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うらたかフリーランス薬剤師&ブロガーの自己紹介

うらたか@urataka18

「うらたか」ってどんな人?

みなさんはじめまして、うらたか(@urataka18)と申します。

簡単に現状の自己紹介をすると

✔︎北海道在住
✔︎3人の子持ちパパ
✔︎薬剤師歴20年


特に何1つ不自由なく生活していた普通の人です。

実は2020年7月にいろんな事があり、思い切ってフリーランスに転向しました。

フリーランス薬剤師の詳しい内容についての記事も書いていますのでよかったらみてください。

薬剤師としてもは20年以上もキャリアがあり、最後に勤めていた会社にも16年半も在籍していたので社内でもかなり上の立場で、収入もかなり安定していました。

薬剤師としての会社で働く以外に、某業界組織の仕事などもやっていたのでそれなりに頑張っていた方だと思います。

そんな安定した生活が出来ているのに何でフリーランスになるの?って思う方もいると思います。

正直自分のこんな展開になってしまうとは思いませんでした(汗)

今回はそんな「うらたか」の自己紹介もかねて初noteを書きましたので読んで頂けると嬉しいです。


この記事の内容は以下の通りです

1章:うらたかの基本的な性格
2章:幼少期から大学までざっと紹介
3章:薬剤師免許取得で違和感・・・
4章:調剤薬局の独立開業を目指して頑張る日々
5章:全くチャンスがやってこない
6章:やっときた独立案件!
7章:最悪の事件が発生!
8章:そしてフリーランスへ


1章:うらたかの基本的な性格

僕は基本的に損するタイプの人間です。

いわゆるいい人(優しい人)で終わってしまうタイプ・・・。

表面的にはよく捉えられがちですが、結構ツライですよ。

あまり人の印象に残らないので相当アピールしないと覚えてもらえない(ような気がする・・・)

自己分析の結果では

✅話が苦手
✅人見知り
✅引っ込み思案
✅恥ずかしがり屋
✅自己主張が苦手

その一方で、うちに秘めた闘志は人一倍あります🔥🔥🔥

宇宙に行ってみたいとか、薬局開業したいとか、億万長者になりたいとか(笑)

表現するのが苦手なのであまり周りの人に理解してもらえない事が多かったと思います。

でもこのままではマズイ!という事で、最近はなるべく口に出して周りに宣言するようになりました。



2章:幼少期から大学までざっと紹介


うらたかは北海道の人口2万人くらいの田舎に生まれ育ちました。

親が転勤族だったので北海道内を2回ほど転校。

小学生で1回、中学生で1回

1回目は人口10万人以上のちょっと都会のまち、2回目は人口6000人くらいのど田舎です。

世の中にはいろんな人がいるということを、中学時代で学びました。

1番の衝撃は、10万人の都市から6000人の町に転校した時です。

都会から田舎に行ったはずなのに、何故か田舎者扱いされた事

最初は全然意味がわかりませんでした。

後から気が付いたんだけど、おそらく人(人の集まり)って自分たちが中心になって物事を考えるから、そこから外れている人はみなよそ者扱い

だから、田舎者扱いされたんだなぁと気がつきました。

中学時代の多感な時期にこんな事されたので、外交的でお調子者だった私も一気に内向的で自分を出さない人に変身してしまいました(笑)

中学時代はそんな田舎で過ごし、高校入学

このままこの田舎にいてはマズイという事に気がつき高校は親元を離れて札幌の高校にいくことを選択しました。

とは行ってもこの時の動機は不純です。

ただその時にハマっていたスポーツがバレーボール

バレーボールの強いチームに行きたかっただけ。

特にバレーボール部に入っていたわけではないのに、今思えばかなりにおバカな行動。

あとはゲームが大好きだったので、ゲームプログラマーになりいと本気で思っていました。

(当時、天外魔境Ⅱがとてもおもしろかった)


その学校は進学校として変革の時期だったため、将来を見据えて進学コースでの入学。

でも!コレが間違いだった。

当時の学力は田舎では上の方でしたが、全国レベルでは平均よりちょっと上くらい。

進学コースだったので自分の偏差値で受かる可能性はほぼゼロ。

高校入試を受けるも問題のレベルが高すぎて全く歯が立ちませんでした…。

見たこともない問題がたくさん。

マークシート方式だったのが幸いして超まぐれで高校に合格しました‼️

そして高校の入学時の学校説明会

授業のカリキュラムなどのひととおり受け、1つの疑問があった。

あれ部活の説明なかったぞ?

