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時の向こうで待っていて(きょうの本)

 SFというものがはたして何の略なのか、サイエンスフィクションもしくはスペースファンタジー? ということさえさっぱりわからない程度にはその手のことに疎いわたくし、すきなアシモフ作品は黒後家蜘蛛の会、ブラッドベリで読んでるのはハロウィンがやってきた、以上! というくらいの知識ですよということでお察しいただけたらこれさいわいというか、とにかくそんな感じの読書傾向です。
 新井素子と星新一はこどものころすこし読みました。すきな新井素子作品はブラックキャットです。これまた。
 というくらいにほんとSF消化酵素がないのですがなんでかタイムリープものはちょっとすき。
 SF興味なくてもタイムリープものすきなひとは多そうですよね。
 すきですよね。
 みんな時をかける少女とかスキップとかたんぽぽ娘とかすきよね。
 ということできっとみんなすきなタイムリープもの、みんな読んでねおもしろかったからねという布石を豆まきのようにばらまきつつご紹介します今回読んだ本。

 クレア・ノース『ハリー・オーガスト、15回目の人生』。

 そもそもこの本を手にとったきっかけというのがSNSでお見かけした紹介文でして、そう、あの、「手に負えないやおい」と……紹介されていて……それで読んでみました。
 どれほどなのかと。だって手に負えないってさ、そんなんどんくらいなんってさ、気になりますやん……。
 わたしの読書歴から算出される「手に負えないやおい・海外文学編」はマデリン・ミラー『アキレウスの歌』(帯にはあのローリングも絶賛! とあったこと忘れない)ですがどう? 

 アキレウス超える? 超えてしまっちゃったりする? という期待とともに読んだこのご本。
 率直な感想をのべると、アキレウス超えた。
 超えたね。
 ミラー女史の手になるアキレウスとパトロクロスの積年にわたる愛やら恋やらにもさんざんあてられたくちですが、いや、なんていうか、アキレウスとパトロクロスがおさななじみの少年たちの愛とそして一線超えたいちゃいちゃとすればこちらは大人の男たちのというか、いや大人でもないところもあるんだけど、これホンコンノワールとかすきなひとすきそうだなー……ホンコンノワールよく知らんけど。ごめんあいかわらずすべてが適当です。
 いや、いやいや、いまどきなにか一本の指標を軸に作品と作品を比べて優劣をつける手法ははやらないしそもそも作品のひろがりとはそういうものではないと重々わかってはいるわけですがそれをも踏まえてわきまえてさらに言わせてほしい、ハリー・オーガスト、ぶっちぎりにアキレウス超え……ただ一本の指標において……「手に負えないやおい」というその一本の指標において。
 ほんとに手に負えなかったです。
 これはちょっとネタバレになるのでこれからこの作品を読もうという方はこのさきの数行を薄目で読み飛ばしてください、あのね、最初から12回目の人生までは物語としてのおもしろさに感心しつつも「どこがやおいなんだろう」とおもっていたものですが13~14回目の人生でぶっとばされ15回目の人生の終盤までウワー手に負えないやおいだーわたしはいったいなにを読んでいるんだーと愕然としていたらほんとの最後の最後でやおいとしても物語としてもものすごくきれいにまとまって、なんだこの手腕!!! すごすぎない!!!? と衝撃を受けて本を閉じた瞬間にこの作者の方の別の作品をネット書店で通販しました。こちらの名義では2冊しかないんですが別名義ではとても有名なお方だそうで、邦訳もとりあえずあといくつかみつけました。何年かまえに日本にも来られてたみたいで、池澤夏樹さんと公開討論されてたみたいで、め、めっちゃいきたかった……!! それこそわたしに二回めの人生があったらつぎ絶対いくからおぼえといてってくらいに。あ、そういえばわたし船田学さんのSFも読んでましたよ。なんか途中で終わった印象が鮮明……。
 いやまあそんなことはどうでもいいとして、とにかくこの作品、うまい。
 物語としてとてもよくできていている。そして手に負えないやおい。まあ、やおいやおい言ってるけどやおいがなにかあんまりわかってないんですけど。雰囲気で。ところでわたし、すきな漫画家は坂田靖子さんです。

 1919年に生まれ、1989年に死んだハリー・オーガストは、前の人生の記憶をそっくり残したままふたたび1919年にうまれかわった。
 彼は自分の人生をくりかえす「カーラ・チャクラ」であり、同じ体質をもつ人々によって組織される「クロノス・クラブ」の一員となる。
 11回目の人生で未来のクロノス・クラブメンバーから「世界の終わり」のメッセージを受け取ったハリー。
 世界に終焉をもたらすのはハリーとまったくおなじ体質をもつ科学者ヴィンセント・ランキス。
 20世紀を舞台に繰り広げられるハリーとヴィンセントの対決のゆくえは?

