見出し画像

「アジアのシリコンバレー」中国・深圳の工場でインターンしてみた話

 普段は東京で弁護士などしている自分が、今回、思い付きで、「アジアのシリコンバレー」と呼ばれる中国・深圳にある工場でインターンをして、実際に作業をしてみた。

 なぜ年末の忙しい時期にオフィスを離れてわざわざ本業とは何の関係もない工場作業をわざわざ中国まで行ってやるのか? と疑問に思う向きもあると思うけど、

「なんか面白そうだったから」

 以外の理由はない。本当にない。

深圳

 深圳については、もはや説明するまでもないと思うが、中国・広東省南部にあり、香港と隣接する大都市である。人口は約1300万人、面積は約2000万㎢と、もはや東京都同レベルの規模を誇り、経済規模をみるとGDPが上海、北京に次ぐ第3位という大都市である(数字はいずれもJETRO『深圳スタイル』より抜粋。)。もともとは製造業の街として有名だったが、今では一大イノベーション拠点として世界中から注目を集めている「アジアのシリコンバレー」である。 

 そんな深圳で長年戦い続ける日本人がいる。藤岡淳一さんという方である。そしてその藤岡さんが経営するのが創世訊聯科技(深圳)有限公司(英文名:JENESIS(SHENZHEN)CO., LTD.)だ(以下「JENESIS」という。)

 このJENESISという会社は製造受託を請け負っている企業だ。その実績は下記ウェブサイトをご覧いただきたい。ごらんの通り、最近CMなどで有名な某翻訳機器もここで製造されているのである。

 そして今回、その某有名な翻訳機器の組み立て作業をお手伝いさせていただけることになった。スケジュールが合わず、残念ながら深圳では藤岡さんにはお会いできなかったが、この場を借りて御礼申し上げたい。

 なお、藤岡さんの著書である『「ハードウェアのシリコンバレー深セン」に学ぶ−これからの製造のトレンドとエコシステム』 には、これまで藤岡さんが深圳でどのように戦ってきたかが鮮明に描かれており、非常に面白い。

 藤岡さんのインタビュー記事も多数存在するが、最近のWIREDの記事が素晴らしかったのでこちらも読んでほしい。

 というわけで、以下は自分の工場インターン体験記である。半分は自分の備忘録的なものだが、せっかくなので少しでも人の目に触れればという思いからnoteに記事として投稿することにした。ご笑覧いただければ幸いである。

画像7

(JENESISの工場があるのは深圳市の宝安(Bao'an)区というエリアだ。深圳宝安国際空港があることで有名である。)

インターン

画像7

 インターン初日。ホテル近くのバス停から超満員のバスに揺られて、工場までやってきた。

 とりあえず受付のソファに座ってぼーっと待っていると、受付担当と思しき女性に声をかけられた。しかしながら、中国語なので分からない。深圳に来てびっくりしたのは、英語さえも全然通じないということだ。通じるのは中国語だけ。観光客向けのホテルでさえ従業員が英語を喋れないのである。

 どうしたものかと思っていたところ、中国語が通じない様子を見て、我々が日本人インターンであることを察したようだ。誰か他の人を呼びに行った。その後すぐに、日本語のわかる別の女性社員が来てくれた。流暢な日本語で、9時始業なのでそれまでここで待っているように、との指示をもらった。

 9時になって始業の音楽が鳴った。その少しあとくらいに、今度は男性の従業員がやってきた。丸っこくて柔和な顔つきで、年頃はおそらく30代ほど。「Japanese? English?」と聞かれた。英語が通じるのかと思ったが、どうやら英語が話せるというわけでもないらしい。以後、彼とのコミュニケーションはほとんどスマートフォンによる翻訳を介して行われた。彼がこの工場を統括しているヘッドのようだった。ばたばたとしていて結局名前を聞けなかったのでとりあえずここでは彼のことをボスと呼ぶ。

画像3

 製造ラインは、「装配部(Assembly Department)」と名付けられた部屋の中にある。中はスマホ持ち込み禁止で、さすがに写真を撮ることはできなかった。

 白い作業着を上からきて、ゴム帽子(使い捨てのもの。)をかぶり、靴に青いビニールカバーを被せる。ここまでやって準備完了。装配室の中にある実際の製造ラインに入ることになる。