・・・・


そうなんです、バレーボールをやりたくて親元を離れて札幌に上京したのにバレーボールが出来ないという大失態。

進学コースは部活動禁止の授業もほぼ毎日7時間授業の勉強部だったのです。

あっけなくバレーボールの夢はたたれ、勉強地獄の3年間を過ごすこととなりました。

ちなみに体育の先生は偶然にもバレー部の監督でした。

体育の授業でバレーをした時に先生から一言

「おまえ、うちのバレー部に入らないか?」

と監督に本気で声をかけられました(笑)

かなり嬉しかったです✨

もちろん進学コースなので部活をやりためには、普通コースに変更しなけれいけないので泣く泣くお断りしました・・・。


勉強の方もかなり必死でした・・・。

なんせまぐれで受かった学校ですから💦

田舎から出てきた人が都会の人たちに混じって勉強の競争をするのは本当に辛かった(入学時は下から数えて◯番目、かなりショックでした)

それでも持ち前の何クソ根性で頑張って卒業時はそれなりの上位まではあげる事が出来ました。

そして3年生の中頃には私立の薬学部の推薦をもらえるまでにはなりました。


え?プログラマーの夢もどこに行ったって?


実は当時はプログラマーになっても活躍できる人は一握りで自分じゃ無理なんじゃないか?と思い諦めてしまったんです。


・・・で、昔から親に「医療従事者(医者とか)は国家資格があるからそっちがいいいだろう」なんて言われ続けていたので流されてしまったんですよね。

この時諦めなければ良かったなぁ〜と今になっては後悔しています。


話は戻って・・・


某私立の薬学部に入学にし薬剤師として勉強の日々が始まります。


薬科大学でもいきなり落ちぶれます(笑)


大学に入るとまた一気に内容が難しくなるのね・・・。

授業を聞いてなんとかついていこうとするけど、わからない単語ばかりで理解不能。

1年生ではギリギリ追試とかせずに進級できましたが、大学2年の夏に最大の危機が訪れます。

なんと10教科くらいあるうちの7教科くらいの単位を落として追試へ

ここで落とすと留年という恐ろしい事態になってしまいました。

留年なんてしたら親にあわせる顔がない!


流石にこのときは必死で勉強しましたね(笑)

もしかしたら薬剤師国家試験の時よりも必死だったかも?


追試があるのは1月の中旬でした。


この時、自分は二十歳!!

そう、成人式の年ですよ。


実家に帰省して成人式に出たいけどそんなことをしている余裕もないくらい必死でした。

一生に一度の成人式に出ることができませんでした・・・。


とても残念だけど自分が悪いので仕方ないです。


必死に頑張ったおかげで、なんとか追試は7教科全てクリア!!

3年生に進級できましたー(あぶね〜)


3年、4年は心を改めてきちんと勉強することにしました。


この時にできた彼女の存在が大きかったかも。

男は単純だから、彼女に馬鹿にされないように必死に勉強できるんですよ(笑)


この時に勉強法としてわかったのは、
・インプットしたら誰かに教える(空想の人でもOK)
・頭がいい人の近くにいるようにする
・朝に起きて勉強する
・試験前日は早く寝る

