領域”であったとも言えるだろう。

 また、2010 年代内部における相対的な変化ついては、大きく分けて「グループからユニットへ」と「女性キャラオンリーから男女キャラ混合型のコンテンツへ」の2つが挙げられる。すなわち、前半(~2016年度)に人気を集めたのは『ラブライブ!』や『サンシャイン!!』などの、グループ単位でコンテンツを展開させる女性キャラオンリーのコンテンツであったのに対して、後半(2017 年度~)に台頭してきたのは『BanG Dream!』や『シャニマス』などのユニット単位でコンテンツを展開させるコンテンツや、『プロセカ』や『にじさんじ』などの男女キャラ(ライバー)混合型のコンテンツだったのである(※18)。また、これに加えて「Aqours」の『サンシャイン!!』や「スタァライト九九組」の『スタァラ』、そしてバーチャルライバーの『にじさんじ』や『ホロライブ』など、2 次元と 3 次元のどちらにも分類できるようなコンテンツが登場したのも、2010 年代の大きな特徴と呼べるかもしれない。

 さて、本稿では「百合二次創作の 2010 年代史」と題して、pixiv小説を用いたデータの収集とその考察・分析を行った。後者のパートについては、私自身の至らなさゆえに、コンテンツやカップリングの具体的な内容や関係性にまで踏み込んだ分析というよりも、どちらかと言うと形式的な、表面な分析が主になってしまったことは大きな反省点である。しかしその反面「どの年度にどのコンテンツ・カップリングが、どれくらい人気であったか」という部分に関しては正確な定量化に成功し、その分析もある程度成功したと考えている。本稿に欠陥や不備を発見されたならば、そのときこそ、読者諸氏自身が「百合の研究」に乗り出す絶好の契機である。

 百合二次創作の中心は、コンテンツやそれを生み出す作家・制作者である以上に、そこに"百合"を見出し、熱狂し、そして二次創作を生産するわれわれ"観客"の側にこそある。もちろん、原作者や作品に対するリスペクトは忘れてはならないが、必ずしも百合が主題ではないようなコンテンツに対する二次創作は、いつの時代も百合文化を成長させる強烈な推進力であったことは事実である。そして日々、百合に限らず新たなコンテンツを摂取しつづけている我々が、そこに百合の息吹を感じとった時こそ、そのコンテンツを広め、新たな価値を付与する絶好の機会なのではないだろうか。来る 2020 年代、そしてその先にある未来の二次創作、および百合コンテンツの充実と成功を祈念して、ここに筆を置きたい。

脚注
※1 ピクシブ株式会社の事業案内(https://www.pixiv.co.jp/service/)によれば「pixivとは、クリエイターが投稿した作品を通じてコミュニケーションができるSNS」である。
※2 ピクシブ百科事典「pixiv小説」の項(https://dic.pixiv.net/a/pixiv小説)によれば、小説投稿機能の導入前にも「キャプション小説」や「画像に文章を書き込んだもの」など、イラスト・漫画投稿機能を流用した小説作品の投稿自体はあったようだ(というか今もある)。
※3 「百合」というタグが付いた小説作品の投稿数。
※4 本稿では 2010~2019 年に加えて 2020 年についても言及する。
※5 藤本由香里「「百合」の来し方 「女どうしの愛」をマンガはどう描いてきたか?」『ユリイカ12月号 第46巻15号』、平家八草『百合ジャンルの歴史』、なの「百合の現在位置~『やがて君になる』に辿る百合漫画史論」『Liliest vol.1』、綾奈ゆにこ「百合クロニクル」『ダ・ヴィンチ 第25巻第3号』など。綾奈ゆにこ氏の年表には、僅かながら小説作品への言及も見られる。
※6 私は、2015 年に『ゆるゆり』からこの世界に入り、2018 年の『リズと青い鳥』から本格的に百合コンテンツを摂取しはじめた人間であり、ドラマ作品やアイドルの文化には疎い部分がある。なるべくデータに依拠した客観的な分析・考察を心がけるものの、本稿の歴史記述には一介の百合愛好者としての遍歴・主観が否応なしに作用する。
※7 やや暴論ではあるが、本稿では pixiv 小説における百合二次創作の慣習・推移を、百合二次創作の界隈全体におけるそれの縮図として語る。
※8 ピクシブ百科事典「ラブライブ!男性キャラ」の項(https://dic.pixiv.net/a/ラブライブ!男性キャラ)で論じられているように、『ラブライブ!』シリーズには一貫して「徹底的な男性キャラの排除」が見られる。おそらくこの点が、よく比較される『アイマス』シリーズとの最も大きな違いではないだろうか。
※9 本稿で言及したもの以外には『ONE PIECE』の「ナミロビ」、『ハイキュー!!』の「きよやち」など。
※10 2021 年 8 月 22 日時点におけるキーワード「ドクターX」の検索結果は、イラスト作品が 420 件、小説作品が 1726 件である。
※11 いわゆる「生モノ」なので具体的な言及は避けるが、前作の「µ’s」にも百合二次創作の慣習自体はあった。
※12 ここで言う「ユニット」とは、『BanG Dream!』における「Popin’Party」や「Roselia」のように、コンテンツ内に複数かつ並行して存在するチームのことである。これに対して「グループ」とは『ラブライブ!』の「µ’s」や『サンシャイン!!』における「Aqours」のように、コンテンツ内にほとんど唯一かつ特権的に存在するチームのことである。
※13 『デレマス』にも「ニュージェネレーションズ」などのユニットが存在し、ユニット単位でのストーリーや楽曲が多数用意されている。
※14 Wikipedia「コード・ブルー」の項(https://ja.wikipedia.org/wiki/コード・ブルー_-ドクターヘリ緊急救命-)には、緋山美穂子の紹介文に「緒方から障がいを持っている自分と付き合うと医者キャリアを疎かにすると気遣われ別れ話をされるが、自分の気持ちを伝えてそれでも付き合うことを告白する」との記載がある。
※15 テレビアニメ公式サイトのストーリー紹介文(http://watamote.jp/story/)から引用。
※16 正確にはCraft Eggの子会社であるColorful Paletteが制作。
※17 いわゆる「中の人」問題に抵触するので具体例は避ける。
※18 もちろん例外もある。前半にも、2015 年度初登場の『デレマス』にはユニット単位でのコンテンツ展開があったし、2011 年度初登場の『とある科学の超電磁砲』は男女混合型コンテンツだった。


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