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【舞台】アマラ


【登場人物】
オオカミ   赤ずきん、3びきのこぶた、7ひきのこやぎに登場した狼。


開幕。
一匹の狼がいる。
遠吠えの真っ最中。

オオカミ ワオーン…ワオーン…ワオーン…ウオーン…ウォーン…ウォンウォン。

遠吠えの声が次第に泣き声に変わる。

オオカミ …ウェンエンエン…また振られた。なんでオオカミはこんなに嫌われるんだ! 不公平じゃないか! オオカミには幸せになる権利もないっていうのか馬鹿野郎! やろーう! ろーん! ウォーン!
        
【赤ずきん】
花畑にいる女の子(無対象)の様子を物陰から伺っている。
意を決して話しかける。

オオカミ かーのじょ。何してるの。花摘んでるの? いいねーオレ花大好き! それ何? 籠に入ってるやつ。ワイン? いいねーオレワイン大好き! これからどっか行くの? おばあちゃんちに行くの? いいねーオレおばあちゃん大好き! 違うよ、食べない食べない。俺も行っていい? 食べないから。いい? やったー。

連れ立って歩き出す。

オオカミ 君かわいいねー。赤好きなの? うん、すっごい似合ってる。(目的地に到着)ここ? ここおばあちゃんち? こんにちはおばあちゃん! オレオオカミ! よろしく!

挨拶をしたおばあちゃんは突如オオカミが現れたので気を失う。

オオカミ え? あれ? おばあちゃん!? 大丈夫!? 気を失っちゃったよ、なんで? 寝かせとけば大丈夫? そっかそっか。

おばあちゃんをベッドへ寝かせる。

オオカミ ……あのさ、こんな時に何なんだけどさ。赤ずきんちゃん。オレと付き合ってください! …………え? 好きな人がいる? 誰? …猟師さん? あーそっかそっか。ワイルド系が好きなんだ…ううんいいの。平気平気。ごめんねなんか急に。

銃声。
戸口から入ってきた猟師が鉄砲を構えている。

オオカミ ぎゃー! 当たった! 致命傷だ! え? 当たってない? でも出て行かないと今度は当てる? やめてやめて撃たないで! 何もしてないよ。まだ。まだっていうかこれからも。本当。だからそれ向けるのやめてください。

すごすごと出て行く。

オオカミ はぁ…。ワイルド系か…。よし。

【三匹のこぶた】
藁葺の家の前で中の様子を伺っている。
意を決して扉の前へ。

オオカミ おら、このメス豚! 出て来いメス豚。揃いも揃って豊満な体をしやがって、いろんな意味でたまんねえな! オレ様はな、ワイルドなんだよワ・イ・ル・ド。ワイルドな男だからな、こんなことも出来ちゃうんだぜ。この藁の家なんか一息で吹き飛ばせちゃうんだぜ。見てろよ。ふーふー。あれ。おかしいな。ふーふーふー。ふーーーーーー。……えい。

手を使って藁をちょっぴり払い落とす。

オオカミ ほら、崩れただろ、ここのところが。量は関係ないんだよ。量より質だろ。とにかくオレはワイルドなんだよ。なんだって、木の家? 木の家ごときワイルドなオレ様の敵じゃないぜ。簡単簡単。こうやって一押しすれば……びくともしない。いや、違う。今のは手を抜いただけだ。うーんとえーっと。えいえいえいえいえい。

両手でぺちぺちと叩く。

オオカミ ほら木の皮が剥けた! …いててて。オレの手の皮も剥けちゃったよ。こんな痛みなんか屁でもないね。とにかくオレはワイルドなんだよ。なんだって、レンガの家? ねえいい加減にしてよ。そういうのさ、オレどうかと思うよ。改めて自分自身に問いかけてほしい。そんな重たくて硬いもので家を作る必要が本当にあるんですか。え? できるよ。オレはワイルドだからレンガだって素手で粉々にしちゃうよ。でも今日はやらない。だって手の皮が剥けちゃってるんだもん。そう、手荒れ。最近乾燥してるじゃん。だからまたあとでやってあげる。それで本題なんだけど、お前ら三姉妹の誰でもいいから、オレと付き合えよ。……え、なんで? 獣臭い? 風呂に入れ? うん、わかった。入ったら付き合ってくれる? 嘘。こぶたちゃんちのお風呂って暖炉にあるの? しかも鍋型なんだ。斬新。でもこれ沸騰してない? 入浴剤か、そっかそっか。

おそるおそる覗き込み、一気に飛び込む。
が、当然熱湯のためすぐに飛び出し、熱さに転げまわる。

オオカミ アチアチアチ!! ……え? 熱湯コマーシャルの芸人みたい? 何それ。オレよく知らないんだけど。面白い人が好きなの? ワイルドじゃなくて? そっか。面白い人か。

