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ミトコンドリアDNAを知って、私の中の人類愛が爆発した話

25歳の誕生日を過ぎた頃から、やれ結婚しろだの、やれ子どもを産めだの、産めや増やせや、人生の重要な決断をいとも簡単に指示してくる人が激増した。

その筆頭が私の天真爛漫な母。母は26歳の時に私を産んだので、25歳にもなるのに、彼氏すらいるのかどうか疑わしい私のことが気になって仕方がないらしい。さらに気が滅入ることには、私は一人っ子なのだ。母の孫が欲しい願望を一人で叶えてあげなければいけない。「行きずりの人との子でもいいから、孫の顔が見たいな〜。ママめちゃくちゃ面倒見るよ!」と呑気な口調で言われた時にはさすがに笑ってしまった。それは私が嫌だ。

というよりも、心の底から放っておいてほしかった。まだ稼ぎ始めたばかりで、自分一人の面倒を見ることさえままならないのに、子どもなんて育てられるわけがない。まだバリバリ仕事をしたいし、たくさん旅行もしたいし、勉強しなければいけないことも山積みだ。本当は子どもの前に犬が欲しいけど、それすらも経済や時間的な理由でずっと先延ばしにしているのだから、色々と察してほしい。

出産も怖い。母は私を産む時、知らぬ間にハサミで股をちょんぎられていたらしいが、その痛みにすら気付かぬほど壮絶な出産だったという。その話を聞いた時は、己の頭蓋骨を呪い、母にその節はごめんと言っておいた。そして自分もいつか…と想像しすっかりビビり倒してしまった。帝王切開でも無痛分娩でも苦労話をたくさん聞く。本当に全てのお母さんを尊敬する。

ごたくを並べたが、こんなのは全て食わず嫌いならぬ、経験せず嫌いだとは心の片隅で分かっていた。でも、私は事実、子を産み育てることを過度に恐れる大人になっていた。アラサーという年齢も手伝って、周りはいとも簡単に結婚し、ポンポポンと玉のような可愛い子どもを産んでいた。でも正直あまり羨ましいとも思わなかったし、人生のどこかのタイミングで自分が子どもを産む未来を想像できなかった。犬と楽しく暮らせればそれで良いとさえ思っていた。

だが、このコロナ禍の中で私に転機が訪れた。暇を持て余し、積読消化のために手に取った、更科功氏の『絶滅の人類史』との出会いである。この本は、私たちホモ・サピエンスと呼ばれる人類が、いかにして類人猿のご先祖様から進化し、二足歩行を始め、脳を発達させ、地球を食い尽くす勢いの今日まで繁栄できたのか、という謎に迫る学術書だ。

アカデミックな内容なのに300ページほどの読みやすいボリューム。サピエンス史入門編としてオススメの本だ。大ベストセラー『サピエンス全史』に手を出したいけど長大すぎて躊躇している方はぜひこちらから。

その『絶滅の人類史』の中に興味深い記述を見つけた。人類は皆、同じミトコンドリアDNAを分け合っている、というのだ。ミトコンドリアDNAとだけ聞いてもちんぷんかんぷんかもしれない。でもこの話、未来への希望がむくむくと膨らんでいく話なのだ。

まず、ミトコンドリアって、なんだっけ?遠い昔の記憶が心許ないのでもう一度調べてみた。簡単に言うと、ミトコンドリアとは、人間の細胞の中にあるエネルギーを作り出す物質だ。理科か生物の授業でこんな絵を見たのを覚えていないだろうか?

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画像引用:
日本科学未来館 科学コミュニケーターブログ
「もう君なしでは生きられない!ミトコンドリアと細胞の不思議な関係」

茎ワカメを抱える楕円形がミトコンドリア、と覚えた受験期の記憶が蘇ってくる。実はこのミトコンドリア、エネルギーを作り出す役割以外にもう一つ、隠れた機能がある。それが人間の遺伝子情報=DNAの保存だ。

通常、DNAが格納されているのは細胞の中にある核だ。ミトコンドリアのすぐ近くにある。でも実は、核に比べると非常に少量だが、ミトコンドリアにもDNAが格納されているのだ。そのDNAは核DNAとは性質が違う。

核DNAが親から子へ遺伝する時、両親のDNAが半分ずつ子に遺伝する。だから私の核DNAには、私の両親のDNAが半分ずつ含まれている。一方、ミトコンドリアDNAは母系遺伝しかしない。子は、母親の卵に残されたミトコンドリアDNAだけを受け継ぐのだ。つまり、私の細胞にあるミトコンドリアDNAは、母のミトコンドリアDNAだけ、ということになる。さぞかし天真爛漫なミトコンドリアDNAなのだろう。悲しいことに、父親のミトコンドリアDNAは子に遺伝しない。父ちゃんすまん。

従って、母のミトコンドリアDNAは母の母、すなわち私の祖母のミトコンドリアDNAで、私の祖母のミトコンドリアDNAはそのさらに母のミトコンドリアDNAで…。という具合に、単一のミトコンドリアDNAが母から子へと受け継がれていく。そして、今を生きている人類のミトコンドリアDNAは、全て同じ人物から派生したものだという。

