上書きするんじゃなくて,何度も手を加えて上塗りしていくんだ.

思ってもみない所へ足を運んだ.

かつての私が死に,「もう二度と来たくない……」と畏れながら立ち去った場所.「清々した……」って解決したつもりでも,心の片隅にどろっとしたヘドロが纏わりついていた場所.いつまで経っても似た格好をした女性を見るたびに怖気づいてしまうのは,きっとこれからも残り続けるのだろうか.最近よく目に付くあの姿は,本当に重くのしかかってくる.夢に出てこないだけマシだろう.それだけ自分にかけた罪の意識か,もはや"呪い"と言っても過言ではないだろうモノが深く,黒く,重くただただ心を絞殺していく.


久々に駅に降り立った.
欠落した記憶と感情は思った以上空っぽで「ここに住んでたんだ」という懐かしさはどこにもなかった.見慣れた景色は,土地の開発で変わっていた.
相変わらずの建物.天気はどこか蒼くて.家の前に立っても「ここに住んでたんだ」という気持ちはなかった.

「上書き、しよっか」

そう言ってくれた言葉は背中をそっと押してくれた.
一つ一つの風景にかつての色を思い出す.
かつての過ちを振り返る.
かつての死を思い出し,弔う.

あの時誰もいなかった,風と雲と月がワルツを踊っていた河川敷は休暇を愉しむ人で満ちていた.「まるで違うところに来たようだ」と,工事が進む河川を見て思った.時間が経てば経つほど,物事はどこかへ進んでいく.

「あと一歩踏み出していたら冷たい水の中にいた」そんなことを口にして,同じ場所に立った.波打つ水の音が心地よく,水鳥は自由に羽ばたいていた.遠くを走る車は機械的で,空を飛ぶ飛行機は遠かった.
そんな景色たちを見て,歩いて,息をして,煙草を燻らし,今日も生きている.

無かったことになんてできない.
起きた事実から目を背けてはいけない.
向き合って,上から色を塗って,そっと見えるように置いておく.

何もかも間違いじゃない.やってきたことだけが事実.後悔も糧に,これからも前を向いていく.
『上書き』って言葉は「昔のことを無かったように」しそうだから,言い換えてみる.油絵のように,アクリル画のように,すこし分厚くなるけれど,『上塗り』をすればいい.そうしてできた自画像は,どこか歪なんだろうけど,誇らしい姿になれると信じている.


***あとがき***
いい歳をしてるけど『まだまだ子どもだ』って思ってしまう.
こうしてみんな『大人』になっていくのだろうか.
僕はきっと成長が遅い.まだまだ未熟だ.
足りないものを必死で探すことは辞めた.
ただただ今の幸せを噛み締め,いつか消える事実と向き合い,それでも何かを遺そうともがいてみる.

まだまだ,もがきたいお年頃だ.

ここから先は

0字

¥ 200

いただいたサポートは活動費(酒代)に充てさせていただきます。いつもありがとうございます。思う存分酔います。