見出し画像

少し先の未来


「いらっしゃいませ。ご来店ありがとうございます」

大通りから離れた場所に洒落た一軒のブティックがある。町は大きく変わったようには思えないものの、小さな変化が積み重なり、公共交通機関はAIが安全に取り仕切っていた。

普段は家から一歩も出ずに買い物をしていた美恵子は、店舗まで足を運べばもらえるというスカーフを目当てにやって来た。

「本当はいつも通り、家で買い物したかったんだけど」

「大変申し訳なく思っています」

美恵子が困ったように首を傾げると、目の前のアンドロイドが申し訳なさそうな表情を浮かべる。見た目は人と変わらない。動きにぎこちないところは全くなく、話し方もどこか人間臭さがあった。

「じゃあ、いくつかスカートを見せてくれる?」

「では、試着室へどうぞ」

試着室と言ってもちょっとした個室だった。目の前には鏡、右側には椅子とテーブルに、飲み物まで置いてある。左側にはクローゼットがあった。美恵子は頭を下げるAIに微笑んで試着室のドアを閉めた。

「ここまで来るのは大変だけど、実際に着て確かめられるのは良いわよね」

大きな鏡の前にすーっと白いさいころの形をしたホログラムが現れた。美恵子は慣れたように右手をさいころの中に突っ込む。白から緑へ、緑から青へ、さいころは色を変えピンク色になったところでりんっと音がした。

「お客様にお似合いのスカートが10着ございます」

「見せてくれる?」

かたんと音がした後、美恵子はクローゼットの扉を開いて、数着手に取った。自分の身体にあてながら考えて、全てのスカートを試着することに決める。

1時間ほど経ってから、恵美子は1着のスカートを手にして試着室から出てきた。すぐにアンドロイドがやって来て、恵美子からスカートを受け取る。会計はタッチパネルをぽんと押すだけで良い。これで、恵美子の口座から必要な金額が引き落とされるのだ。その場で支払いが終わるのも恵美子にとっては助かるシステムだった。

数分の後、アンドロイドから包装されたスカートとプレゼントのスカーフを受け取り、店をあとにした。

目の前にはタクシーがやってくる。乗りますかと聞かれて恵美子は首を振った。

「ちょっと歩きたいのよ。運動不足だから」

タクシーの運転手は爽やかな笑顔で去って行く。もちろんアンドロイドだ。稀に人が運転するタクシーにあたることもあるが、こうして声をかけてくるのはほとんどがアンドロイドだった。

「買い物は楽だけど、スタッフが全員アンドロイドなんだもんね。もしかしたら、店長もアンドロイドかもしれないわね」

久々に眺める町の様子をじっくりと観察する。自分が子供だった頃と大きく変わったように思えない。ふと蘇るのはAIに関する法律の制定や町への導入にてんてこ舞いする大人たちの姿だった。アンドロイドの登場には驚いたけれど、その頃には機械の存在をすんなり受け入れていた。AIが導入されても変わらずに機械に頼らない生活を続ける人もいたし、美恵子の友人にもそういった人間がいる。

買い物が思ったよりも早く終わったことで、美恵子は時間をもてあましていた。家に帰る途中に友達が自宅を改築してつくったカフェがあったことを思い出す。子供の頃から料理が大好きで特にお菓子の腕はピカイチだった。フランスやイタリアに留学して勉強してから、日本に戻りオリジナルのお菓子を昔の製法で作ることに心を砕いている。何でも、古いお菓子の作り方を今の人達に伝え、残していくのが自分の使命だとまで言っていた。世間でも伝統を残そうとする気風が高まっている。

「もしかしたら、文化遺産にされちゃうかもね」

美恵子はくすっと笑ってから足を速める。さてさて席は空いているだろうか。うっかりすると閉店前に売り切れていることもある。今日のお菓子は何だろう。日替わりの今日のおやつは、その日に行ってみないとわからない。

美味しいお菓子とお茶を飲んで帰りますか。

恵見子は持ち慣れない大きな紙の手提げを持ち直すと、友人の家へと歩いて行った。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?