【七匹のこやぎ】
ドアの隙間から家の中の様子を伺う。
意を決して声をかける。

オオカミ 仔やぎちゃーん、七つ子の可愛い可愛い仔やぎちゃーん。誰でもいいから付き合って!! え? この濁声が嫌? だったらオレ君のために変わるよ! (裏声で)コヤギチャーン! 変わったのは声かよってね! どう? 面白いでしょオレ。え? 黒い手足が嫌。だったら真っ白に変身するよ。全身タイツがいいかな。罰ゲーム用の小麦粉とかある? なんならパイを顔面に投げてもらうのもオレ的にはおいしいんだけど。

奥からお母さんヤギが出てくる。
手にはハサミが握られている。

オオカミ あ、お母さん! どうもー初めまして。怪しいものじゃないです。あのオレオオカミって者なんです。まだ若手でそんなに有名じゃないんですけど。え? 知ってる? 本当? 嬉しいなー。サインしちゃおっかな! ペンあります? え、ちょっとお母さん何それ。ハサミじゃないよ、ペンだってば。何!? 何するの!? 腹!? なんで腹切るの!? 意味わかんないよ、ドッキリ!? リアクションが問われてるの!? ちょっとやめて! やめてくださいマジで! (突っ込み風に)ええ加減にしなさい! おおおお邪魔しました!!

場面はかわり、居酒屋。(あるのか?)
かなり酔っ払った様子でオオカミの先輩と飲み明かしている。

オオカミ しょうがないでしょ。男はオオカミなのよ。ていうかオオカミだって男なのよ。女の子と付き合いたいと思って何が悪いの、ねえ先輩。オオカミだって幸せになる権利あるでしょ。でもさ。オオカミに悪いイメージつけたの誰なんすかね? だからオレそれ払拭するために必死。本当にもう必死っすよ。女の子の要望どおりに自分を変えてやるんです。なんすか、なんすか。え? オオカミとしてのプライド? ないっすよそんなもん。だってプライド持ってたら女の子寄って来ます? 来ないでしょ? そもそもオオカミとしてのプライドって何なんすか。人間食う。豚も食う。山羊も食う。食ってばっかりじゃないすか。あれ先輩、その腹の傷どうしたんですか。石詰められて? 井戸に沈められた? なにその極道の世界!? さっすが、先輩は修羅場経験されてますねー。

場面は変わり、一人道端を歩いている。
小さく赤ん坊の泣き声がする。

オオカミ あー飲みすぎた。頭痛ェ。先輩ちゃんと帰れたかな? …ん? なんか聞こえた? 聞こえたよな?

声の方向へ向かう。
布にくるまれた赤ん坊を持って戻ってくる。

オオカミ 見ーっけた! 何これ何これ。うわぁ! 人間の赤ん坊だ! うるさいうるさい。二日酔いなんだからそんなに喚くなよ、頭に響くだろ。人間の赤ん坊がここにいるってことは近くに人間の親がいるな? こういう時って絶対親が『やめて~うちの子をどうか食べないで~』とか言って出てくるから、そこでオレがかっちょよく『ふ…そんなもの喰う気にもならん。帰んな』って見逃してやるんだ。くーッオレかっこいい!! よーし、親を待とう!

正座してしばらく待つが、誰も来ない。

オオカミ ………………遅くね? ………あれ? 遅くね? 道に迷っちゃったのかな? もしもーし。お宅のお子さんならここですよー。……まったく、道がわからなくなるくらい遠くに行くなよ、こんな赤ん坊置いて…。あ! まさか! お前捨てられたのか!? そっかー。それもそうかー。ひどいなーお前の父ちゃんと母ちゃん。こんなところに置いてったらすぐオオカミに食われちまうってのに。ってオレか。でも今別に腹減ってないしなー。先輩のとこに持ってったら食べるかな? でも先輩も二日酔いっぽいしなー。赤ん坊よりウコン持って来いって言いそうだよな。どう思うお前? 先輩に食われるのとオレに食われるの、どっちがいい? それにしてもうるさいなー。わんわんわんわん、お前は犬かってんだよ。な? いい加減泣きやめよ。何をそんなに主張したいんだよ。……(赤ん坊をじっと見つめて)…そうか。お前生きたいんだな。……オレが育ててやろうか? ……なーんちゃって。何口走ってんのオレ! 無理無理。そんなの絶対無理。だってオレオオカミだし、プー太郎だし、彼女もいないし、……言ってたらへこんできた。生きるのって大変よ? そう簡単に彼女とかできないよ? それでも生きたいのお前? ……よし。わかった。オレに任せろ! お前を一人前の人間にしてやるよ。だから泣き止めよ。泣き止めって。いないいないばぁ! ダメか。あばばばば~。くそう。これでどうだ。これならどうだ。もう泣き止めって!