やってみよう

 装配室の中にはベルトコンベア式の製造ラインが複数ある。そしてベルトコンベアの両脇に机と椅子を置いて、各々作業することになる。ぼくの担当作業は、端末の表側(液晶やボタンがついている方のカバー)の裏側にスポンジ状のシールを貼っていく、という仕事だった。おそらくは初歩中の初歩、入門編のような作業だろう。当然だ。今ここにいるぼくという人間は、経験もなければ言葉も喋れない、どこの馬の骨とも知れない外国人の若者なのである。

「弁護士」という肩書もここでは何の意味も持たない。でも、それが逆に心地よい。

 スポンジ状のシールは、だいたい1cm四方、厚さも数ミリ程度の小さいもの。それが一体どういう役割のものなのかはついぞ聞けなかった。
 ボスがいくつか例を見せてくれて、これはOK、これはNGという具体例を示してくれた。中国語が分からないが、ボスのお手本を観察することでだいたい作業の内容はわかった。

 また、ボスから「標準があるので、ゆっくりやって構わない」という趣旨の言葉ももらった。スピードも勿論大事だが、きちんとしたクオリティのものを作るのが仕事。日本向け製品は求められる品質も当然高い。しっかりとやらねばならない。 
 ボス曰く、ラインごとに「組長」という監督役の従業員がいて、何かあったときは組長を呼べとの仰せだった。組長も女性の従業員だ(頬に傷があるとか小指がないとかそういう類の方々では断じてない)。

 さて、作業スタートだ。1個の端末につき、2枚のシールを決められた位置に張っていく。きちんと水平・垂直に貼るのが大事、斜めになっていたりはみ出したりしているとNG。シールもカバーも小さいので、貼りつけ作業は手先に集中しないとうまくできない。最初はもたついたが、慣れてくるとスピードも上がってきた。
 ひたすら同じ作業を黙々と繰り返すことになるので、苦手な人にとっては耐え難い地獄のような時間かもしれない。が、ぼくはこういう単純作業は好きだ。自分の世界に没入する感覚がたまらない。何度も何度も繰り替えていれば人間上達するもので、その上達を実感するのが楽しかった。貼るスピードも上がる。調子も上がってくる。もはや自分は世界で一番シールを貼るのが上手い人間なのではないかという感覚すら覚えた。どうしよう、早くも世界を獲ってしまった……。
 と、悦に浸っているところで、組長が様子を見に来た。こちらも賛辞を浴びる用意はできている。そして口元をほころばせながら一言。

「NG」

 世界、獲れてなかった。

 自信満々にシールを貼った端末たちが回収されていった。NG品となってしまったそれらがその後どうなるのか、ぼくには分からなかったけれど、無性に悲しくなる。

 ボスのお手本を見て基準をばっちり把握したつもりだったのだけれども、残念ながら詰めが甘かった。シールの貼る位置が甘い、端っこに隙間なくぴったり貼りつけなければならない……というのがフィードバックだが、当然ぼくは中国語が分からないので、組長の指摘とお手本を見て観察してそのことをつかみ取るしかなかった。つくづく言語というものの偉大さを思い知らされる。
 ともあれ敗因はわかったので、作業を再開。リベンジだ。組長のお手本をくまなく観察して、今度こそ求められる水準は理解できた。

 作業を再開してしばらく後、再び組長が様子を見に来た。
「OK」
 今度は合格点だった。それを聞いてぼくはとても嬉しかった。やっているのは、なんてことのない作業、ただシールを決められた位置に貼るだけだ。小学生だってできる。しかし、その作業を真剣にやって、失敗して、改善して、OKをもらった、その過程が不思議と楽しくて充実していたのだった。

 そんな感じで、1日目だけでたぶん2500枚くらいはシールを貼った。2日目も同じように貼り続けた。さすがに2日目は違う作業もあったけど、フィルムを貼る作業だったので似たようなものである。普段使わない筋肉を使って疲れたけれど、労働が終わった後は不思議と充足感を覚えた。楽しかった。

工場の雰囲気、良い

 製造ラインの雰囲気としては、程よい緊張感が常に維持されていたと感じた。製造ラインで働く従業員は皆20代~30代の女性であるが、みな淡々と作業をしていた。無駄なおしゃべり・私語などはなかったように思う。

