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「鵺」の二次創作 その2

*能の「鬼物」のジャンル「鵺」の二次創作 その2

「鵺の泣く夜」

「コンタクトが一切取れない上、有害物質も放出している。残念だが殺害するしかない」
「博士、他に方法は無いんですか。冷凍保存とか」
「科学の進歩の可能性と人類滅亡の可能性。天秤にかけるまでも無いだろう。仕方ない。切断、焼却・・いや、王水で溶解処分としよう」
 
 地球の各都市の上に突如現れた複数の未確認飛行物体。そのうちの一基は日本の首都上空、しかもよりにもよって日本で最もやんごとなき御方の御住まいの真上に出現した。勿論その御方は安全な場所に避難され、御住まいの周囲には規制線が張られた。
 全世界の学者が連携を取り、飛行物体の中の生命体とコンタクトを試みた。そして何故か日本のみが接触に成功したのである。
 規制線の外に設置された仮設テントの中に黒い靄のようなものが出現し、靄の中に蠢く生命体が確認された。テントには観察の為に各方面の学者が集められている。飛行物体の襲来が一週間前、生命体の出現が三日前の出来事である。
「何か、意思疎通が出来ればいいんですがねぇ」
「しかし悪意が無いのは確かだ。現にああして」と博士が生命体を見る。
「テントの中に大人しく座って・・座って?るのか分からないが、存在し続けている。何か言いたげにも見えるんだが」
 生命体は常に靄を纏っており、実体がはっきりしない。声らしき音を発する訳でも謎の記号を示す訳でもない。実体が分からないから表情も見えない。
「なんでこの一体だけ降りて来たんでしょうね」
「分からん。僕は今晩テントに泊まるが、君はどうする」
 言語学の博士と助手の会話である。助手は泊まり込みが続いたので今日は帰るといい、その晩は博士だけが残った。三日間の観察で危険性は低いと判断されており、周囲には常に自衛隊が居る。何かあればすぐに駆けつけてくれる。

「しっかしコイツ、何も食べないで平気なんかな?」
 謎の生命体をコイツ呼ばわり。博士はあまり恐怖心を抱いてないようだ。
「何で日本のだけ一体降りて来たんだか・・だからネットで変な噂流れるんだよな。日本国民の先祖はエイリアン説とか」
 カップ麺をすすりながら、しげしげと生命体を見る。
「何か段々親近感湧いてきたわ。ラーメン食う?」
 カップ麺と箸を持ちながら生命体に近づく。黒い靄が揺らめく。
「なんてな。豚骨ラーメンとか食わないよな」
 背中を向けた途端、博士はラーメンと共に黒い靄に包まれた。悲鳴を上げる暇も無かった。

(う・・ううっ・・・)
 どれ位気絶していたのか。博士は起きあがろうとしたが、立てない。
(頭が痛い。声も出ない。目も霞む・・・)
 霞む目で周囲を見渡す。今何時だ?とパソコンの画面を見た。午後の・・
(え?日付が三日前?)
 三日後ならともかく何故遡る。生命体の影響か?時空を越えられるのか?この新事実を知らせなければ。
「おっ?」
 ぼやける聴覚に人の声が。よかった、誰かやって来た。
「こ、これは一体」
 何処かで聞いた声だ。
「博士、何か。えっ?何ですかコレ」
「自衛隊を呼んでくれ。あとカメラ!記録するんだ!」
 何処かで聞いた会話だが・・いや、ちょっと待て。何かおかしい。博士は恐ろしいことに気づいた。自分の姿が黒い靄に覆われた謎の生命体に変異している。博士はあらゆる通信手段を試み、正体を周囲に伝えようとしたが出来ない。歯痒いことにそれは自分がよく分かっていた。どんな方法を試しても謎の生命体との意思疎通は出来なかった。言語学では日本有数の権威である実力を持ってしても。心理学、超常現象の専門家でも。仕方無く何らかの策が講じられるまで待つことにした。ぼんやりした頭のまま・・・何だ。何か大事なことを忘れているな・・・

 三日後。三日後の俺が一人で泊まり込み、夜食に豚骨ラーメンを食べる。大好物を目の前についふらふらと俺に近づく。その際、自分を制御出来なくなりラーメンごと自分自身を飲み込み・・誰が予想出来るってんだ。謎の生命体が豚骨ラーメンを吸収したら吐く息が毒ガスになって有害なエイリアンと断定されてしまうだなんて。しかも俺自身に。

「科学の進歩の可能性と人類滅亡の可能性。天秤にかけるまでも無いだろう。仕方ない。切断、焼却・・いや、王水で溶解処分としよう」

 頑張れ俺。実力を発揮しろ。言語学の権威だろうが、コミュニケーションを取ろうぜ、おい!俺は叫んで喚いて泣いた。誰にも通じない。頼む、伝えたいのはたった四文字なんだ。ああ意識が薄れていく。

(・・タ・・ス・・ケ・・テ・・)

                             (了)

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