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薬やめます

自分へ
どうせnoteに載せるからと他人に向けての言葉を考えていては書けやしないので──しかし何にしろ書かなくては余計に毒が回るので──怖いのは習慣であり、依存してしまうことだ。習慣にするから依存するのか、依存するから習慣になるのか、別にどっちでもいいんですが、そういうわけで常用していた薬……☒☒☒をやめて3週間が経った。この1年弱、恐ろしいことに薬と薬の間隔は、3週間どころか1週間だって空けたことは数えるほどしかなかった。俺は使った金をアプリで記録しているが 皮肉のつもりか、OD分の金額を「医療費」として記入していた。ODを続けていたわけは単純に楽しいからだったり、現実を離れたくて仕方なかったからだったり、友人とのノリを優先した結果だったりするんですけども、さすがに現実は直視し難く、どうしようもないものだ。そうなった原因にそもそも薬があるんだけど……
やめようと思ったきっかけは、きっと数ヶ月前の友人の言葉だ。トリップを終えて部屋に戻り、細長い2本のぐったりになりきっていると友人が、「お前はこれでよかったのか、薬を始めてからずっと悪い方に転がってるけど」と言いやがったのだ。言いやがった、というのは俺に☒☒☒を勧めたのはお前じゃねーかという一瞬の苛立ちだ。それでも責めるわけにはいかない、出会う前からお互いが不眠症持ちでもともと同じ睡眠薬のODの経験があり、それが共通点となって親しくなった経緯があるからだ。ともかく、この言葉で酩酊は一瞬にして吹き飛び、というのはちょっと比喩ですが、ぐらぐらの頭にもしっかり焼き付いた。とりあえず気にしてない、まあ面白えし、とかなんとかひとまず答えておいたが……それからのトリップではいつもこの言葉が頭をよぎった。「またやるのか」、「これでいいのか」と俺に、俺が、しつこく聞いてきた。そして迷った結果、結局は薬を呷っていた。そんな自分がはっきり言って嫌だった、誘惑に負けっぱなしな自分に期待するのさえ飽き飽きしていた。だから嫌な気持ちを抱えて街に出てもいいトリップにならなかった、と言いたいが、薬に抱かれた俺は毎朝にこにこして部屋に戻ってきた。そしてその自己嫌悪は、薬が切れる翌日の夜にまとめてやってきた。うつ伏せの背中を誰かが押さえつけたように重くなり、夜が伸びまくって3時のまま止まってしまった。あかん、このままだといよいよ現実捨てかねんと思った。

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薬を断てたとき、俺は自分のこともう少しは好きになれるだろうと思ったが、(これが単純に離脱症状の一環なら)ひとまずこの不安や耐えがたい孤独ともうしばらくの間向き合わなくてはならない。そうでないなら相談に行きなさい。ともかく、自分のことを好きでいたいという願いがまだギリあったということで、それはよかったと思います。いい加減、俺いいんすか これで?と聞いてくれる、父親ゆずりの、監視役の自分がいてくれたのだ。お前、今の自分が好きか?と聞かれて、それが全然だったので、じゃあなんでか、それは、薬に溺れていたからです。薬は俺にとって、弱さの象徴だったからです。自分自身のことを誰よりも好きでいなくてはまともに生きてはいけない、ってビートたけしも言ってました。これは俺以外の誰が読んでも何の得もないが、薬をやめようと決意してはじめて、数ヶ月ぶりにまた文を書きたいと素直に思うこともできたのだ。自虐と苦笑いばかりでここ数ヶ月書くのをためらっていた幻覚の話も、じきにこんどは過去の話として堂々と書けるようになるだろう。それまでは死んではいけない。
酒にしろ煙草にしろ、断とうと思えばそうなりがちだが、今まで溺れていたくせにやめたとたんバカにするのか。みたいな人がいるが俺はジャンキーを否定しようとは思わない。薬をやってた自分と、やめた自分が別人なわけでもない。友人はいまだに☒☒☒をやっているが、お前は兄弟なんだから一緒にやめてくれよとも思わない。やめるならその理由を、自分の中に見出さないと恐らくやめることはできない。というか俺はそうだった。そうだったというかまだ始まったばかりだ。それから、酒にしろ煙草にしろ……金輪際死ぬまで一切やらないという嘘くさい覚悟よりも、ルーティーンから外すことから始めた方がいい。怖いのは食後の一服とか寝起きの一服とか、一日の流れに組み込まれてしまったものだ。知らんけど。薬をやめてこそ俺の人生だと言いたい、薬も含めて俺の人生だとはあっさり死ねる人間の言葉だが、俺はそれさえ怖気付いたのだ。1年前、必死に止めようとしてくれながら結局はやめられず、今は連絡も途絶えている旧友には本当に申し訳なく思っている。俺は彼を、今まで何度も裏切ってしまった。

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この間の夜、友人とまた散歩に出かけた。友人は薬を飲み、俺は じゃ一応、てな感じで酒を飲んだ。心中色んな思いがあるとは思うが、友人は俺の薬をやめたいという気持ちを理解してくれた。五反田から渋谷まで歩いたところで、この薬には慣れきっているはずの友人が珍しく吐いた。俺のノリが悪いからだろうかとかちょっと思ったが、その後友人はしっかりぶっ飛んでいた。俺はというと、この現実のあまりのフツーさにかえってびっくりするなどしていた。そして薬がないとふらつくことがないので写真を撮るのにぴったりだなあとめちゃくちゃ当たり前のことを再確認していた。なんだ写真って楽しいじゃん、と素直に感じることができた……びっくりするほどフツーな現実でも選択し、切り取る作業は楽しいものだ。ずいぶん長いこと、何が普通かの基準がすっかりひっくり返っていたのだった。……今まで何度も目指していながら、2人ともぶっ飛んでいたために辿り着けなかった青山霊園には、俺が先導したことであっさり着いた。青山霊園を執拗に求めていたわけは、始めて渋谷を散歩した日の朝にいつの間にか流れ着いており、その時の情景がお互い忘れられなかったからである。見上げると雲一つない、嘘みたいな青空が──実際、映像だとしか思えなかったのだ──一面に広がり、それを遮る木もビルもなく、太陽は俺だけを照らすスポットライトのように感じられた。辺りを見回すと一面が色あせた墓の連続で、まったく死の世界そのものであった。そんな場所に再び来たいと思って今辿り着いたのだが、なにしろ俺の頭は素面そのものなので地図に迷うこともなく、時刻は午前2時半の真っ暗闇であった。こんなに早く着くとは思わなかった、見るものもくそも無いのでさっさと坂を下りて帰った。全てはタイミングである。

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