 ボスをはじめ、従業員の皆さんの面倒見もよかった。ぼくが困っていると、周りの従業員が組長を呼んでくれたり、シールを補充してくれたりした。皆、無機質に自分の作業だけを黙々とやるのではなく、周りを見ながら仕事をしている。実はこれは結構スゴいことではないか。

 ボスは、現場ではキリッとしていて時には大声も上げるんだけど、ぼくらには常に柔和な笑顔を浮かべている優しいナイスガイだった。仕事終わり、コンビニによって飲み物をいっぱい奢ってくれたのには胸が温かくなった。言葉が通じないのが残念でならなかったけど、最後には「Thank you very much」と言ってくれたのもうれしかった。中国語も勉強しないといけない。

 休憩時間になると、みな水を飲んだりお喋りしたり黙々とスマホをいじったりとそれぞれ好きなように過ごしているのだが、休憩時間が終わるころになると皆きちんと装配室の扉の前に集まってきて、休憩終了のBGMがなり始めるや否や扉を開けてそれぞれの持ち場に戻っていくのである。皆キビキビと動いていたのが非常に印象的だった。ONとOFFの切り替えの早さは見習わなければならない。

感想

 まず何よりも楽しかった。そして、単に「楽しい」にとどまらず、「ハードウェアの聖地」深圳のエコシステム(生態系)の一端に触れることができたのも、貴重な経験になった。やはり、その街のことを知るには行ってみて体験してみるのが一番である。もちろん、この2日間のインターンだけでわかることなどたかが知れているけれど、それでも日本にいるだけでは得られないものをたくさん得ることができたように思う。

 また、自分にとって未経験・未体験のハードウェア製造の現場に入れたことも得難い経験だった。弁護士として製造業のクライアントからの依頼を受けて仕事をすることも多いが、実際の製造の現場というのは中々イメージがつきにくい。なので、ハードウェア製造の現場の中に入って実際に自分で手を動かしてみたことは、非常に良い経験になったと思う。もちろんこれは、別に直ちに仕事のときに役に立つという類の経験ではない。しかし、自分のものの見方を少し豊かにしてくれたかもしれない。そういった積み重ねはきっとどこかで活きてくるのだろう、と信じている。

 それと、この2日間、工場で作業をしてみて驚いたのは、自分の集中力である。正直、普段PCの前で作業しているよりも深く集中し続けていたような気さえする。PCもスマホもなくインターネットから隔絶された環境で、同じ作業を繰り返すというのは、精神的にはきついかもしれないけれど、ひとつのことに集中をするのには最適な環境だった。精神衛生にもとてもよい気がする。

余談:工場のメシはうまい

 JENESISの工場では、従業員向けに昼食と夕食が支給される。これがまた美味しいのだ。

画像4

(1日目の昼食。銀色のトレーを持って食堂のおじちゃんおばちゃんに順番にサーブしてもらう。その様はさながら小中学校の給食のよう。)

画像5

(2日目の昼食。ご飯は自分で盛れる。1日目よりも大盛りにしているのがおかわり、もといおわかりいただけるだろうか。)

画像6

(2日目の夕食。お弁当である。)

 働いた後のメシは美味いとはいうものの、その点を差し引いてもここで出てきたご飯はどれも美味しかった。それに、食堂の中の従業員はみな楽しそうだった。死んだ顔をして労働への絶望を醸し出しながらメシを食っている人は、たぶん、いなかった。日本は、自分の国はどうだろうな、とちょっぴり考えた。

 ちなみに、一緒にインターンに参加した同僚の田中さんから、以下のようなことばを教えてもらった。なるほど、箴言である。

「工場がうまくいっているかを見る重要な基準の1つは、工場の食べ物の良し悪しだ。従業員は通常、工場が用意したアパートに住んで、提供される食事を食べることになるから、いいものを食べることは重要だ。」(アンドリュー・"バニー"・ファン著、高須正和、山形浩生訳『ハードウェアハッカー~新しいモノをつくる破壊と創造の冒険』日本評論社)

余談2:ご参考

 なお、JENESISのインターンについては、高須正和さんのレポート(https://fabcross.jp/topics/tks/20180201_jenesis.html)と、伊藤亜聖さんのレポート(https://aseiito.net/2017/12/30/shenzhen_2017_43/)にて、写真付きで詳細に記述されているので、興味のある方はぜひこれらの記事を読んでいただきたい。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?