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コトバアソビ集「潜航花火」

(*マガジン「コトバアソビ集」収録)

 薄暗い病室のベッドに横たわる老女。
 枕元に白衣の医師。
「始めます。いいですか、一瞬ですよ」
 老女は見開いていた目を静かに閉じる。
 医師は老女の額の上で、真っ白な線香花火に火を点けた。

 チ・・チチ・・・・しゅあっ

 小さな火花が散る。勢いを増す。幾つもの火が、閃光が、赤い飛沫が、老女の頭上に花開く。

 老女の口元にうっすらと笑みが浮かぶ。夢見心地だった意識は深層へ、深層へ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・心の・・・・・・奥へ・・・・・・
沈む 深く 潜る 意識 奥へ 奥へ 底へ 意識の 魂の 底の 底へ・・・・・・・・・・・・・

 火花はやがて静かに、静かに、胎児のように、丸く。そして・・・

 ポトリ。

 老女の額に落ち、水滴のように中へ沈んだ。

 医師は暫く老女の顔を見ていた。穏やかなその顔。
 老いを経て安らぎを得た顔。

 医師は老女の脈を測る。瞼を捲りライトを当てる。腕時計を見て、時刻をカルテへ書き込む。

「先生、お疲れ様でした」
「うん」

 部屋を出た医師にナースが声を掛ける。
「如何でした?」
「うまく行ったようだ」
「よかった。無事、一番幸せな思い出を夢見ながら旅立たれたんですね」
「ああ。あれを使えばどんな認知症患者でも記憶の奥底に潜ることが出来る」
「時々思いますよ。生きているうちに使えればいいのにって」
 医師は不思議そうにナースを見た。

「最後まで生きてみなきゃ・・分からんだろう。自分の生涯で、何が一番幸せな思い出だったか、なんて」



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