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クック諸島滞在記 No.5

「マウイとココナッツの物語」

  ある朝、Cook Islands News(地元の新聞)を読んでいると、マンガイア島でココナッツの実が男の頭に落ちたというニュースが載っていた。

  幸い男の命に別状はなかったが、マンガイア島は離島のために病院がなく精密検査ができなかった。検査のためにはラロトンガ島の病院に行くしかなく、男の奥さんは、この国の医療サービスはラロトンガ島に住んでなければ受けられないのかという問題提起をしていた。

 基本的に、島ではどれだけ日差しが暑くても、ヤシの木の下では昼寝はしない。また島で車を停める場合は、ヤシの木の下には絶対止めない。なぜならヤシの実が落ちて来るからである。観光客などは日陰を求めてヤシの木の下に車を止めることが多く、実際に落ちてフロントガラスが割れているレンタカーを見かけることもなくない。

 どういう状況で頭に落ちてきたのかわからないが、世の中にはなんとも不運な男がいるものである。と思って名前を見てみたら、なんと知っている人ではないか。

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 それは、半年ほど前にマンガイア島を訪れた時、島にある鍾乳洞に連れいていってくれたガイドのマウイだった。マンガイア島には巨大な鍾乳洞がいくつもあり、昔は人が死ぬと遺体は洞窟に置かれていた。そのため、いまでも洞窟内には無数の人骨があるのである。マウイと僕はライト片手にアップダウンが激しく、落ちたら死ぬような裂け目を渡ったりしながら真っ暗な鍾乳洞を歩いた。

 マウイは島の西側に位置するイヴィルア村の外れに住んでいた。その家はマウイとオーストラリア人の奥さんのリンさんが切り開き、自分たちで建てたものであった。庭にはきれいに手入れされ、パッションフルーツやマンゴーの木がなっていた。何より、その家から眺める景色は、島の内陸部を見渡すことができ絶景であった。リンさんの手作りのマフィンを頂き、僕たちは紅茶を飲みながら午後の気持ちのいい時間を過ごした。


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 マウイはマンガイア島出身だったが、15歳ぐらいのときに島を離れた。ニュージーランドで高校を出て、そのあとはオーストラリアに移った。そしてリンさんに出会い、結婚。その後、40年近く、ずっとシドニー周辺で暮らしていたが、ある時、オーストラリア北部に旅行に行ったとき、久しぶりにヤシの木を目にした。

 その瞬間、そう言えばマンガイア島にいた子供の頃、この木に登ったり、葉を編んで籠を作ったり、毎日目にしていたなと思い出し、島が懐かしくなった。何より、ココナッツジュースの味が恋しくて仕方なくなったという。島を離れてから、マウイがヤシの木を目にするのは初めてのことだった。

 それがきっかけで、マウイは出身の島であるマンガイア島に帰る決意をした。マウイの子供の頃は1000人を超えていた人口も、過疎化が進みいまは400人程度。それでも、自分の島に戻ってこれたことは非常にうれしかったと語った。そしてそのきっかけを作ってくれたのは、ヤシの木の存在だと、庭に伸びる木を見て語っていた。


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 そのマウイの頭にココナッツの実が落ち、危うく死ぬところだったのだ。なんという因果だろうか。結局、マウイはラロトンガ島の病院に行き精密検査をした結果、脳には異常がないということが確認され、いまでは元気に過ごしているらしい。

 この新聞の記事を読んでからしばらくは、ヤシの木が目に入るたびに、マウイのことを思い出した。マウイは庭に伸びたヤシの木を見て、何を思っているのだろうか。

 ヤシの実の落下に神の啓示を感じたか、自分が島に帰るきっかけになったヤシの木の存在を恨んだか。いずれにせよ、マウイにとってヤシの木は自分の人生を語る上で欠かせない存在になったことは確かだと思う。

 もし僕がマウイだったら何を思うだろうか。きっとヤシの木は何かを僕に伝えようとしたのだと、ヤシの木を眺めながら日々を過ごすのではないかと思う。そしてある日、その答えを見出した時、ヤシの木に導かれて開眼したと言って、ココナッツ仙人を自称するかも知れない。

 そんな無責任なことを考えるのは、やっぱりココナッツが頭に落ちたことのない人間だからなんだろうなと思いながら、いま庭に伸びるヤシの木を眺めて、この文章を書いています。

 

 

 



 

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