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証拠隠滅


他人の刑事事件に関する証拠を隠滅した場合、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処せられる。しかし自己の刑事事件に関する証拠の隠滅に関してはこれを問われない。

言い換えれば「犯人が自分の犯した犯罪の証拠を燃やしたり隠したりしても罪にならない」ということ。だから警察は捕まえた犯人(正確には被疑者)に対する釈放請求を拒む。

いくら逃亡の恐れがなくても、「まだ見つけていない有力な証拠」を消されてしまう恐れがある。たとえ証拠隠滅を未遂に終わらせることが出来ても、「その行為自体を罪に問う」ことができない。警察にとってすれば百害あって一利なし・・・である。


最近では裁判所は「釈放を認める方向」に流れているようだが、警察側としてはたまったものではない。釈放後に被疑者が弁護士に「実はこんな証拠があるんですけど・・・」などと相談し、その弁護士が「証拠隠滅を手伝うことは法を犯すことになるので協力できない。しかし弁護士には守秘義務があるのでその証拠に関して口外することはない。あなた自身がその証拠を処分しても罪に問われることは無い」とすれば、完全犯罪へ一歩近づいたことになる。

弁護士が「処分しろ」といえば「教唆」にあたるが、「処分しても罪にならない」と法的なアドバイスをしているだけなので問題はない(と思う。このあたり専門家で無いのでちょっと曖昧)
  

ここまで読むと「犯罪者やりたい放題じゃん、警察かわいそー」となりそうだが、実はそうではない。警察・検察には更なる強力な武器がある。ズバリ、「証拠隠し」だ。
  
証拠の捏造は警察・検察といえど犯罪行為である。しかし証拠隠しは罪にはあたらない。ではこの2つ、どう違うのか?
 
証拠の捏造は文字通り、ありもしない証拠を捏造することである。被疑者から「ナイフは河原に捨てました」と自白を引き出したものの、いくら河原を探しても見つからない。昨日の大雨で流されてしまった可能性が高い。自白もあるし、状況証拠もそろっている。あとはナイフさえあれば・・・という時に同型のナイフをどこからか持ってきて血痕やら指紋やらの偽装を施して「あったぞ!」と発見する。これが証拠の捏造である。当然ばれたときの罪は重い。だから警察・検察はこれを(普通は)しない。

一方、証拠隠しはどうか。例えばの話。殺人事件があったとする。現場の防犯カメラの映像からA氏が被疑者として浮かび、大量の捜査員を投入して以下のような有力情報を入手する。

①A氏を事件現場近くで目撃した。
②A氏に似た人物が現場付近を歩いていた。
③A氏と同じ服装をした人がいた。
④顔は見えなかったが、A氏と似たような背格好の人を見た。
⑤犯行時刻に走って逃げる男を見かけたが、A氏とはまったく別人だった。
⑥A氏らしき人物を見かけたが、場所はまったく違う場所であった。
⑦ 「⑥の目撃情報」を元に防犯カメラを調べたところ、犯行時間にA氏が犯行現場にいないことが判明した。


普通なら⑦の情報を入手した段階でA氏は被疑者から外れそうなものだが、現場の防犯カメラにもA氏に似た人物が映っている。⑦の映像の方が鮮明に映っているが、他人の空似の可能性もある。よって警察としては①~④の証拠をもってしてAを被疑者とし、裁判所に対してAの逮捕状を請求・・・となる。

警察は取り調べを繰り返し、更なる証拠を積み上げて送検する/しないを決める。同様に検察も取り調べを行い、警察から送られてきた証拠をもとに起訴/不起訴を決める。


しかし警察・検察ともすべての証拠を平等に扱う必要は無い。「自分たちに必要な証拠」だけを採用し、送検・起訴・裁判へと臨めばいい。被疑者に有利な証拠を見つけるのは弁護人の仕事である。これは違法行為ではない。正当な職務なのである。

現在の刑事訴訟法では、警察は所持する全ての証拠を検察に送付しなければならないルールとなっている。検察も、起訴後直ちに弁護側に対して所持する全証拠の目録・内容を記載した書面を交付しなければならない。弁護側はそのリストにあるすべての証拠に対して開示請求することが出来る。過去に警察・検察が悪どい証拠隠しを行ってきた末の法改正で弁護士が勝ちとった権利である。

これだけを見ると弁護側はすべての証拠を閲覧できそうな気がするが、実際にはそうではない。すべての証拠が一室に置いてあって自由に閲覧できるわけではなく、検察側の提出したリストの中から必要なものを開示請求しなければならないのである。しかもそのリストは

1.捜査報告書(目撃情報)作成年月日・作成者名
2.捜査報告書(目撃情報)作成年月日・作成者名
3.供述調書     作成年月日・供述者名
4.供述調書     作成年月日・供述者名
5.・・・
6.・・・

といった感じで、中に何が書いてあるか皆目不明。被告A氏に有利に働く証言証拠に

捜査報告書(A氏が犯行現場以外の場所にいた件に関して)


などとは絶対に書かない。そんな中から弁護士は「A氏に利益となる証拠」を探し出す必要がある。全部開示請求すれば・・・と思うかもしれないが、とてもじゃないが無理な話。後述するが、証拠開示には莫大な費用がかかる。さらには「A氏に利益となる証拠」が一覧表に記載されていない場合もある。故意であろうが単純ミスであろうが、弁護人には知るすべは無い。

運よく「A氏に利益となりそうな証拠」をいくつか探し出せたとする。それらを開示請求したとしても、検察側はさまざまな理由をつけて開示拒否するであろう。当然である。自分たちに不利な情報を「ハイ、どうぞ」と渡すわけがない。その場合、裁判所に対し証拠開示命令を請求をすることになる。

ここで裁判所がどう判断するかは検察官と弁護士の力量にもよるだろうが、なんとか証拠開示に漕ぎ着けたとしよう。いざ証拠開示・・・となっても検察側がその証拠の原本を貸し出してくれるわけではない。業者を通じてコピーしなければならない。しかもその費用は弁護側持ち。コンビニのモノクロコピー機のように1枚5円程度ではなく、その数倍と割高。写真撮影も当然禁止。すべての証拠を開示請求できない理由がここにある。被告に金銭的余裕があればそれも可能だろうが、税金という名の財布を持つ検察に対して個人の財布はあまりにも小さい。

税金を使ってかき集めた数ある証拠の中から自分たちに有利な情報だけを抜き出して

「裁判長!被告は悪事の限りを尽くした罪人です。証拠もこのように揃っております。善良なる国民を代表して、我々は厳罰を要求いたします」

とする検察に対し、弁護側の武器は少なく、無力に等しい。理想としては弁護人にもすべての証拠にアクセスする権限を与えるべきであるが、なぜか有罪率99.9%を誇る検察側はこれを認めない。


 注)あくまでも私的なエッセイとしてお読みください。

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