道端に生えていた黄色い花を抜きとり、振り回す。

オオカミ あ。笑った。

暗転。
明転のち、怒涛の育児が始まる。
頭には例の黄色い花が挿してある。
一冊の本を持っている。

オオカミ へへへ赤ずきんちゃんに借りちゃったー。正確には赤ずきんちゃんのおばあちゃんの本だけど。『さるでもわかるすくすくこそだて』猿にわかるんだからオレでもわかるだろ。なになに。人間の主食はおっぱい。おっぱい? オレのでもいいんかな? 生肉だとオレと一緒だから楽なんだけどなぁ。歯ないもんなぁ。肉食えないよなぁ。いつ生えてくるんだろう。一人じゃ歩けないのも問題だよなぁ。野生じゃ真っ先に食われて死ぬぞ。こんなんじゃ一人前になるまで何日かかるか…。(本を見ながら)えーっと人間が一人前になるのは……二十年!? そんなに!? てか二十年って何日!? オレの寿命尽きるのが先なんじゃね? もう、はやく大きくなれよ。二十年もお前と一緒にいたら彼女できないじゃん。(と言いつつ嬉しそう)二十年か。ずーっと一緒だな。まいったなぁ。

暗転。
明転。
袖奥の誰かを見送っている。

オオカミ うん、うん、ありがとう。なんかあったら遠吠えで連絡するよ。はーい。じゃあね~。……なんか変だ。絶対変だ。だってお前が来てからブタちゃんたち毎日遊びに来てくれるようになったんだよ? 赤ずきんちゃんも花持ってきてくれるでしょ。仔やぎちゃん達もふりこ時計のおもちゃ持って来てくれたでしょ。ハサミ振り回してたやぎのお母さんもお前の飲むミルクわけてくれるし、前にオレのこと狙ってた猟師でさえ「オオカミに気をつけて帰れよー」なんて声かけてくるし。オレがオオカミだよ。なんか変だ。絶対変だ。お前が来てから変なことだらけだ。オオカミはどこの物語でも幸せになれなかったはずなのに。なんかオレ今とっても幸せだ。なんでだろう。…? わ、またくそしたな。よく出るなーお前。

暗転。
明転。
何も持っていない。
そわそわ、うろうろ。挙動不審。
そこは七ひきのこやぎの家の前である。
やぎのお母さんが出てくる。

オオカミ どどどどどうだった!? あいつ死なない? 大丈夫? だってだってだってぐったりしちゃってミルクも飲まないし返事もしないし、もとから全然喋れないけど、もし悪い病気だったらどうしよう!! …ただの風邪? なんだよーもうびっくりしたよー。そっかーよかったー。うん、ありがとうやぎのお母さん。さすが7つ子を育ててるだけありますね。念のため今日はお泊り? そっか、じゃあお願いします。(去りかけて)…あのオレ、外にいていいですか。いや、ベッドとかいらないです外でいいんです! オレオオカミだから全然平気。自分ち帰る気にもならないし、外で寝ます。なんかあったら言ってください。…うーさすがにちょっと寒いなぁ。でもあいつの傍を離れるのも心配だし。…ハックション…! オレが風邪引きそう。

暗転。
明転。
誰かを出迎えて。

オオカミ 先輩! いらっしゃい! あれ? 誰すかその子。めっちゃ可愛いっすね~。え? 先輩の妹? 妹いたんですか? だったらオレに紹介してくれてもいいじゃないですか水くさいなぁ。え、マジで? マジ紹介? 妹ちゃんがオレに一目惚れ? 嘘!! 本当!? 全然全然! オレなんかでいいんすか? (赤ん坊にむかって)やっぱり、お前が来てからいいことだらけだぁ! ……え? ただし条件がある? なんでも言ってくださいよ。知ってるでしょ、オレ女の子の為なら何だってできますから。……え? こいつを…捨てる? なんで? こぶつきじゃ妹が可哀想……。あーそっか。そうっすよねー。人間の赤ん坊なんかいたら面倒くさいですもんねー。いや、実際オレも面倒くさいことだらけですよ。夜泣きはするし、いつまでたっても肉食えるようにならないし、本当面倒くさいですよ。………だから、オレ、妹さんとは付き合いません。…そりゃ妹さん超可愛いし、彼女は今でも欲しいけど、こいつ捨てられないので。だってオレがいないとこいつ死んじゃいますもん。妹さんはオレがいなくても死なないでしょ? すみません先輩。帰ってください。…そんなに怒らないでくださいよ。そんな。先輩に逆らう気なんかちっともありませんって。やめてください。おねがいです。やめて。やめ……やめろ! こいつにだけは手を出すな! ……オオカミとしてのプライド? オスとしてのプライドだ? そんなもんくそくらえ。自分守るためのプライドなんかいらねえ。だがこいつ守るためなら何だってするぞ。命だってかけてやる。こいつにその薄汚ぇ毛の一本でも触れてみろ。その喉笛掻っ切ってやる!