 というようなお話で、うん、あらすじをまとめるのってとってもむずかしいね……よかったらリンク先の解説などをご参照ください。

 永遠にくりかえす一日、とか、選ばれなかった道のさきにある存在するはずのなかった未来とか、時間のひずみにおちこんでしまうとか、原理とか仕組みとかさっぱりわからないなりにずっとすきで、今回も登場人物たちが死んだあとにくりひろげられているだろうはずのたとえばハリーだけにかぎっても十五回ぶんの2000年よりさきの未来があるはずなんだけどそれどうなってんのとか、タイムパラドクス? ってなに? っていうあやふやな感じではあるんですけどそれはそれでおいといて、時間はロマンだなあとおもう。
 いまこうしているあいだにも、もしかしてこの文章を書いていない時間の使い方をしているわたしがいて、そのわたしはこの文章をネットにあげることもなくて、そうすると多くのひとにわたしがこの本を読んだということなんか知られなくて、いやべつに知られても知られなくてもかまわないんですけどでもそういえばわたしがこの本を読んだよということでいろいろ言ってたら「じゃあ読むよ」というかたもすでに何人かいらっしゃってるわけで、そしたら万が一この記事を読まれたかたのなかでも「ハリー・オーガスト」に興味をもたれ手にとられそして一生すきな作品にノミネートされる方もいらしゃるかもしれないわけで、といろいろ考えるといややっぱり時間ってすごいね。
 時間、というよりもしくは選んだ/選ばれなかった物語に興味があるのかもしれませんが。
 重ねてゆく時間と記憶のなかで生きるカーラ・チャクラ。
 対して一回きりの人生を生きるわたしたちのような人間は「リニア」と呼ばれます。
 ハリーをはじめ、カーラ・チャクラたちは互いに、またリニアたちとの距離について葛藤したり、時間や歴史について思いを馳せたり、そうしたこまかい機微と、物語としての流れがうまく組み合わさって、読み終わったあとには「物語がうまい」という感想が残りました。
 おもしろかったー。
 科学のことはなんにもわからないけどすごくおもしろかったです。
「手に負えないやおい」はほんとうに手に負えなくて、それを言葉でまとめようとするときっとたくさんの(手垢のついたような)フレーズがいっぱいひっつけられるような、それでいてそのぜんぶでもまとめきれないような、まあなんかそのへんはとりあえず同好のかたは読んで体感してくださいなというにとどめます。
 ひととひととの物語だよ。
 やおいかどうかはわからないけど、ハリーとアキンライの関係性もすごくすきです。
 やおいとして率直な意見を言うとヴィンセントとよりフィデル・グスマンとのほうがぐっときましたがそんなことはどうでもいいか。十五回の人生で一度きりゆきずりに会った豪放磊落な傭兵、カーラ・チャクラのありようが世の営みにはなにもかかわれないかかわらないと腹をくくって戦闘に明け暮れる男、かっこいいですね。物語にはあまりかかわってこないよ。彼のポリシーどおりに。そういうこだわりのある細部もすき。
 ひとりひとりのカーラ・チャクラやリニアの選んできた人生にどれも読んでいて納得できて、ほんと細部にわたって考えられてるなあとおもいます。
ちゃんとした建築物としての物語を読んでいる安心感。

 あれこれと述べてきましたが、つまるところ要するに『ハリー・オーガスト、15回目の人生』はとってもよかったよ! という感想文でした。
 ぜひぜひみなさまどうぞお手に。
 そして読むきっかけになったSNSのさきのみなさまに、すてきな御本を紹介してくださってありがとうございました。
 おしまい。

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