ちょっと遅すぎかもしれないけど、大学2年で勉強しまくってようやく確立しました。

そんなこんなでその後は進学→卒業と順調に進み見事現役で薬剤師国家試験を合格しました!パチパチ👏

これで晴れて薬剤師としての道を歩むことになりました。


3章:薬剤師免許取得で違和感・・・


薬剤師になってはじめて就職したのは全国的にも有名な病院。

365日24時間受け入れをするような病院で勤務です。

ここではたくさんの経験をすることができました。

当時ではあまりやっていなかった病棟の業務や抗癌剤や輸液の混注、救急外来への対応、一人当直など新人薬剤師としてはかなりハードなことをやらされました。

でも

業務としてはとてもやりがいはあったし、大変な仕事を任されていましたがある疑問がずっと頭から離れませんでした。

薬剤師ってなんか微妙・・・。

思っていた仕事と全然違いました。

なんかこう、もっと患者さんや他の医療従事者に感謝される仕事だと思っていた。

でも実際は、

感謝されることはあんまりないし、ただ薬を持っていくだけの仕事のように思われている。

本当はそんなことはないんだけど、そう思ってしまった自分がいました。

これならもっと頑張って医者を目指せば良かったとすら思いました。

でも、薬剤師になってしまったので仕方ありません。

この道でなんとか上を目指そうと気持ちを入れ替えて頑張る決意をしました。

薬局の経営者になろう!

経営者になれば勤務薬剤師と違った景色が見えるかもしれない。

そう思い、薬局経営者を目標にして日々頑張ることにしました。



4章:薬局経営者を目指して頑張る日々


病院は2年弱勤めた後に退職し調剤薬局に転職することにしました。

もう少し病院を経験しても良かったのですが、自分の中ではある程度学んだし、ちょうど調剤薬局の方からのお誘いもあったので転職を決意しました。

店舗数も少ない小規模のグループ薬局だったため経営も学べると思ったのも理由の1つです。

調剤薬局に移ったあとは1年後くらいで運よく薬局長(管理薬剤師)に昇格。

この時の年齢はまだ24歳くらいなので若い時から管理薬剤師を経験するこができました。

社内での評価もまずまずで順調に階段を登っていました。

ところがその後は調剤薬局のM&Aの時代があり、勤めている会社も吸収合併され経営者が変更。

当然今までと経営方針が変わっていきます。

吸収合併によりどんどん大きくなっていく会社では経営を学ぶことなどできなくなってしまいます。

新い経営者の経営方針が自分には合いそうもなかったため、他の薬局へ転職を決意。


薬局の経営を学びたかったので、またも小規模(4店舗)のXX薬局へ転職

また一からやり直し始めました。

ここでも、順調に仕事をこなし管理薬剤師にもすぐになれました。

そこのXX薬局ではなんと16年半もお世話になることになりました。


それだけ居心地は良かったし、いろんな経験をさせていただきました。

この会社を辞めるのは、自分が独立するときしかないなとずっと思っていました。

とにかく患者さんのため、職場スタッフのため、会社のため、薬◯師会のために必死に働いてきました。

いつか薬局を独立できることを信じて・・・。



5章:チャンスが全くやってこない


A薬局では16年間仕事をしましたが、その間に独立するためのチャンスは1回もやってきませんでした。

とにかく誰よりも一生懸命に仕事を頑張りました。

✅職員を盛り上げるイベントの企画
✅在宅業務を始めるために0から準備
✅新規在宅患者を集めるための活動
✅OTC販売をするための体制せいび
✅健康サポート薬局になるために研修
✅調剤報酬改定のたびに算定できるような取り組み

他の職員が誰もやらないことを自分が率先してやってきました。

その甲斐もあって自分は一応このA薬局では社長・専務についでナンバー3くらいまでの地位に上りました。

でも、ナンバー2とナンバー3には大きながあったんですよね。

それは経営者(会社役員)と従業員の差です。


どんなに頑張っても経営者側の方には立たせてもらえませんでした。

つまり、せっかく小さな規模の薬局に行ったのに経営には一切触れさせてもらえなえなかったのです。

それでも、経営者目線で色々と考えられるような視点を持ってずっと仕事に取り組んできました。


いつまでもダラダラとこのままの状態ではダメなので、自分の中で期限を決めました。

40歳までに独立する、もしくはここのA薬局で役員に昇格できなかったらこの会社をやめよう!