鼻息荒くいきりたっているが突然へたり込む。

オオカミ こここ怖かったぁ…。先輩マジで怒るんだもん。こりゃもう群れには入れてもらえないかもな。まあいいさ。お前がいるし。赤ずきんちゃんたちもいるし。なんでかなー。オレ幸せだよやっぱり。なんかなー。ちょっと今からいいこと言うぞ。ちゃんと聞いとけ。オレわかったんだよ。女の子ばっかり追いかけてたけどさ、オレは誰かに愛してもらいたかっただけで、相手は誰でもよくってさ、オレ自身は誰も愛してはいなかったんだよ、たぶん。そういうのはいかん。そりゃ誰も振り向いちゃくれないよな。うん。でもお前が来てからさ、皆がオレに優しくなって興味持ってくれるようになって、遊びにきてくれるようになって。あ、皆お前に会いに来てるんだろうけど。それでもオレは嬉しかったんだ。こういうのを幸せって言うんだよきっと。聞いてるか? 全部お前が教えてくれたんだぞ。んーお前にはちょっと難しかったか。要はお前のことが大好きだってことだよ。オレが責任もってお前を育ててやるからな。だってオレはお前の……親だから。な。よし、早く大きくなれよ。肉食うか? 人間だから食えないか。生が一番うまいのになぁ。

生肉をしゃぶり出す赤ん坊。

オオカミ え? やめろお前。オオカミじゃあるまいし。人間は生肉なんか食べないんだよ。お前そんなことしてたらオオカミになっちまうだろ。オレはお前を、うーんと立派な一人前の人間に……(気付いて)…お前、オオカミになっちゃうのか?

暗転。
明転。
何も持っていない。
別れの朝。赤ずきんちゃんの家の前。

オオカミ うん。お願いね赤ずきんちゃん。そいつの里親探し。ほら、やっぱオレ駄目だったんだ。オレオオカミだからさ、『さるでもわかる』って本も全然わかんなかったわ。それに、なんだか面倒くさくなっちゃったんだよね。こいついると彼女もできないしさ。本当煩いし邪魔くさいし面倒くさいし、ウンチもくさいし。最悪だよ。だから、オレもう無理だ。やめたやめた。やっぱ人間の面倒は人間が見てくれよ。人間が育てれば、きっとうーんと立派な一人前の人間になれるだろう、こいつ。まあ適当にいい人間見つけてやってくれよ。こいつが苦労しなくて済むような、居心地よくて、あったかい、幸せな、……適当な人間の家庭を。お願い。じゃあ。さよなら。

意気揚々と見送る。
しばらくその場で黙り込む。
自分の頭に挿していた黄色い花をとり、じっと見つめる。

オオカミ お前はまだ小さいからな。オレのことなんか覚えてられないだろうな。でもいっか。オオカミに育てられたなんて人が知ったらとんだ笑い話だもん。忘れろ忘れろ。オレは忘れないけど。お前は忘れろ。そして全然違う普通の人間みたいに育っていけよ。でも、オレは覚えとくよ。お前は忘れろよ。こんなオオカミ、親でもなんでもないんだからな! ………や、やっぱり、オレも親名乗っていいかなぁ。ちゃんとした親じゃなかったかもしれないけどさ、でもオレお前のこと大事だったよ。だからさ。オレ親でいてもいいかなぁ。人間には名付け親っていうのがいるんだろう? 付けておけばよかった。お前が忘れないくらい名前を呼んでおけばよかった。今からでも間に合うかな。名前つけるよお前に。アマラ。この花の名前だよ。お前が好きだった黄色い花の名前だよ。お前にぴったりだ。お前の笑顔みたいだ。なぁアマラ。お前のおかげで幸せだったよ。まだ山を下りたくらいかな? 聞こえるかな。アマラ。

ありったけの気持ちをこめての遠吠え。

オオカミ ワオーン…ワオーン…ワオーン…ウオーン…ウォーン…ウォンウォン。

遠吠えの声が次第に泣き声に変わる。

オオカミ …ウェンエンエン…。

暗転。
閉幕。

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