見出し画像

開かずの扉(1)

ボランティア活動を始めたのは、純粋に自分のためだった。

自分のためにこそ、ボランティアをしよう、できることをしよう、と思い立ったきっかけは、あるアーティストの遺言を耳にしたときだった。

私はそのアーティストの日本国内で最後の公演をたまたま観ていてとても感動して、次の公演も楽しみにしていたのだが、その機会は2度と巡ってこなかった。

1年ほど経って、彼は亡くなってしまった。
まだエイズが不治の病だった時代で、彼は1980年代のニューヨークでたくさんの仲間をエイズで亡くしていた。

そんな仲間たちから、彼は「バトンを渡された気がした」といった。

だから彼は、自分がHIV陽性者であることを公表して、それをテーマに、最後のツアーに臨んだという。

遺言を聞いたのは彼の死から10年後のことで、そのとき私は、彼の公演を観た私自身も「バトンを渡された」のかもしれない、と思った。
渡されたバトンに気づかないまま何もしていない自分の人生の、どこか欠けていたピースが、音もなく、ぴたっと嵌ったような気がした。
とにかく何かやらなくちゃ、と思った。

それから私は目につく限り、関心を惹かれるままに、さまざまなセミナーやワークショップや集会に参加し始め、ほどなく、あるNGOのボランティアチームに加入して、定期的な活動を始めた。

当時、私は毎日深夜まで拘束され、徹夜も休日出勤も当たり前というかなりブラックな職場で働いていて、体力も精神力も常にフル回転という状態だった。有り体にいって、無茶苦茶忙しかった。いつも疲れ果てていて寝不足なのに、アタマと身体はバリバリにキレッキレという異常な緊張感の中で働いていた。

だから客観的に見れば、とてもじゃないけどボランティアに割く時間も余裕もないはずなのに、どうにでもして絞り出したわずかな時間でもボランティア活動に充てることで、なぜかどこからかアドレナリンが大量に分泌されて不思議とやたらにモチベーションが上がる、という超自然的な現象を、身を以て体験していた。
ボランティアって最高だ、と思った。

ボランティアって最高です。
それはホントです。
やったことない人はぜひ一度やってみてください。
Yahoo!ボランティアとか地域の社会福祉協議会で、条件に合う活動がきっと見つけられます。
レッツトライ。

ボランティア活動をするにあたって、そのNGOがとりくんでいる問題をよく知りたくて、だいたい200冊以上の本を読んだ。他団体の勉強会や、専門家の連続講座にも通った。
気がついたら私は、所属しているNGOが外部で実施するセミナーのプレゼン資料をつくり、大口寄付者に提出する報告書や、管轄官庁に届ける意見書を執筆するようになっていた。

そんなときに起こったのが、東日本大震災だった。

震災のとき、私はそれまでの仕事を辞めて、本格的に社会貢献分野で働こうとしていた過渡期にあった。
フリーランスだから時間に余裕があったけど、災害緊急援助の経験はない。どうしよう、と悩んで、震災直後から何度もあちこちの災害緊急援助団体の説明会や報告会に参加しまくり、「やっぱり行こう」と決断して東北に向かった。
4月下旬のことだった。

このときは、被災地で自分がセクハラにあうかもしれないなんて、露ほども想像していなかった。
いまにして思えば、我ながら呑気というか鈍いというか、バカだなぁとしかいえない。

ホントに、馬鹿だったと思う。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?