引きこもり日誌・14日目

2020年4月21日(火)

 夜、眠れないときに、Googleマップをひらいて適当に指を動かしながら、良さそうな料理屋や喫茶店を探すというのを習慣としている。そこに最近、図書館のOPACに適当なワードを突っ込んで、面白そうな文献を渉猟するという楽しみが加わった。ピン留めしておいて(そのような保存機能が早稲田のOPACにはある)後日、図書館で思い出したときに手にとってみる、というのでは忘れてしまうし——ぼくはすぐに忘れる——いまは図書館が開いていないから、なるだけオンライン資料をみることにしている。そこでオンライン資料は日本語より英語のほうが充実しているので、ひたすら英語文献を読み続けることになる。
 昨晩は(正確には今日の朝だったけれども)ローマ法のエッセンシャルをみつけて、そのイントロダクションを読んでいた。現代スコットランド法においては(古代)ローマ法の影響が大きく残っていて、日本でいう司法試験のためにもローマ法の勉強がいる——そんなことが(多分)書かれていておおっと思う。
 今日の日中は、大学のキャンパス空間について書かれた建築学系の書物をいくつか読む。そのなかでも、Haar, Sharon. City as Campus : Urbanism and Higher Education in Chicago, (University of Minnesota Press, 2010) は、タイトルからぼくの関心に大きく重なってきそうだ。また、John Beldon Scott and Rodney P. Lehnertz ; with the Assistance of Caroline Casey, The University of Iowa Guide to Campus Architecture, (the University of Iowa Press, 2006)も興味深い。“The University of Iowa has a rich, proud tradition of excellence in education [...]. Yet none of this tradition would be possible without a distinguished physical campus.”というイントロダクションの記述。そうまさしく「none of this tradition would be possible without a distinguished physical campus」。物理空間にあるキャンパス、あるいは「キャンパスの身体性」を欠いて、大学はどこまで「知」をゆたかに開いてゆくことができるか。その可能性をできるかぎり追求するのは当然として、しかし失ってしまうものにも目を向けなければならない。
 夜は、Philip Daileader and Philip Whalen, French Historians 1900-2000 : New Historical Writing in Twentieth-Century France, Wiley-Blackwell, 2010 を読む。19世紀的なアマチュアの歴史学(者)から20世紀の専門化された歴史学(者)への移行。それは大学の歴史とも大きく関わってくるだろう。そういえば「アナール学派」が一体どのようなものなのか、高校時代にふと疑問に感じて、いくつか分厚い書物をめくってみた記憶がある。しかしどうにも釈然としなかった。その後、西洋史やフランス現代思想などを何気なく勉強しているうちになんとなく理解しているつもりにはなったのだけど、では具体的にどのような人名がいて、どのような研究がなされてきたか、詳らかにせよと言われると戸惑ってしまうところもある。きちんと頭にいれるためには概説書に立ち戻ること。そういえば過去の日誌にも書いたのだが、入門書や概説書の価値に気がつくのは、すこし勉強が進んだときなのだ。

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早稲田でひとり教養学部をやっています。早稲田大学生協『教養講座Resonance』を運営している一人でもあります。たいていTwitterにいます。

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