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「鵺の夜」(#2000字のホラー)

 マンションの一室で男女が言い争っている。
「ねぇ!昨夜何処に泊まったの?」
「うっさいなぁ。友達の家で飲んでそのままだよ」
「友達って女の子でしょ?普通彼女が居るのに他の女の子の家に行く?」
 女が一方的に責め立て、男はうんざりした表情で聞いている。
「あのさ。おトモダチからでもって、言ってきたのはそっちだよね。いつの間に彼女ってことになってんの?」
「それは・・・」
「俺が嫌なら出て行くけど」
「待って!ごめんなさい、言いすぎた・・・でも私、健斗が好きなの。お願い分かって」
「分かってるよ」
 男は勝ち誇った表情で微笑む。
「じゃ、この話はお終い。俺シャワー浴びるわ」
 男は脱いだ服を床に落としながら浴室へ向かう。女は服を拾い集め、深いため息をついた。

「ねぇつぐみ。悪いけどそれ、男に利用されてない?」
「利用って・・一応付き合ってるよ。一緒に住んでるんだし」
 女性二人がカフェで話している。つぐみと呼ばれた方はケーキをつつきながら、自信が無さそうに反論する。友人は更に畳み掛ける。
「つぐみって親御さんに貰ったいいマンションに住んでるじゃない。生活費も家事も全部つぐみで、向こうは何をしてくれるの?」
「仕方ないよ、役者の卵だもん。誰かが支えてあげないと。たくさんのファンの中から私を選んでくれただけでも、嬉しいの」
 つぐみと呼ばれた女性は友人をちらりと見た。
「真奈は綺麗だからいいけど・・私なんかにあんなかっこいい彼氏が出来るなんて、二度と無いと思う。だから大事にしたいの」
 真奈と呼ばれた友人は付ける薬も無いといった顔で相手を見る。ひとつにまとめた黒髪にナチュラルメイク。正直地味な印象だ。
「つぐみは真面目だから心配なのよ。ほどほどにね」
 だが、友人の忠告は届かなかった。

 男は舞台のチケット代やボイストレーニング代等、様々な理由をつけて金を引き出すようになった。
 勉強の為だと映画のチケットを買わせておいて、他の誰かと見に行く。
 オーディション用に買わせたブランドの服に、口紅を付けて帰って来る。
 つぐみは全てに耐え要望に応えた。金銭も労力も貢ぎ続けた。
 男はそんな彼女を侮り、他に女を何人も作った。

 二人の生活に転機が訪れた。男が映画監督の目に留まり、端役に起用されたのをきっかけに俳優としてのし上がっていった。
「出て行くの?」
「折角売れてきたからさ。同棲がバレたらまずいっしょ」
「これからも会えるのよね・・?」
「ああ。忙しくなるけど、連絡はするから」
 男はつぐみと完全に縁を切ったりはしなかった。
 彼女を都合良く使い続けた。

「健斗君、有名になっちゃったねー。あ、時代劇の役名に改名して今はヨリマサだっけ」
 つぐみのマンションに友人の真奈が遊びに来た。荒れた部屋を心配そうに見渡す。男が出ていってから、つぐみの生活は投げやりになっていた。
「あのさ。今日こそハッキリ言うね。いい加減健斗・・ヨリマサ君と別れなよ」
「え・・・?」
「あいつと付き合ってからのつぐみ、全然幸せそうに見えない。あいつ、少しでもつぐみのこと好きとか愛してるとか言った?大事にされてる実感あった?」
「でも・・お前はいい奴だって。俺が知ってる女の中で性格が一番いいって」
「この記事見てよ」
 真奈がコンビニで買った雑誌を出す。
「売れてからの女遊びがえげつないって。こんな事言う男そのうち干されるに決まってる」
と、あるページを開いた。つぐみがそれを食い入るように見る。
「ね?こんな男もうやめな。吹っ切って他に新しい人を」
「有難う真奈。やっぱり友達ね」
 つぐみの目に光が宿った。
「私、自分がどうしたらいいか分かった。本当に有難う」

 数ヶ月後。
《私の誕生日、どうしても会って欲しい》
 つぐみからのメッセージにヨリマサは珍しく応じた。
(そろそろ機嫌取っとかないとな)
 財布や雑用係として便利な女だ。もう少し繋いでおきたい。そんな考えでヨリマサはつぐみのマンションへ向かった。
 部屋へ入ると照明が消されている。テーブルの上にキャンドルの灯ったケーキが置いてある。
「つぐみ?」
「待って。照明を点けないで」
 暗闇から声。
「今日は新しい私の誕生日よ。私、生まれ変わったの」
「え?」
「雑誌で読んだのよ。あなたの、理想の女性の条件を」
「条件って・・」
「だからその通りにしたの」
 ピッと音がして、照明が次第にトーンアップする。徐々に現れた姿にヨリマサは息を呑んだ。
「どう?女優Iの唇、女子アナKの瞳。胸はグラビアの・・足は・・・」
 現れたのは様々なパーツを寄せ集めたキメラ。ひとつひとつが美しくとも、素材の異なるジグソーのようにアンバランスな裸身。
「性格は私が一番だって言ってくれてたでしょ。私、完璧な彼女になれたわ」
 縫い目の走る指がヨリマサの頬に触れる。理想の腕が絡む。腫れが残る理想の唇が迫り、優しく押し付けられた。

                       

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