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日記411 2017.11.20 (月) いま、線と空



twitterでちょっとまえに、海外のどっかと比較して「東京は空を見上げても、視界にいつも電線が入って、まっさらに広がるきれいなその姿をみつめることができない」みたいなそんなような、だれかのtweetを読んだ記憶があって、わたしはそうは思わないなって感じた。電線だって、空の一部だ。この、ほんのすこしゆるく弧を描いた、ときにピンと張りつめた、見渡す限り存在する線たちが縦横に張り巡らされ、つながり、つながり、頭上の風景を分割する、この時代の、いまの東京の空を、わたしは愛してる。


蟻にとっても固有の空の高さがある。むろんその他の生物にも、人間ひとりひとりにとっても、考え方ひとつや、住む場所や、生きた時代などによって、瞳にうつる頭上の景色は刻々と変化してゆく。ひとりの人間の中でさえ、あるときは、果てしのない遠景に広がる途方もない存在にうつったり、あるときは、手を伸ばせばそこはもう空であったり、するんだ。わたしとあなたをつなぐ同じ空であり、わたしひとりをいつも置き去りにしてゆく冷然たる空でもある。「1cmでも地面から離れたら空」って、こんな世界を生きているこどももいる。どうしよう。たまらなく愛おしい。

もちろん、電線のないまっさらな空を望んでいてもいい。わたしもそれが自然できれいだと思うときもある。でもそれだけが「きれいな空」じゃない。ひとびとの生活のために通された何本もの線がいつも視界に入る、雑然としてどこを見ても夾雑物だらけでシンプルにも上品にもいかない現在の東京の空だって、わたしは好きだ。そんな空の下で営まれる、猥雑な人間たちの生活がある。そのことを思う。そんな気分があったって、いいじゃないか。お高くとまったないものねだりは、つかれちゃうよ。

無電柱化を進めるメリットとして、防災上や安全を図って公道の空間を広げるといった実用的なものはうなずけるけど、一概に「景観の改善」と言われてしまうと、なんだかさみしい気持ちになる。でも、電柱のある風景を守れとは言わないし、守りたいとも思わない。小池都知事が無電柱化に意欲的だというのなら、じゃんじゃん進めればいい。

ただ、ひとつの時代が築き上げた、空のかたち、街のかたちがここにはあって、その空のもと、街のなかで、わたしは生きてきた。いや、いまも生活をしている。2017年。このときに流れている、線の走る空の模様の記憶。この下で歩を進め、たまに見上げては日々をやり過ごした期間がある。その事実は、何があっても、誰がなんと言おうと否定できない。

景色は変わる。ひとも通り過ぎる。移ろうものは笑って見送る。そういうものだ。だけど、これに囲まれて育ち、この環境で過ごして、これが好きだった気持ちだけは残して、忘れないようにして、つぎの風景へ向かいたい。

現在ある東京の猥雑で、地面は固く舗装され、前を向けば看板だらけで、電柱が立ち並び、空には至るところに電線が複雑な線を描き、沿道にホームレスがダンボールを敷いて寝ている景観は、汚くてうるさくて邪魔くさくて悪臭がする最低なものかもしれない。

そうだよ。その通り。この場所は最低だ。
でも、俺にはここが似合ってる。

「美しい国」だけを愛するのが、愛国ではない。わたしはこの最悪なクソ大東京が好きだ。日本のちいさな首都圏の、醜さも美しさもみんな巻き添えにして雑多にぶっ立てられた目眩のする景観が好きだ。いきなり一人称を「俺」にしてかっこつけたくなるくらい好きだ。なんであれ、愛をつたえるときには、マヌケヅラじゃいけない。背伸びしてかっこつけないとね。

わたし新宿が好き
汚れてもいいの


うつくしいものを愛でる才能に恵まれなかったから、個性をふりまいてあの街をあるく才能がなかったから、大森靖子の『新宿』みたいなラブソングしか、わたしの耳には響かない。新宿のモブとして生きる薄汚いべとついたおっさんがわたしだ。澄まして、上品で、洗練された高級なものには、とてもあこがれているけれど、愛している対象は、ぜんぜんちがう。

醜くて、最悪で、肥溜めに落とされて唾を吐きかけられるような汚辱にまみれた人生がいっぽうにはある。もっと中途半端で、なにをやっても箸にも棒にもかからずこれでいいのか悪いのかもはっきりしない人生を、はっきりしないまま漫然と歩むボンクラだっている。

あの愛にうずくまる
才能がなかったから
わたし あなたが好き
誰でもいいの


誰でもいい、あなたが好き。そう唱えたい。つくづくなんにもはっきりしないボンクラだ。なんの才能もなかったから、あこがれのなかで空想にふける。そんな人間もいる。

わたしには、きれいなそのまんまの、すっきりした美しい空を、真直なまなざしで愛する才能がなかった。ぼんやりしたあこがれだけがそこにはあった。空にあこがれて、空を駆けてゆくような気概もなかった。一歩一歩と、地べたを踏みしめながら思う。

この地上が空にあこがれて、ひっくり返ってしまえばいい。







にゃん