怒りの鎮め方
「怒りを収める」思考法の本を大きな二件の本屋で大量購入した。全て一気に読んだ。
一向に気持ちは治らない。20冊以上、読んでも怒りはマグマの様にフツフツと湧きあがってくる。
事実を知って一月経ったが、あのクソ野郎を始末することにした。
何で本なんてチンタラ読んでたんだろう。持って生まれた喧嘩魂がムクムクと起きあがる。
「iPhoneを探す」で検索して、クソ野郎の現在地を確認する。
全身黒のヨガの服に着替えて、黒いジャージの上着を羽織る。長い髪を丸めてゴムで止め、黒いキャップを被る。
〆に紐なしハイカットのピッタリしたスニーカーを履き外に出る。
気持ちとしては走って行きたいがこの後の目的のために体力を温存したいので、自宅前のパス停留所に行った。
早稲田に行くバスに乗り、終点で降りる。このひと月であいつの行く場所は調べて行ってみた。本だけ読んでいた訳ではないのだ。
目的のマンションまでゆっくり歩く。
到着したら大きく深呼吸と伸びをした。アキレス腱も伸ばす。タンタンタンと三回跳んで息を吐いて落ち着く。
それからマンションビルの玄関の扉を開け、中に入り、8階を押してエレベーターで上がって行き、804号室まで歩いて、ピンポンを押す。
「どなたですかあ?」
中の女が高くて間延びしたかわいい声で話す。
「お届け物です」
「Amazonかな?」
女が言って、ドアを開けた。私はドアのノブを持ち、力いっぱい開いた。
目をまん丸にした女がドアに引きづられて前につんのめった。うずくまった女の背中を両手で抑えて、跳び箱のように女を飛び越える。
女が騒ぐ前に靴のまま超スピードで家の中に駆け込む。シャワーの音がするので風呂に直行しドアを開けた。
裸の男がシャンプーだらけでこっちを見る。
男が動くより前に私は男の裸の腹に思いっきり蹴りを入れる。
「うわぁぁぁ」
叫んで倒れ込んだ男を、私もシャワーに濡れてビショビショになりながら、馬乗りになり拳骨で何発も顔を殴る。
「何なんですか!警察呼びますよ!」
裸の肌が透けたキャミソール姿で女が叫ぶ。
「この男の妻です」
私はポケットからiPhoneを出して女と夫を写真で何枚も撮った。ふたりは声も出せずにただただ驚いていた。
「今の私はこの男に対する怒りだけなんで」
不倫カップルをあとにスタスタと外に出た。
空を見上げたら、星が綺麗な夜だった。シャワーと石鹸の泡で濡れて、気持ちが悪かったがとりあえず怒りは治った。
軽くスキップして、そのあと使い切らなかった体力を使い切る為に家まで走ることにした。
愚か者の処遇はいつれ考えることにして、今夜は良くやった私のために、途中のコンビニでスパークリングワインを買って帰りましょう。
《了》