SEIMEI ~四大陸選手権2020~

本日の記事は2020年2月27日にはてなブログに掲載した記事の再掲です。出場した選手のうち演技を視聴できた選手の感想はすべて書いておりますが、今回は羽生結弦選手の演技部分のみ抜粋しています。掲載にあたって少しだけ修正しています。

世界選手権が無事に開催されるかどうか、この記事を編集している現在は不透明ですが、選手たちの日々の努力が報われる機会が持てるように、そしてこの時期に羽生選手がプログラムを平昌オリンピックで使用した「SEIMEI」に戻しているという巡り合わせはおそらく運命であり、彼が我々の希望となることを願って、今回掲載させていただきます。
…と書いておりましたが、残念ながら大会は中止・延期…。これで疫病や人々の心に巣食う魔が祓われる機会は失われ、世界は混沌と恐慌に陥るのでしょう、なんて思ってしまった…。人類がそこまで愚かではなく、希望が常に我々のそばにあることに祈りを捧げるつもりで、そっとこの記事を置いていきます。

元の記事はこちら→「四大陸選手権2020雑感⑩

-------------------------------------------------------------------------------------

22:羽生結弦
既にある程度の量の情報を仕入れている状態で放送を見ているので、緊張感はほとんど残っていなかった。久しぶりに見られるSEIMEIに、ただワクワクしていた。いつも吐きそうなくらい緊張する羽生君の演技を、こんな風にワクワクと見られるのって貴重かも。

そうだ、SEIMEIの封印が解かれるのだ。メダリスト・オン・アイスでショーバージョンとして披露されてはいたが、再び競技の舞台に戻ってくるのである。羽生結弦の滑ってきた名プログラムの中でも、おそらく最も彼の特性を活かした、羽生結弦だからこそ成立するプログラム、SEIMEI。

戻ってくると一口に言うものの、実際には新しいプログラムと捉えるのが正しいかもしれない。何故なら、平昌のシーズン以降にルール変更が行われ、男子のフリーの演技時間は4分30秒から4分へ短縮されたからである。よって、削るところが何一つ無いように感じる程無駄なく美しく編曲され、繊細に丁寧に組み上げたプログラムを、30秒削った形で作り直さなければならないのだ。
バラードも衣装をはじめとして細かい変更は加えられていたと思うが、SEIMEIはいくらベースがあるとは言え、平昌とまったく同じように滑ることはルール上もうどうやっても出来ないのである。公式練習の様子からある程度の予測は出来たが、全容がはっきりする瞬間が楽しみでたまらなかった。

全日本選手権以降に急遽プログラムの変更を決断したという話だったかと思うが、その短期間でバラードの衣装がマイナーチェンジされていたように、SEIMEIの衣装も少し変更されていた。紫だった部分の一部が、鮮やかな萌黄色に変わっている。どことなく、お雛様やお内裏様をイメージさせた。バラードの衣装にも思ったが、季節で言えば春の印象が強い。色が変更されたのは生地の面積としては僅かな部分のはずなのに、随分と印象が変わる。

羽生君は本当にこのSEIMEIの衣装が良く似合う。和のイメージのプログラムを滑って欲しいと熱望していた私が、初期のSEIMEIの衣装を纏った、細部まで描き込まれた二次元の世界の登場人物のような羽生君の姿を目にした時の衝撃は、今も上手く言い表せない程強烈なものであった。絶対に名プログラムになると確信した程だ。
ファンタジー・オン・アイスの会場でSEIMEIを見た時に私がイメージしたのは、竹藪の中を疾走していく若く美しい陰陽師の少年の姿だった。鮮やかな緑の色に、その時のイメージを少しだけ思い出した。私の勝手な感想なのだけど。

さあ、いよいよリニューアルされたSEIMEIがベールを脱ぐ。一気に安倍晴明の世界に我々を引き込んでいく印象的な出だしは変わっていないように見えた。しかし、冒頭のジャンプは変更されている。そう、4回転ルッツに。
着氷が乱れてしまったが、アイスコープで測って欲しい抜群の高さ。闇夜に冷たく光る白い月を背に、魑魅魍魎の前に足音も無く降り立つ陰陽師の登場シーンのようだ。

