家庭環境お粗末人間、ミッドサマーをみる

私の紹介:あまりに近しい人間の不幸が多いので「疫病神」とか言われがち。そもそもの家庭環境もまあ…良くはない。精神が健康とも言いづらい。

事前にツイッターやnoteなんかで感想を調べると「精神が不安定なやつは見るな」「身近な人間に不幸があった人は観ないほうがいい」……。

なるほどね。

というわけで観てきましたミッドサマー!!!!観ないほうがいいといわれると観に行きたくなっちゃう!!!

ひとこと言わせてもらおう。

大好きな映画になったが、それでもミッドサマーは救いなんかじゃない

ツイッターをやってる皆さんであればそこそこ見かけたかもしれません。ミッドサマーはセラピー映画であると。けれどそれは、私個人は断固として否定したい。もちろん人によってそうなる可能性がある映画であること自体は否定しないが。身近に不幸があったとかより、いわゆる「毒親家庭」であればあるほどこの映画は地獄になるのでは、と私は思うのです。


ここからネタバレを含みます。


自分の周りはこの感想を言っている人が多くてやっぱりねという感じでしたが、とにかくホルガ村に行くまでがキツい。

・とにかく不穏で不快な音響。映画館ってすごい

・自殺してゲロまみれになっている妹(私は嘔吐恐怖症を持っている上に親友を自死で亡くしているため二重で来た)

・彼氏からめんどくせ~と思われながらなだめられているダニー(よーく身に覚えがありますよ)

・「あー、あいつのメンヘラ彼女が来たよw」という重苦しい空気感

・それをダニーも当然勘付いているし、それによって「心理学をやってる私みたいなのは頭がおかしいの」と自虐してしまう

・その自虐が余計に「うわ…」と思われるものであってもつい口から出る。しかも早口

もう身につまされるし、しんどい。当然ダニーが負った傷は深いものであるけれど、それに対してクリスチャンや周りの男友達が寄り添えるほど、クリスチャンは彼女のことをよく思っていないのだからもう仕方ない。

ダニーもどうしたって面倒くさい女の側面があるから「迷惑なんかじゃないよ」という返答を待つかのように「迷惑でしょ?」と聞いてしまう。

この人間関係には悪循環しかない。クリスチャンもあと1週間早く別れていれば違ったかもしれないが、両親と妹を同時に亡くしたメンヘラ彼女と別れられるような男は相当精神的に強いし、人間関係ももっとサッパリしているはずだ。クリスチャンはそうではない。人と人との綱渡りの仕方が良くも悪くも上手い。自分が悪者になりづらい道を(無自覚かどうかはともかく)選んでしまいがち。

クリスチャンを浮気者と呼ぶ人がいるが、私はあまりそう思わない。そもそもダニーに「本気」ではないし、周りがどんどん殺されて(行方不明になって)いく中でドラッグを盛られマトモに判断できるわけがない。よっぽど彼女のことを愛していたら強い意志で拒否できたかもしれないが、あの性行為にクリスチャンの意志など1ミリも反映されていないのだから。

まあそのせいでかわいいクマさんにされちゃったけど。

話が逸れた。

アリ・アスター監督は『ミッドサマー』でカタルシスを感じてほしい、と語っている。理屈はわかる。誰からも共感を得られず、支えてもらえず、置いて行かれてばかりだったダニーが、「村」という共同体に共感され、ついぞ自分を置いて行くものは全員死んだのだ。もう振り回されることはない。

私はよく「人間がいるから人間が不幸になるんだ。人間がいなければ不幸にもならない。私は人間を愛しているから人間に滅亡してほしいと思っている」と言う。それと似ているかもしれない。置いて行く人がいるからつらいのであって、置いて行く人を殺せばもうつらくならない。

ただ、ダニーが燃える神殿を見ながらほくそ笑んだあと、ダニーがどうなるかは(少なくとも映画を見ただけでは)分からない。

ラストシーンの時点で祝祭はまだ4日目である。その上で作中で沢山写真があったはずのメイ・クイーン経験者が1人も作中にいなかったわけで、つまりダニーは残り5日間で殺されるのがほぼ確定なのではないか、と思っている。

そして、だとすればこの映画はハッピーエンドだ。反対に、あのあともダニーがあの村で生き続けるのであれば、ハッピーエンドではないと思う。なぜなら、他の村民がみな神殿が燃えるさまに嘆きわめく中で、一人騒ぎもせずふっと笑っていたダニーはホルガの思想に完全に飲み込まれてはいないから。

そして、ここからが本題。ホルガの共感思想それ自体が、私にとって一番キツかった、という話。

彼女らは、個ではない。村という1つの個を形成する部分であって、1人の人間としての意志や個性などはかなり排除されている。

だから、誰かが悲しければみんなで嘆く。誰かが性行為に及ぶのであればみんなで真似をしてみんなで着床を喜ぶ。72歳を過ぎれば、村の秩序という個を外れるから、アッテストゥパンによって命を絶つ。

ホルガという個を保つために、多様性は排除され、それが善とされる。

気色悪い!と思ったかもしれない。だがこれは規模を小さくすると、わりとよく聞く話になる。

「家族なんだから、子どものあなたが悲しければ親だって悲しい」

「家族だから、みんな大切に思われている。親は君を愛しているんだよ」

よく聞く言葉だ。親を批判する子に対し、善意で送られがちなアレだ。

似てません? 家族というのはたまたま家族になった共同体であって、当然思想の違いがあり、個が尊重されるべきなのに、なぜか「家族」や「親子」という共同体でひとくくりに語ろうとする人間は多い。そしてそこに疑問を持たない人のほうが、おそらく多い。

だが私は今まで言われてきたそれを思い出して、とにかく、ホルガ……最悪だな!!!!!!!!!!!!!!という気持ちになった。

結局ホルガの村民はダニーに対して本気で共感しているわけではないのですよ。そういう思想で育ってきたから、大泣きしてるメイ・クイーンを囲んで泣いているだけで。

ダニーはその一瞬は「一緒に泣いてくれる人がいる。クリスチャンよりも私に共感してくれる」と思えたかもしれないけれど、それは散々追い詰められて限界だったからそう思うだけで、村民の共感は嘘でしかない。

「家族」という共同体を無垢に信じる人がいるように、「ホルガ」という共同体を無垢に信じている人がいて、そうやって「家族」も「ホルガ」も続いてきたんだよなあと思いました。

ホルガに対してこんなカルトありえない、という意見を見ることもあり、まあ気持ちは分かりますが、私にとってはホルガも家族至上主義者もそんなに変わらないので、ああいうカルトも実際世界のどこかにフツーにあるんだろうな~と思いました。

うーん、今はとにかくもう一回見たい。DC版が楽しみです。

また別方面からの感想を書くかもしれません…。ペレのこととか色々…

あとこれだけ言わせてくれ、あのモザイクはマジで最悪!

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元地下アイドルヲタクで、岡崎泰葉が好き。