そう決意したのが30代半ばの時です。

そこから40歳までの間は今まで以上に仕事も頑張ったし、独立するために少しでも良い情報がないか積極的に自分からもアプローチをかけたりしました。


でも、時代が悪いのか薬局を開業するために良い条件?みたいな案件は当然やってきません。


それどころか悪い条件の開業案件すら自分の耳に入ってこないのです。


一応、会社には昔から自分は将来独立したい、もしくは役員になりたいという希望は伝えてありました。


今考えるとこれがよくなかったのかもしれませんね・・・。


自分としては儲かる独立開業案件がないのは十分承知しています。

プラマイゼロ、もしくは少しマイナスくらいでも自分の頑張りで回復させることができる自信がありました。

なのでそのような案件でも良かったのです。


でもいくらチャンスを待ってもやってきません。


何故なら


社長、専務のところで全部話が止まってしまい、僕のところまで話が降りてこないからです。


XX薬局はすごく良い薬局だったけど、ここにいたら一生独立話なんて来ないと思いました。


痺れを切らした僕は、会社とは関係なく個人的に薬の卸さんやメーカーさんなどにどんどん声をかけて行きました。


でも彼らも仕事です。


僕に案件を話すまえに会社(XX薬局)の社長や専務に話さないとメーカー担当者の立場が危うくなってしまい、最悪は取引をしてもらえなくなります。

だから、僕に話を持ってくる誰も担当者はいませんでした。


6章:やっと来た、独立案件!


独立案件を待つこと数年…

薬の卸やメーカーさんは全く情報を持ってきてくれませんでしたが、その中で唯一ひとりだけ応援してくれる人がいました。

その方は卸担当のSさん

本気で僕の独立を応援してくれました。

そしてある時、Sさんから

「そろそろ引退して薬局を手放したい社長Kさんがいるのでどうだろう?うらたかさんにちょうど良い案件です!」

そこの薬局の隣の病院も院長が代替わりしたばかりでまだ若いので、頑張り次第では儲かる案件かもしれないと


ついに自分にも話がやってきたと本当に喜びました!

ここは慎重に話を進めないと、せっかくの話がパーになってしまう。


かなり神経を使って情報収集に努めました。

実はそのSさん、以前にも僕に話を持ってきてくれた人なんですが、薬局の薬剤師を引き抜く行為は彼の営業にも支障をきたしてしまいます。

前回の時は、「極秘で動くのでなく、うらたかさんの薬局の社長や専務に先に相談させて欲しい」と言われました。


当時は僕も会社には迷惑をかけるやめ方はしたくなかったので、社長や専務に相談する方がいいだろうと思っていました。

そこで専務からもらった一言。

「独立活動するなら先に会社をやめてから活動しなさい。」

「それが筋だろう!」

確かにそうかもしれないですよね。

中途半端な気持ちで会社で働いで調剤事故でも起こされたら薬局にも迷惑がかかってしまう。


過去にそんな経緯があったので、今回は会社には極秘で水面下で動くことにしました。


7章:最悪の事件発生!


会社に迷惑がかからないように、そして業界の他の人にバレないように水面下で慎重に作業を進めて行きました。


売却を考えている社長 Kさんは、僕の事を好意的に思ってくれているようで、売却もかなり前向きに考えてくれていました。


ただし、向こうも薬局を売却するなら少しでも高く売りたい

薬局経営者としてそう思うのは当然のことだと思います。


向こうも探り探りな感じで、適正な売却価格を模索していました。


…で、僕に最初に提示してきた金額にビックリ‼️


おそらく相場の3〜4倍。

しかも不採算店舗の買取も条件つき


さすがに個人でいきなり複数店舗買うための資金はないし、そんな勇気もありません。

相場も他と比べて高いし、誰かに一度相談しよう。


というわけで、以前から面識のある開業コンサルをしている方(Aさん)に極秘で相談する事に決めました。

Aさんは過去に何度か転職についての相談していたし、Facebookでも長年やり取りしていた人です。

これまでの状況を説明し、今回の案件の金額や今後の作戦などについて相談しました。

その方は快く引き受けてくださり、頑張る若い薬剤師を応援したいから個人的にでも全面協力します!


とてもありがたい言葉を頂きました!


何か進展があったその都度状況を報告

引き続き慎重に話を進めていきました。


極秘で話を進めていた矢先に事件が発生‼️

案件を最初に紹介してくれた卸担当のSさんから連絡がありました。


「うらたかさん!例の案件がバレました‼️」

「誰かに喋りました?」


え?

頭が真っ白になりました。

この件を知っているのはSさんと開業コンサルAさん、そして K社長のみ。

情報が漏れる訳がありません。



でも、すぐにピンと来ました!


