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にゃん第2回 故郷のイメージ(向井秀徳)


ふるさと 向井秀徳


原曲の作詞作曲は岡野貞一さんという方ですが、曲が小学校で歌われた当時、作詞作曲者不明だったそうです。

それから、50年以上たって判明したわけですが、今や誰もが歌った事がある名曲です。

僕は最初、向井さんの歌うふるさとを聴いた時、全く違うメロディなのに、完全に原曲のイメージが、フラッシュバックしました。

新鮮な形でなぜそう感じるのか不思議でした。

原曲があまりに有名だから、多少変えても違和感がないのか?
それもそうかもしれません。
しかしそれだけでは説明がつかない感覚がありました。

今改めて考えてみて、少しわかった事を記してみます。


うさぎおいしかのやま こぶなつりしかのかわ

ここまで、原曲のメロディは徐々にゆるやかに上行し、かのやま〜↑の所でピークに達すると、徐々に下行していきます。


向井さんver.の場合

うさぎおいしかのやま

ここまで、うさぎぃ↑の「ぎ」でピークに達し、ゆるやかに下行します。

こぶなつりしかのかわ

の部分も同じです。

ゆるやかな山状のひとつのまとまりを、原曲より半分区切って作っているという事です。

また、向井さんは、かのやま〜(かのかわ〜)で着地せず、宙に浮いたように歌っています。

詩吟や百人一首の読手のような、古風な風情をまとっています。

この古風と感じるルーツは、日本の芸能に使われる音楽にありそうですが、難しくなりそうなので、やめますw


次に 

夢は今もめぐりて


原曲はめぐりて〜↑で曲中、もっともピークに達します。

一方向井さんはゆるやかに上下しますが、原曲ほどの上下はありません。

また、ここで登場するマイナーセブンの響きが、曲全体に広がる悲しみの中心にあると感じます(あくまで主観ですが)。

二つを聴き比べると、メロディ進行は違いますが、ゆるやかな山なりの音の連なりによって、流れる時間が共有されているのかなと思います。
(間違ってたら、すいません)


理論は難しく、細かい音まで、うまく説明できませんが

理論以上に、原曲のもつ中心のイメージが大事なんだと感じました。

imagine

日本の故郷のイメージは

今の人々やこどもたちにどんな風景として残っているのかわかりませんが

僕はふるさとを聴くと

とても安心します。

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