黒田硫黄『茄子』

 黒田硫黄の連作短編集『茄子』を読んだ。これはね、もーね、すばらしい。オールベスト茄子マンガ部門堂々の第1位。(ちなみに小説部門の1位は滝口悠生『茄子の輝き』です)

絶望とかよ したいことがねえとかよ もの考えんのが面倒くさえだけじゃねえか もたれ合ってイチャイチャしやがって たかがメンドクサイにえらそうにゴタク並べんな バカのくせに

 家出少年をこう喝破する先生が一人になって、「もたれ合ってイチャイチャかあ、いいよなあ」とつぶやく、この人間くささがいいのよ。

 青春の物憂さというか、虚しさというか、そうした若者のやるせなさを掬い上げるのも抜群にうまいけど、それについては多くの人が描いている。けどさ、それが大人になって、おっさんおばさんになって、未熟ではないけれど完璧人間でもない、等身大の大人がそこにいるなんて中々ないよ。
 だからこそ(大人と話すのはいいな…… いろいろあったらいろいろあったんだって言うもの できもしないことしてくれようとしないもの)って感慨にほだされてしまう。

 そしてそして、老いも若きも登場人物がみんな卑屈じゃないのがいい。ウジウジしたダメ人間は嫌いだけど、カラっとしたダメ人間は好きなんだ、私は。

「おまえ自分以外はばかだと思ってるだろう」
「おまえもそうなんだろう」「うん」
「板橋も北田もそうだろう いいんじゃないか卑屈じゃなくて」
「そうだなあ」
「でよ 金もってないんだおごってくれ」「なんだよ いいけどよ」

 あと、夜中の腹減りを「世界中にたった一人でいるみたい」と言い表しているのも天才だった。本当にあの孤独は何なんだろね。

・夏目漱石『草枕』の日常を写生する眼や超俗的と見せかけて妙に地に足ついた文章が好きな人
・世の中に絶望した若者だったことがある人
・濃い顔のおじさんが好きな人
におすすめ。茄子を食べるのが好きな女性を好きになってしまった中学生のリアルな煩悶を味わいたい人にも。

俺が食べるより好きな人が食べるのがいいんだ ちなみに「好きな」は茄子が好きであって 好きだから無駄にならず茄子は 日々を無駄にしないからだ 俺の毎日は無駄かって いやなにが無駄って 俺 あの人の名前も知らないん だああぁ


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