氷と炎と舞う桜

「羽生結弦」という文字の並びの美しさにはいつもハッとする。

漢字の中でも華麗なものだけが集まっていて、読みは日本語らしくどこか柔和。人名なんだけれど、花鳥風月とか明鏡止水とか、四文字熟語の一種のような気さえしてしまう。
一見儚いけれど炎のごとく燃え盛るもの、という意とか。駄目か…。

また、本人も日本人の美しさを体現したような人物である。透き通る白い肌、リンクに映える漆黒の髪。しなやかで細い体躯、氷に巣食う魔を射抜く修羅の眼差し。奥二重の涼しい両の目に炎が宿る時、リンクは「この世ではないどこか」と化す。
その演技には時に神すらも舞い降りてくる。幽玄の世界のように、美しく荒々しい絵巻物のように、研ぎ澄まされた舞は物語を、神を呼び出す。

もっともその日本人らしい美しさが表れたプログラムと言えば、やはり『SEIMEI』だろう。平昌オリンピックでの演技は記憶に新しい方も多いのではないか。

正直、安倍晴明なんて海外のジャッジや観客はほとんど知らなかったんじゃないかと思う。日本人だって何となくのイメージでしか知らないのではないか。
その「よくわからない」日本文化をモチーフとしたプログラムがこれほどの傑作になったのは、もちろん羽生君のスケーターとしての能力の高さやプログラムの完成度によるものだが、「羽生結弦そのものがまさに日本文化である」という点も大きかったのではないだろうか。
黒髪に白い肌、涼しい瞳の羽生結弦が和風の衣装に身を包んでリンクに現れる。それだけで、詳しい説明など必要はない。これは長く語り継がれてきた日本のヒーローの物語だと、一目で分かる。

国民栄誉賞の授与の際に身に付けていた羽織袴の何と涼やかで、凛々しかったことか。西洋的な顔立ちやスタイルが美の基準となり、日本人的な美しさはもう主権を握ることはないだろうと思っていたのに、こんなにも和の文化は存在感があるのかと、羽生結弦の出現によって再認識した人もいるのではないか。少なくとも、私はそうだった。

ただ、彼は伝統的な日本文化を受け継ぎつつも、現代の潮流に逆らうことなくそれを体現しているように感じる。彼は平成になってから生まれた、まだ本当に若い青年だ。その感覚は伝統という名の枷にがんじがらめになることはなく、自由である。礼節を重んじ、日本人らしい気遣いを見せても、彼は自分の意見を曲げるようなことはしない。世界に目の開かれた、21世紀を生きていく新しい日本人の姿が、そこにはあると思う。

何十年、何百年経った時、羽生結弦という名は数々のエピソードとともに語り継がれているのではないか、そんな気がしてくる。我々は未来の神話が生まれる瞬間をリアルタイムで見つめ続ける、歴史の生き証人としてここに在るのではないかと。
偉人のエピソードの多くなんて今となっては事実なのか創作なのかわからないものも多いけれど(今生きてる人に関する嘘や創作だってまかり通ったりするわけで)、時代のカリスマを身近に見てきた人々はこうやって後世にその活躍を伝えようとしたのではないかと、そんな気さえしてくるのだ。


自分は日本から一度も出たことがなくて、自分の目で異国を見ていないから、日本文化のどこが素晴らしくて好きなのか、と問われても実感を込めて書けないと思った。自分で体験して比較をしたことがないのだから。

ただひとつ、20年近く大好きでひっそり見続けてきたフィギュアスケートのことなら語れるんじゃないかと思った。日本文化という言葉を思い浮かべた時に、桜の花が散るようにひらひらと舞い降りてきたのが、「羽生結弦」という文字の並びだった。
ああ、そうだ。彼がいた。あんなに日本文化という言葉が似合う存在もいないだろう。過去と未来を繋ぐ、古くて新しくて美しい、日本の文化と魂の担い手。その活躍を今まさに生きて見つめ続けられる幸せ。日本に生まれて良かったと、もしかしたら初めて思ったかもしれない。

…ちょっと反則かもしれないですが、どうしても羽生結弦選手のことしか頭に浮かばず、こんな文章になってしまいました…。新しいシーズンももうすぐ本格的に幕開け。羽生選手を自分の国の代表として送り出せる幸せを、我々は今シーズンも噛み締めることができるのです。どうか彼の道が、彼の目指すスケートの頂まで真っ直ぐに続いていくように。熱く、熱く応援しています。


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主にフィギュアスケートの話題を熱く語り続けるブログ「うさぎパイナップル」をはてなブログにて更新しております。2016年9月より1000日間毎日更新しておりましたが、現在は原則月・水・金曜日(たまに日曜日)。体験記やイベントレポート、マニアな趣味の話などは基本的にこちらに掲載する予定です。お気軽に遊びに来てくださいね。

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