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第3回 膵臓がんの治療 ー現在の治療選択肢、そして限界と希望ー

【5回シリーズ】 Face-off against Pancreatic Cancer -膵臓がんと向き合う-

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第1回 膵臓がんを知る 膵臓がんの基礎知識
第2回 膵臓がんの診断 何故見つかりにくいのか?期待される診断法は?
第3回 膵臓がんの治療 現在の治療選択肢、そして限界と希望
第4回 膵臓がんの予防 どのように防ぐか、何が大切なのか
第5回 あまり知られていない、喫煙が膵臓がんのリスクであること

ここからは膵臓がんに対する治療の話をしていきます。

基本的には、早期発見できた症例は外科的治療、そうでない方には化学療法や放射線治療を行うというのが基本的な方針であり、場合によってはこれらを組み合わせて治療プランを組んでいきます(集学的治療と言います)。

がんの進行状況や患者さんの年齢、全身状態によっては積極的治療ではなく、がんに伴う苦痛を和らげる目的で緩和医療を選択するケースもあります。

膵臓がんに対する治療の選択肢もここのところやっと増えてきました(正直、私が医者駆け出しの頃は幾つもありませんでした)。

外科的治療、内科的治療、そして今後期待される最新の膵臓がん治療についてご説明します。

1. 外科的治療

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従来の膵臓がんに対する手術方式は、がんの発生部位によって異なります。

膵頭部付近の場合は膵頭十二指腸切除術、体尾部の場合は膵体尾部切除術になります。いずれもお腹に大きな創を残しますし術後の痛みも強く、術後の回復にも時間がかかっていました。

そんな中、創の小さい内視鏡外科手術として、2016年に腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術(条件付き)、腹腔鏡下膵体尾部切除術が、2020年にはロボット(ダヴィンチ)支援下膵頭部十二指腸切除術が保険適応となりました。

ダヴィンチ・システムはより小さな創口、より少ない出血量の上、人間と違って手振れもなく、人間の手首では回らない角度の処置まで対応可能となる、より高い確実性をウリに開発されたロボット手術です。

まだまだ、ダヴィンチが導入されている施設は限られていますが、術後の早期回復が期待できる外科的治療法であるため、術後に補助化学療法を控えた患者さんにとってはすぐに化学療法に移行できるメリットも非常に大きく、今後さらなる普及が期待されています。

2. 内科的治療

2001年に切除不能膵臓がんに対してゲムシタビンが化学療法として保険適応されて以来、膵臓がん患者の生存期間が大きく改善し、ガイドライン上ではどのステージにおいても化学療法がアルゴリズムに組み込まれるようになりました。

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2006年にS-1、2011年にはエルロチニブが膵臓がんに有効な治療薬として承認され、現在はFOLFIRINOX療法(5-FU、イリノテカン、オキサリプラチン、レボホリナート)か、ゲムシタビン+ナブパクリタキセル併用療法のいずれかが化学療法の第一選択となっています。

しかし、現実的には切除不能例では1次治療を行ってもほとんどの患者さんが病状の増悪もしくは副作用で治療を中断しており、50〜60%の患者さんが治療を切り替えて2次治療を受けることになりますが、今までに有効性が証明された2次治療は無く、2本柱を回していくしかないのが現状です。

3. 今後期待される最新治療

さて、外科治療、内科治療共に近年多くの治療選択肢が出てきており、以前に比べれば大変有難い状況になってきました。

それでも、まだまだ患者さんやそのご家族に満足頂けるレベルには到底達していないのが現状でしょう。

以下に、内科医の立場から進行膵臓がんに対して期待される新規治療法を私が携わっている仕事を含めて幾つか挙げたいと思います。

1) ペンブロリズマブ(商品名:キートルーダ)

これまでに膵臓がんに対して免疫療法として免疫チェックポイント阻害薬を投与する臨床試験がいくつも実施されてきましたが、いずれもあまり良い効果が得られていません。

というのも、膵臓がんは免疫チェックポイント阻害薬の抗PD1抗体薬のリガンド(結合部)であるPD-L1が少なく、免疫応答を司るリンパ球が認識するネオアンチゲンの数も比較的少ないタイプだからです。

