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くすぶっているこそが「灯」かもしれない

一昨日のサンデーカンパニーですごく頭に残った言葉があって、それが「くすぶっている」というもの。
「くすぶる=燻る」を辞書(参照:goo辞書)で調べてみると、

・物がよく燃えないで、煙ばかりを出す。
・争い事などが表に現れずに、また、完全に解決しないままで続いている。「不満が―・る」
・地位や状態などが、その段階にとどまったまま低迷している。「下積みで―・っている」

これで言うとあとの2つが近いかなと思うのですが、この「くすぶっている」って完全に僕も当てはまるなと思ったんですよね。

やりたいことは過去に比べれば少しずつ出来てきている気もする。けど、まだまだやりたいことには全然届いていない。だけど諦めているわけではない。きっとやりたいこととやれていることの差なんだと思うんですけど、この「くすぶっている」って他人に言われたらちょっと「おい!」ってなりそうですよね。

「町田くん、くすぶってるよね〜」。嫌ですね。

だけど、自分では把握している。このギャップは何だろうかな?と思ったんですね。

で、これって多くの人が少なからず抱えてるもので、それはひょっとしたら悪い状態ではないのでは?というのが、メンバーから出た言葉で、なるほどと。

このくすぶりって現実とのギャップと考えると、きっとそこにはエネルギーがある。ただちょっと燃えが悪いだけかもしれない。

さて、なんでこんな話をしたかというと、この「くすぶっている」を呼び起こしたテーマが「副業、複業、兼業」だったのです。

これからきっと「副業、複業、兼業」というのが当たり前になってくるかもしれない。その時に生活を豊かにするためにお金を稼ぐっていう「副」の部分もあるんだけど、このギャップを生めるような「副」を考えないといけないのかなと考えさせられたんです。

例えば
・自分はこんなことがやりたいけど、会社ではその1部しか出来ない。
・生活の〇〇に困っていて、それを変えるようなことがしたい。
・昔から好きだった〇〇で誰かの役に立ちたい

それを別のメンバーはライスワークとライフワークって話をしてくれたんだけど、そういう自分を豊かにするための「副」であるとバランスが取れるんじゃないかなと思ったし、そんな場所が自分の住むまちにあったら、結果的に今までよりも自分のまちが好きになるかもしれない。

そしてそんな今はまだ燃えていない「くすぶり」こそがまちの「灯」になるかもしれない。そんなことを思ったので、ご報告いたします。

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