窓越しの世界・総集編 2018年3月の世界
3/1【歳を追うごとに】
言葉とメロディーが繋がる時。
景色と意識が羽ばたいてゆく。
歳を追うごとに、その尊さに涙もろくなっている。
3/2【ほころぶ】
いつでも迷っているから、絶対に揺るがないものが欲しいと思った。
それを神に求めたり、音楽に求めたりするけれど、
それさえも、揺らぎのある世界だと気がついてくると、
迷い続けることの不安や、疑心も、すっとほころぶ。
いつもではないけれど、ときどき。すっと。ほころぶ。
3/3【自然であることは】
自然であることは、いともたやすい。
自然であることは、それにさえ気がつかない。
自然であることは、目指すべきものではない。
トーベンさんとのセッションは、自然だった。
3/4【共同体のあと】
お湯を沸かしている間に、トトが席を陣取る。椅子取りゲームのように椅子をシェアして、今日も晩酌をしている。
メンバーを見送った後、いままでよりも温もりを感じるのは、一つの共同体を形成し始めたからだろうか。
レコーディングは着々と進む。
3/5【カッティング】
外は生暖かく強い風と、それに舞う小粒の雨。
傘は僕の上半身を少し保護してくれているだけ。
3年も経てば記憶がバッサリと切り落とされている駅からの道のりを、スマートフォン片手に進む。
工場オフィス街はどこも同じような門構えをしており、地図上では確かな場所でも、迷う。
正門をくぐり正面玄関まで来てもまだピンとこない。3年前に一度来たきりだから記憶力はこんなものだろう。
それでも薄暗いロビーのレコード棚やカッティングルームの景色に触れると、霧が晴れていくようにあれやこれやを思い出したりして、そんな脳内の変化を楽しめた。
あっという間にカッディング作業は進み。いよいよレコードの上で針が走る。
溝に刻まれた演奏が始まると、すこし身震いした。
でも正直にいうと、細かい音質についてはよく分からなかった。
聞き馴染みのある音と音を比べてみないと、その差は知れない。
3/6【インタビュー】
インタビューや、取材を受けるたびに知る、自分自身のこと。
そのとき初めて、ずっと昔のことを掘り起こしたり、分析することになる。
僕は自分のことを話しておきながら、驚いたり、納得したり、忙しい。
これからのこと、それを話すに行き着くまでで、一苦労。
3/7【役】
毎日、いくつもの役を務めている。
その一つに、歌い、ギターを弾く、曲を作る、詩を作る、ミュージシャンの役がある。
今日も役から役へ。
マイクの前に座るとき、まだ別役のままだったりする。
すこし時間をかけて、役が移っていく。
3/8【だから、嬉しい】
久しぶりの強い雨。激しく屋根を叩く音が響いている。録音には邪魔な音。でも、
悪くない。
ストーブを炊いても、程よい湿度。いつかの雨の日の録音や、いつか訪れるはずの今日みたいな日を、なんとなしに想像する。
録音は刻々と進み、自らの成長と、至らなさとを確かに感じることができる。
成長したからこそ見える至らなさ。だから、嬉しい。
3/9【ぎりぎり】
ぎりぎりまで、動かない。
決断力が乏しいのか、よくよく考えているのか。
それとも、危機管理能力がないのか。
自分でもよく分からないが、全てだと思う。
3/10【それぞれが役者】
薄汚れた壁に、ほの暗い明かり。
きらびやかな売り場が、舞台袖から眺めるステージのように見えた。
すれ違う人が次々に、売り場へと消えてゆく。
それぞれが役者の後ろ姿だった。
3/11【音楽室の記憶】
きっと今の僕なら、放課後の音楽室の扉を叩くだろう。ピアノの音色や、五線紙のノートに、たくさんの記憶が吹き込まれるに違いない。
黒板の落書きも、思いついたバンドの名前や、作りかけの歌詞だったりするのかもしれない。
隣の部屋に、クラリネットを演奏する学生達がちらと見えて、そんなことを思った。
3/12【安定を求めている】
安定を求めるために、不安定を選択している。
安定を得るための過程は、とても不安定だとも言える。
歌も、生活も、極論では、安定を求めている。
3/13【春風の日】
春風の吹かれて、とにかく歩いた。
30分もすればすっかり隣町で、おなかがすいていた。夜に移り変わっていく時間がとにかく気持ちよくて、花粉症で止まらないくしゃみの不快感を打ち消していた。
帰りは電車とタクシーを乗り継いだけれど、所要時間は行きとほとんど変わらなかった。
春風の日だった。
3/14【テレビのちから】
帰り道で食べるラーメンがしみる。
TVから流れるのは、蒸し返した政権スキャンダル。
無関心な僕らの関心を、誘導するテレビ番組。
いつのまにか、眉間にしわを寄せたラーメン屋の店主に同調している。
3/15【37歳】
だんだんわかるようになる。
何年もかけて、少しずつ知ることもある。
きっと昔の僕に言ったって、聞きやしないだろう。
今の僕だって、同じだ。
だんだん、だんだん、少しずつ。
僕は昔から、少しずつだ。
37歳になっても、同じだ。
3/16【蓋の上に】