そんな中、治療歴を有するMSI-high(MSI-H)固形がんを対象とした2つの国際共同第2相試験において、抗PD1抗体であるペムブロリズマブの有効性および安全性が示され、2018年から膵臓がんにも使えるようになりました。

正確には、標準的な治療が困難な場合であり、さらに特定の条件としてMSI-H陽性の場合のみ投与OKというものです。MSIとはマイクロサテライト不安定性のことです。マイクロサテライトとは短く反復してつながったDNA配列のことで、DNAの複製時にミスを修復する機能が低下した結果、正常な細胞と異なっている状態を指します。

このMSIが高頻度で起きている現象がMSI-Hです。

MSI-H陽性のがんでは、免疫チェックポイント阻害薬の高い効果が報告されていますが、その中に膵臓がんが含まれたという訳です。

患者さんにとっては朗報と言えますが、実はMSI-H陽性の膵臓がんは全体の1~2%と非常に少数であり、現状では免疫療法の恩恵を受けているとは言いがたいのですが、それでも免疫が全く関係ない訳ではなく、中にはがん組織のネオアンチゲンもそこに反応するリンパ球も多く免疫治療にとても良く反応した症例報告もあります。

また、強力な抗がん剤や放射線治療とキートルーダを併用することで、がん細胞のDNAを破壊しネオアンチゲンを増やし、膵臓がんに対する免疫療法の感受性を上げる臨床研究も構想されており、今後の展開に期待されています。

2) オラパリブ(商品名:リムパーザ)

リムパーザは、BRCA遺伝子変異によってDNA損傷経路に異常を来したがん細胞に特異的に作用し、損傷したDNAを修復するPARPという酵素の働きを阻害することで、腫瘍細胞の増殖を抑制します。

イスラエルのGolan先生らの実施したPOLO試験と呼ばれる第3相試験において、BRCA変異を持つ進行膵臓がんの1次治療後の維持療法として、PARP阻害薬であるオラパリブ治療群はコントロール群よりも生存期間を延長する傾向があることがASCO GI 2021という国際学会で報告されました。

既に、アメリカと欧州で先行して承認を受けておりましたが、ついに日本でも2020年12月にBRCA遺伝子変異陽性の治癒切除不能な膵臓がんにおける化学療法後の維持療法として承認が得られ、治療の選択肢の幅が広がりました。

リムパーザは日本初のPARP阻害剤であり、分子標的薬が新たに膵臓がん治療の選択肢に入ってきたことは新規治療法の開発としては大きな一歩であり、先々の研究開発に向けても当然期待は高まります。さらに内服薬である点も患者さんにとって利点の1つでしょう。

3) エリアスパーゼ

Erytech Pharma社 によって開発された進行膵臓がんに対する新規治療薬です。

元々、この会社は赤血球内に治療物質をカプセル化する技術を持っており、エリアスパーゼ(Eryaspase)は、ほとんどのがん細胞が成長に必要とする血液中のアミノ酸を破壊するアスパラギナーゼと呼ばれる酵素が赤血球内にカプセル化された薬剤です。

腫瘍が成長するためにはアミノ酸がエネルギー源として必要ですが、中でもタンパク質の生合成において必須であるアスパラギンは最も腫瘍にとって大切なアミノ酸です。

しかし、がん細胞そのものは十分なアスパラギンを生成できず、代わりに体内を循環するアスパラギンを頼りに成長しようとします。アスパラギナーゼはこの循環しているアスパラギンを除去できるため、この重要な栄養素が得られなければ、がん細胞は成長できず死んでしまう訳です。

特に膵臓がん細胞は、アスパラギンを生成する能力が低いことがこれまでの研究で分かっており、アスパラギナーゼでこのアミノ酸を阻害することにより、膵臓がん細胞がダメージを受ける可能性が期待されています。