そう、開業コンサルのAさんですよ。


彼は開業コンサル、タダで相談に乗ってくれる訳ありませんよね。


まんまと情報だけ抜き取られて、横取りされました。

あんなに信じてたのにショックです。


タダより高いものは無いってホントですよね😭


あっけなく、僕の夢は消え去りました。


8章:そしてフリーランスへ・・・


水面で動いていた案件が表に出てしまい、紹介してくれたSさんの立場が少し危うくなってしまいました。


薬局に勤めている薬剤師を勝手に引き抜き抜いて独立させようとしたのですから…。

バレたら当然責任を取らないと行けません。

でも僕も彼だけに責任を負わせる訳にはいかないと思いました。


どうせやめようと思っていたXX薬局です。

ここにいたら絶対に独立は出来ない。

これを機に退職する事にしました。


でも自分の頭の中は独立するモードだったので、いまさら他の調剤薬局に勤める気もありませんでした。


派遣薬剤師でもしながら、また一から独立案件を探そうと思い何となく転職サイトを眺めていました。


すると1つ際立つキーワードが飛び込んできたんですよ✨


フリーランス薬剤師募集!
あなたのキャリアを生かして自由に働いてみませんか?


こんな感じのコピーでした!


見つけた瞬間これだ‼️

そう思いました。


フリーランス薬剤師なら、個人事業主として独立の夢を果たせる‼️

そして、本当に自分がやりたかった仕事が出来るかもしれない。

そう思ったのですぐに応募しました。


僕が独立したい理由は
・誰かに使われるのが嫌だったから
・薬剤師がもっと出来ることを世の中に広めたかったから。

そんな感じです。


自分が薬剤師として頑張って患者を救うより、薬剤師の素晴らしさを世の中に発信する方が自分に向いている事に気がつきました。

それと、基本的な性格にも書いてありましたが、自分は人見知りで人と話すのが苦手💦

そんな人がずっと薬剤師として患者さんとやり取りしてきたんです。

実は服薬指導をするのがずっと苦痛でした。


働くなら自宅で自分のペースで淡々と出来る仕事がしたい。

それからも人生はまだ長い、結婚して子供もいるし家族と楽しく生きてきいたい。


普通なら安定をとってある程度の収入が約束されている薬剤師を続けると思いますが、僕は違いました。


もっと上を目指すため、自分に嘘をつかない働き方をするため、家族と楽しく暮らすため

その夢を果たすためにフリーランスになる事を決意しました。

今はフリーランス薬剤師としてベースの収入を得つつ、ブログで収入が得られるように頑張っています。


ブログである程度、収入が安定してきたら次は中学時代の夢だったプログラマー(エンジニア)にチャレンジします‼️


薬剤師業の比率を落として、ブログとエンジニアで稼げるようになったら本当のフリーランス✨


色んなところに旅をしながら仕事をしたいです。


最終的な夢は、沖縄に不動産を持つこと‼️

夏は北海道に住んで、冬は沖縄で生活をしたい。

そんな生活に憧れていまも毎日コツコツ頑張っています。


実はフリーランスになったきっかけは、独立の失敗からなのです。


思い切った決断で、薬剤師の周りの人たちからは心配されています。

でも、間違った選択をしたとは思っていません。


確かに収入は不安定だし、家族にも迷惑をかけたかもしれません。

でも絶対に成功する自信がある!(周りから見れば無謀ですが・・・)


現在40才過ぎのおじさんですが、あと20年は働かないとけません。

もっと楽しく人生を過ごしたい。

フリーランスになって良かったと思っています。

今はまだ収入が安定していないので、我慢のしどきですが家族のため、自分の夢のために頑張っていこうと思います💪


読みづらい文章だったと思いますが、最後まで読んで頂いてありがとう御座いました。

これからも頑張りますので、どうぞよろしくお願いします‼️


✅頑張りたい薬剤師
✅ブロガーさん
✅フリーランスに憧れてる人
✅楽しく人生を歩みたい人

そんな方々と繋がりたいです‼️

Twitterの方でも仲良くしていただけたら嬉しいです‼️

うらたか(@urataka18)


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