誰かの浮かない顔や、寂しそうな姿。
そんな、目に飛び込むものに蓋をして生きている。
蓋をして、その上に土をかぶせて、種を蒔く。
芽が出て、綺麗な花をつけれるように、水をやる。
そんな生き方も、ある。
3/17【気持ち】
気持ちはいくつもある。
本当の気持ち。嘘の気持ち。誰かの為だったり、自分でもわからなかったりする。
日々に決断を迫られて、僕たちはなんとなく進む。
たまに、いい音楽や優しい言葉なんかに出会うと、
そう思えた気持ちに感激する。
3/18【歌はスポーツ】
将来の夢はスポーツ選手だった。諦めて、歌をはじめた。
それから20年。
蓋を開けてみれば、歌はスポーツだった。
今夜はスポーツバラエティ番組の流れるラーメン屋。
3/19【だから、進める】
夜道を歩き始めると雨が落ちてきた。傘をさすほどでもなく、気にせずに歩いた。
僕は誰かの為を装い、自分の方法を正当化させようとしているのか。
それでも、僕の正当化を頼りにしてくれる人がいる。
だから、進める。
3/20【雨の中の珈琲店で】
誰を待つわけでもなく、誰かを待つ。
整然とした部屋に漂う空気のなかで、珈琲店に立つ理由を思い出した。
背筋がのびて、いつかみたいな気持ちになった。
雨の中の珈琲店で。
3/21【加速する日】
積もった雪をかき分けると、桜の花びらが濡れたフロントガラスに張り付いている。
見上げると、開きかけた蕾が弱々しく項垂れていた。
冷たい空気だけれど、真冬のそれとは違う気配がある。
季節が加速するのは、今日のような日だ。
3/22【もう、でも、きっと、そしてまた】
もう消して取り戻せないものがある。
でも、消して失うことのないものも手に入れてきた。
きっと、これからも無くし続けていく。
そしてまた、求めてしまうのだろう。
3/23【タイミング】
食パンをフォークとナイフで食べるようになったのは、パソコンを傍らに朝食を
とるのに手が汚れないからだった。
今朝もナイフが添えられて、サーブされるモーニング。たまに私のことを知らない
店員がフォークだけを携えて現れる。
全てがテーブルに収まった一息ついたところで、ナイフを促す。
そのタイミング。
タイミングこそ、要。
3/24【水餃子】
結局、川を渡ったところの中華調理店にした。
この店の常連ではないが、カウンター席しかないので、なんとなく、いつも常連客
のような気分になる。
「今日はまだ水餃子あります?」
これまでに何度か品切れだったものだから、ついそんな注文の仕方になる。今日は水餃子が食べたいのだ。
口を真一文字に頷く店主と磨かれた中華包丁。かたい焼きそばとピータンも注文。
今日もお疲れ様、と言わんばかりに、注がれたビールの泡が心地よく弾けた。
3/25【やさしくて、おてんば】
窓という窓を開け放って、トトの帰りを待つ。
そのまま帰ってこないという不安半分、きっと帰ってくるという期待半分。
蜘蛛の巣と落ち葉の勲章を携えて帰宅したトトを褒め称え、夜は久しぶりのシャンプー。
やさしくて、おてんばなトト。
3/26【一つ】
一つ忘れて、一つ思い出す。
一つ見つけて、一つ見失う。
一つ覚えて、一つ手放す。
3/27【しのごの言わず】
時間がみるみる消化されていく。
午前四時を回ったあたりで、睡眠時間の猶予は2時間ほどだった。
選択肢は、進む、やる、止まらない。
しのごの言わず。
3/28【しばしの別れ】
動物病院のテラスで順番を待つ。
抱っこをいやがってひだまりの方へ駆け出そうとするトト。
しばしの別れだということは僕だけが知っているようだった。
肝臓の数値も少し落ちているとのことで、トトの避妊手術決行。
3/29【幸福な陽だまり】
朝日とは別の方角から、光が差し込む。ピアノを反射した光が床に陽だまりを作って
いるのだ。
起き抜けに化かされたような、それでいてなんだかすごく幸福な気持ちが胸を駆け抜けていった。
これまでの人生にも、そんな光の瞬間が何度かある気がして、すこし懐かしくもあった。
幸福な陽だまり。
それは、毎日ここにあるのだろう。私が見つけられるのならば。
3/30【春、桜】
山々の所々がピンクの斑らになっている。
こんなにたくさん、とも、こんなに少ないのか、とも感じられる。いったい誰があの山の中腹に植えたのだろう。それとも、自生したものなのだろうか。
考えても仕方のなことに思いを巡らせる時、なんだか小説の一節を何度も読み返すような、そんな心地がする。
春、桜。
3/31【眠気】
風邪をひいているわけではなさそうだから、このだるさは、花粉もしくは寝不足。
気がつけば午前1時を回っている。
明日のことを考えると、一旦帰宅した方が良さそうだった。
道すがら何度か意識が飛び、瞬間で我に帰る。事故、もしくは死などは、たやすく
一寸先に待っている。そう思った。
それでもまた眠気に襲われて、同じことを繰り返した。
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