以前の研究では、アスパラギナーゼの毒性が強すぎて、患者さんに直接投与すると吐き気や嘔吐、膵炎、アレルギー反応など、多くの副作用が問題でした。

しかし、アスパラギナーゼを赤血球内にカプセル化して患者さんに投与することでこれらの毒性は出なくなり、より安全に治療できるようになりました。

2020年に報告された第2相試験の結果は素晴らしいものであり、重篤な副作用も出ることなく、投与された患者さんの予後を有意に延長することが出来ました。

現在、第3相試験中とのことですので、ここでも良い結果が出れば、将来的に膵臓がん治療の選択肢として入ってくる可能性があります。

4) オニバイド

ゲムシタビン治療後の患者を想定して開発されたオニバイドは、有効成分であるイリノテカンをナノ粒子に封入して腫瘍内への薬の伝達性を向上させた治療薬です。

そのお陰で、通常のイリノテカンの約5分の1の投与量で、同程度の腫瘍内濃度を達成できます。

ゲムシタビンを含む化学療法後の膵がん患者を対象とした国際共同第3相臨床試験で、オニバイド投与群は生存期間が有意に延長し、膵臓がん2次治療としての有効性が証明されました。

しかし、国内での第2相臨床試験において、全例で悪心、食欲減退、白血球数減少、下痢などの副作用が生じており、期待される有効性を引き出すには、適切な適応症例の選択および適切な副作用のマネージメントが必要と指摘されています。ですので、治療経験豊富な施設では有効性が期待される治療選択肢の1つになり得ると思われます。

5) STNM01 (Anti-CHST15 siRNA)

前回の診断のコーナーでも出てきましたEUS技術ですが、現在、膵臓がん治療への応用も試みられており、私の所属していた施設を含め国内数施設が参加して臨床試験が行われております。

超音波内視鏡下に細い針を腫瘍内に穿刺し、治療薬を注入する方法を超音波内視鏡下穿刺投与術(EUS-FNI)と言います。

以前から、膵臓がんの治療抵抗性の原因の1つとして、ドラッグデリバリーの問題が挙げられていました。治療薬を血液内に投与しても、体内の代謝経路を経て、有効な状態で薬が膵臓がんの中にしっかり到達しないということです。それでは当然、治療効果も半減する訳ですね。

そこで、治療薬を血液中に投与するのではなく、直接腫瘍内に投与することは出来ないかと考えて発案されたのがこのEUS-FNIです。アメリカのカリフォルニア州にあるUCI(カリフォルニア州立大学アーバイン校)のProf. Kenneth Changは、その道の第一人者で、私も膵臓がんへの直接治療について随分勉強し論文にもまとめました(引用文献1)。

今回の多施設共同臨床試験はそのアイデアをヒントに、過去に私が膵臓がん細胞への有効性を証明した薬剤(STNM01)をEUS-FNIで膵臓がんに投与するものです。

STNM01はanti-CHST15 siRNAという核酸医薬で、RNA干渉という特定の遺伝子発現を抑制する技術を応用し、CHST15遺伝子の発現を阻害する薬剤です。

膵臓がん細胞には、この糖硫酸転移酵素であるCarbohydrate sulfotransferase 15(CHST15)に加え間質のグリコサミノグリカンであるコンドロイチン硫酸E(CS-E)というがんの悪性化に関与するタンパクが高発現していることが分かっています。ただ、このCS-Eの合成にはCHST15が必要なため、CHST15を抑制出来ればCS-Eも抑制され、その結果、がんの増殖を防ぐことが出来る訳です。

実際に、膵臓がん細胞にこのSTNM01を投与して、膵臓がんの進展抑制効果を確認し報告しました(引用文献2)。

現在、Phase1+2の臨床試験中であり、いつか実用化出来ればと期待しています。良い結果をお待ちください。

そして、我々の臨床研究以外にも、世界各国よりこの核酸医薬を応用した膵臓がんの診断や治療のための様々な臨床試験が実施されており、私自身も大きな可能性を感じています。

詳しくは論文内に記載致しましたので、ご興味のある方は是非ご一読下さい(引用文献3) 。

引用文献1: Takakura, et al. Direct therapeutic intervention for advanced pancreatic cancer. WJCO 2015
引用文献2: Takakura, et al. Inhibition of Cell Proliferation and Growth of Pancreatic Cancer by Silencing of Carbohydrate Sulfotransferase 15 In Vitro and in a Xenograft Model. PLoS One 2015
引用文献3: Takakura, et al. The Clinical Potential of Oligonucleotide Therapeutics against Pancreatic Cancer. Int J Mol Sci 2019

この医療記事を執筆した医師からご挨拶

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ご連絡先:

高倉 一樹(Dr. Kazuki Takakura)
https://www.unmed-clinic.jp/
unmed@h-sh.org
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