続く4回転サルコウ、トリプルアクセル、トリプルフリップの流れは圧巻。30秒尺が短くなった分、彼が削ったのはどうやら振付ではなくジャンプの助走だったらしい。そんな離れ業が可能なのは羽生君くらいのものなのだろう。解説の本田君も、後日あさチャンで織田君も触れていたが、そうそう出来るものではないらしい…。
あまりに助走が短すぎてさすがの羽生君も気が回らなかったのか、フリップにはアテンションがついていたが。フリップはあまり得意じゃないってオーサーが言ってたっけ。得意じゃないわりには助走レスで跳ぶとかいう超人技を…(汗)。

ステップは速報だとレベル4だったが、採点表は3。魑魅魍魎を業火で焼き尽くす燃える瞳の陰陽師の少年は、少し歳を重ねて妖しいオーラを纏うようになった、そんな風に感じた。

後半のジャンプはすべてコンビネーション。失敗が許されない構成はオリジンと同じのようだ。コンビネーションジャンプの最初の1本は4回転トゥループからのジャンプだったが、着氷が乱れる。おそらくその体勢からもコンビネーションに持っていこうとして、とっさにオイラーとトリプルサルコウの構成に変更したのだろう。とっさの判断で跳べるジャンプなのかどうかは素人の私にはわからないが、おそらく相当難しいのではないか。

もう1本、4回転トゥループからのコンビネーション。しかしこちらは転倒してしまい、コンビネーションに繋げられない。回転不足判定も下り、大きな失点。
最後のジャンプはトリプルアクセルからのコンビネーション。こちらはセカンドをトリプルトゥループにしてリカバリー。振り向きざまに予告もなく跳んでくるように見えるトリプルアクセルを、こんなプログラムの終盤でこれだけ鮮やかに跳んでしまえるとは。透き通る白い肌の美しい陰陽師の放った式神が、禍々しきものの身体の芯からその存在を無に帰していく。

最後のジャンプからスピンまでの曲が少しカットされているだろうか。曲のテンポも少しだけ早くなっているように聞こえる。それでも、印象的な振付の数々はほぼそのままに思える。今夜の魍魎退治の仕上げにかかる切れ長の瞳の晴明。
平昌のリンクでは力を振り絞っているように見えたコレオが、今日はずっと余裕に感じた。晴明ではなく羽生結弦が少し顔を覗かせるコレオ。スピンを回り終え、両手を広げる。調伏、完了。

短期間で構成を変えているのだから、完璧に滑れなかったのはある意味仕方のないことでもあったろうと思う。しかし、羽生君から感じるこの余裕は何だろう。この絶対的な安心感は何なのだろう。全日本選手権のフリーとは別人のようだ。そうか、このプログラムは既に羽生結弦の呼吸の一部なのだ。

個人的には、ジャンプの鬼・羽生結弦を堪能できるプログラムで、ミスはあったものの非常に満足感が高かった。削り取られた助走、咄嗟の判断で変更するコンビネーションジャンプ、息でもするかのように行われるリカバリー。この選手はジャンプの天才で、掛け値なしに能力の高いスポーツ選手なのだと改めて実感させられる。間違いなく、これは羽生結弦にしか出来ないプログラムだ。その日本人そのものであり、三次元離れした容姿や雰囲気とも相まって。

しかし、2年の時を経て再び競技のリンクに舞い降りた陰陽師は、これまで容赦なく闇に帰していた魔に、天に昇れる道も示し始めているように感じた。五芒星に焼かれた魑魅魍魎に呼び掛ける、闇からの声と天からの声。選択は委ねられている。陰陽師はその華麗な技に、神をも宿らせるようになったのかもしれない。

ジャンプのミスがいくつかあったので驚異的な点数になることはもちろんなかったが、それでも高得点が出る。ショートプログラムで大きく他を引き離しているので、優勝に王手をかけた状態ではあろうが、最後までまだわからない。彼が唯一手にしていないタイトルの行方は、これから滑るスケーターたちに委ねられた。

-------------------------------------------------------------------------------------

はてなブログにてフィギュアスケートについて熱く語っています。ただの趣味でやってますが毎日更新しています。時々、本日のようにはてなから記事をピックアップして、単独の読み物として読んでいただけるよう修正した上でnoteに掲載する予定です。はてなブログにもお気軽にご訪問ください。
はてなブログはこちら→「うさぎパイナップル

気に入っていただけたなら、それだけで嬉しいです!