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[詩] 転居

雨は
めぐりあえない花を追うように
路地を濡らしていった

荷物を送ったあとの
畳の 水の匂いのうえに
去年の 蟬の翅が落ちている
それを かりそめとも ゆめとも
呼んではいけない、と
かつて 姉のような蛍は教えた

叶わなかった願いは
からだが 朽ちても
遠い灯の群れのなかに
残るのだから

ひとにも 家にも
なじまないうちに 離れてゆく
そのたびに震えるあかりを
こころ、と呼んでもいいのだろうか

あかりに
いちどだけふれたひともまた
花のような蛍に導かれ
すでに遠い灯のなかへと消えて

雨が過ぎ 少しあいた窓から
蟬の声が聞こえた
もう誰のものでもない部屋からは
目を凝らしても
姿は見えなかった




※詩誌『交野が原』83号掲載(転載にあたり修正)