「人類の祖先をさかのぼると、アフリカにいた一人の女性にたどり着く」

この話、一度は耳にしたことがないだろうか。私は高校の地学の授業で聞いて、ずっと引っかかっていた。祖先をたどって行ったのに、なんで女の人だけに行き着くんだろう。男女のつがいでなければ子どもは生まれないはずなのに。この説を元にすると、アフリカにいた我らが母は処女懐胎をした、としか考えられなくなってしまう。

だが実は、この説は現生人類のミトコンドリアDNAを遡っていった結果、の話であったのだ。そうなると全て合点がいく。母系遺伝しかしないミトコンドリアDNAを辿っていったら、大元の女性に辿りつく。だからその大元の女性がミトコンドリア・イブと呼ばれている。彼女は12〜20万年前にアフリカにいたらしい。

そして、このミトコンドリア・イブは人類の起源と同一視されがちだが、実はそうではない。ミトコンドリアDNAではなく、核DNAを辿れば、ミトコンドリア・イブと同年代に生きた古代人にも行き当たる。その時代にはミトコンドリアDNAの型は何種類もあったかもしれない。だが、女の子を産んだ人しかミトコンドリアDNAを伝えない。子孫の誰かが、男の子だけ産んだり、子どもを産まなかったりすると、ミトコンドリアDNAの型はそこで途切れてしまう。

だからミトコンドリア・イブは、偶然が重なって女系子孫が繁栄し、ミトコンドリアDNAの型を現代にまで残せた人である。宝くじの何兆倍もの確率の奇跡を享受した人だ。そういった背景から、彼女のことを「ラッキー・マザー」と呼ぶ風潮もある。

そして更科氏の言い方を借りると「ミトコンドリアDNAは10万年の間に、1000個の塩基体のうち3個が突然変異を起こす」らしい。要するに、すごーーーーーーーーーくたまに、ミトコンドリアDNAにもバリエーションが生まれる、ということだ

現生人類のミトコンドリアDNAは、ミトコンドリア・イブが残した型の1種類だけだ。でももし、私がたまたま女の子を産み、その際にミトコンドリアDNAに突然変異が起きていたとする。その後も女系子孫が繁栄し、何十万年も経って、私を系統とするミトコンドリアDNA以外が断たれてしまった時、私が何十万年後の時代のミトコンドリア・イブと呼ばれるかもしれないのだ。

私はこの一連のミトコンドリアDNAの話にすっかり魅了された。現生人類は全員、一人の女性が持っていたミトコンドリアDNAを分け合っている、ということになるから「人類皆きょうだい」とは、文字通りの事実であったのだ。

そして棚ぼたラッキーなことには、私は次世代ミトコンドリア・イブ選手権に出場する権利があるらしい。ミトコンドリア・イブになるのは、宝くじにあたる何兆倍、下手したらもっとすごい確率なので、実際に優勝する可能性は極めて低いだろう。だが、ゼロとは言い切れない。

何十万年後の人類に「現生人類のミトコンドリア・イブは日本にいた」と言われているところを想像するとニヤニヤが止まらない。願わくば私がミトコンドリア・イブになっていたら光栄だけど、別に他の誰がなっていてもいい。歴代の死んだ人類全員が集まれるバーチャル空間のような場所で「あそこにいるあの子が、ミトコンドリア・イブになることが確定しました!万歳!!」と盛り上がるのも、なかなか楽しみだ。

今まで私は、ずっと先の人類のことなんてどうでもいいと思っていた。だから子どもを産むことにも消極的だった。でも今になって思うと、未知の領域が多すぎて、自分との繋がりを感じられなくて、楽しく想像できなかっただけだったのだ。

だけどこの本を読んでから、胸が踊っている。私の中には、古代のミトコンドリア・イブの遺伝子が確実に受け継がれている。その遺伝子を世界中のすべての人と分け合っている

そしてこれから先か、もしかするともうすでに、世界のどこかに次世代ミトコンドリア・イブがいるかもしれない。答えは何十万年先にならないと分からない。その頃には人類はもう絶滅しているかもしれないし、違う形態に進化しているかもしれない。とにかくそんなマクロなスケールの話、ここまで真に迫って受け入れたことがなかった。

子どもを産むのも悪くないかもな、初めて心の底からそう思えた。どこかにミトコンドリア・イブになりたい、という不純な動機があるけれど。あと、まだ子どもが生まれる気配すらないけど。

周囲からの子どもを産めプレッシャーに疲れた人、出産&育児に恐怖心がある人、そんな人の心が少しでも軽くなりますようにと願ってこの話を書いた。子どもを産まない選択をした人、男性や男の子を産んだ人を貶めたり、責めたりする意図は全くないのであしからずご了承いただきたい。

だって人類マジで皆きょうだいなんだから。

私は今、人類全員を愛してるぜ!




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