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🚪🤛【アンダーグラウンド(1995)】


[私の人生をノックした映画たち] 第1弾
事情はこちらから👇


初回は[アンダーグラウンド(1995)]
まさかのいきなりユーゴスラビア映画。

エミール・クストリッツァ監督



日本で南欧映画が話題になることは少ないけれど、かの有名なカンヌでパルム・ドールを獲ったことがある作品なので映画好きならご存知の方も多いのではないかと思う。

舞台は1941-1992年の「ユーゴスラビア」。
ナチス政権下から社会主義連邦共和国の成立、そして崩壊・旧ユーゴ内戦にいたる時代が3章に渡って描かれる。

ちなみに本作が作られた時にはすでに、チトーによる「ひとつのユーゴ」はもう過去のものだったけれど、これはあえて「ユーゴスラビア」の映画だ、と言いたい作品。

物語の主人公は、
👈共産党員のマルコと                                        
                 同じく党員で元電気技師のクロ👉


...ところで、今では好きなこの作品との出会いは最悪であったと思う。


ときは4月。当時大学1年生、ぴかぴかの新入生だった私は、海外の映画を鑑賞するだけの授業を履修することにした。
洋画なんてほとんど見た事なかったけれど、最近ミュージカルは好きでよく見るし。海外の俳優さんとか女優さんとかちょっと興味あるし。......そんなライトな好奇心で参加したのである。

 授業開始にキッチリ5分遅刻してきた先生が柔和な笑顔で「じゃあ初回は、ユーゴスラビアの映画みましょっか!」とDVDを掲げた十数分後。



私は訳も分からぬまま、髭面の男たちがべろべろに酔っ払いながら殴り合って銃ぶっぱなして高笑いする図を見ていた。



......いや怖、待って何これ。


「洋画=🇺🇸ホームコメディ」のイメージを持っていた無知な小娘が、「ブラックコメディ」の名のもとエロとグロでぶん殴ってくるカオス映画に打ちのめされた瞬間である。

ちなみに大教室が満席になる大規模授業だったのだが、その大部分は恐らく私とそう変わらないライトな「映画好き」、無知かつ無垢な「洋画=🇺🇸コメディかMARVEL」系の学生であった。あとは映画を見るだけで単位取得に惹かれたタイプ。
そっと後ろを振り返ると、9割方の生徒が顔を引き攣らせていたのでこの読みは間違いない。


授業は一コマ90分。絶句する生徒一同を前に、キリのいいところで映画の再生を一時停止した先生は、爽やかな笑顔でこう言った。

「僕この映画大好きなんですよねぇ...。めちゃくちゃ面白いでしょう、ちなみにサントラも持ってる」

 🍿🎬📽

 では少し早いけど続きはまた次回、の台詞を号令に教室を出たあと、私は意味もなくキャンパス内をウロウロと歩いた。未知(の映画ジャンル)との遭遇にそれはそれは動揺していた。

登場人物の謎のハイテンション。ずっと流れていた喧しいブラバンの劇中歌がまだ頭にぐるぐる回っている。怒鳴り声と悲鳴と血と汗のオンパレード。いや結局いま一体なんの話を見ていたのか。
「面白いですよねぇ」「DVDもサントラも持ってる」...?? 正気か。実はあの先生も優しい顔してヤバい人なんじゃないか。いや絶対そうである。

来週も授業いくの怖い。映画と先生が同じくらい意味がわからなくて怖い。失礼極まりないが冗談じゃなくそう思った 。


ところが。そんな不安がまったく不要なものであったと知るのに、それほど時間はかからなかった。...…この映画、終盤になればなるほど色々「わかって」くる作品だったのである。

2回目、3回目の授業で続きを見るうちに、私はだんだん夢中になった。というより、作品の根底にあったテーマに真剣に向き合わざるを得なくなったといった方が正しいかもしれない。

ここでひとつひとつポイントを挙げることは野暮なのでしないけれども、序盤狂っているとしか思わなかったキャラクターの振る舞いも、ブラックがすぎると思ったギャグも、「ユーゴ」という国で終わらない戦争に翻弄される中で生まれた狂気なのではないかと思うと背筋が粟だった。


3人が歌う「真昼の暗黒を誰もしらない」という歌詞は、一見、つかの間の平和に思えたチトー時代の
メタファーだったのだろうか、なーんて。


ぜんぶで2時間50分。
退屈という意味ではなくて「長く感じる映画」というものに私はこの時初めて出会ったと思う。

彼らの苦痛も、怒りも、喜びも、悲しみも、狂気も、生も、死も、あれほど生々しく目前に迫っていたのに、たった3時間足らずの中で描かれた物語だということが、見終わった直後には信じられなかった。

自分が生まれた"国"が消えてしまうというのは、
愛した"兄弟"が憎み合うというのは、どれほどやるせない歴史だろう。


「むかし、あるところに国があった」

おとぎ話の語り出しのようなモノローグで始まって終わる、言語化できないほど壮大な、でも実は泣きたいほどささやかな祈りを、私は目の前に突きつけられた心地がしたのだ。

蘇った愛する家族、修復された友情...
はるか遠くへと流れていって、二度と戻ってこない。
「半島」は理想郷だったのかもしれない。


色んな意味で衝撃の初鑑賞のあと暫くして、DVDを自分でも借りて見た。

 敵が誰なのかすら最早わかっていないのに「祖国」を守る使命感を抱き続けるクロも、
 常に強い方へと流されて従うナタリアも、
 自らのために平気で仲間を踏みつける選択をしたマルコも、

三者とも本人は必死に違いないのに、傍目には滑稽に見えてしまうのがなんとも面白い。
面白くて、それが哀しくて、今度は何か泣けた。


空気を読めないくらいに流れ続ける陽気なブラバン演奏も、今となってはもはや作品に不可欠な要素にしか思えなかった。

🍿🎬📽


 2回目の鑑賞後に、机に置いたままにしていたDVDを目に留めた母が「知らない映画だ」と言った。

さて、そのときの返事。

「それね、私好きかも。めちゃくちゃ面白いよ。あと音楽も良い」

......ちょっと、あの時の先生の気持ちがわかった気が、しなくもない。

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