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抜歯前夜

明日は大きな手術で、しばらく固形物を食べられなくなるから、晩御飯を一口一口味わって食べた。手術後、傷口から血が出てくると悪いから、明日の分まで今日はゆっくりお風呂に入って丁寧に体を洗った。

私は明日親知らずを抜く。親知らずの抜歯の手術を総合病院で受ける。

思い返せば、今日に至るまで長かった。

善良な歯医者は虫歯のない歯は残しておいた方がいい、という事業方針で、もれなく私が記憶のない頃から通っていたかかりつけの歯医者も往々にしてそんな事を言って。痛いです、今すぐ抜いて下さい、と言えば、炎症が起きているうちは歯を抜くとより晴れてしまうし虫歯じゃないなら抜く必要ない、の押し問答を繰り返して一年弱。

問題の親知らずのレントゲンにうつる黒い影、そりゃそうだよ歯ブラシどうやっても届かない所に生えてて、1日3回磨いたって歯石が残るような変境地に生えてる歯なんだから、だから私はここ一年痛かったんだからと思うも時すでに遅し。

さらにレントゲンで見た所、普通の人の親知らずよりひとまわり以上大きい大健康ご立派な親知らず様々であるらしい。尚且つ、神経に歯の根っこが絡まっていて、さらにさらに横から生えている…という悲しい話で。

炎症が起きて物を飲み込めないのを繰り返すこと4回、総合病院に診断書を書いてもらって更に炎症1回、もうここら辺で大切な親知らず様と言えども、いい加減寄り添うのにも、というより振り回される事に疲れました。

まだ少し腫れ気味の歯茎、明日はここにメスが入って、親知らずをカチ割って、骨を削って、また歯茎を縫ってもらう。

きっと今私の僅かな想像力で思い描くよりもきっともっとずっと生々しくて痛くて血が出るはず。そこには親知らずの大きさ分だけの、人よりひとまわり以上大きな穴ができる、心地いい穏やかな穴が私の歯茎にできる。

親知らずが「たしかに私はそこにいたの、あなたが私を無かったことにしても」と言う声が口内に響いて、私はその都度、痛い痛いとべそをかきながら鎮痛剤を飲む。

痛みが引いた頃、指の腹でいけないと分かっていながら、柔らかくそっと空虚な大きな穴を触って親知らずの不在を弔う。親知らずが確かにここにあったことを思い出しては懐かしんで、痛かったけど抜いてよかったと笑う、そんな日々がやってくる。


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