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ゆたかに生きること

仕事、という点において一年を振り返ると、多くの人と同様に考えるものが多い一年です。

今年は「結婚式」というものは難しい立場にあったことは間違いありません。
今も全国で止むを得ず延期やキャンセルとなり、経営困難になった会場のお話も耳にしています。
それでも、失くならないでいてくれた私の身の回りは本当に幸運でした。

私にとっては、どんなに自分が辛い時でも、それを忘れられるほどに走り回れるこの仕事が、務める式場が愛おしい聖域なのです。

今の式場への異動を願い出て、配属されてから何年経ったのでしょうか…。やっと、自分自身が自由に動き回れるようになった気がします。

今の仕事自体は、随分長く続けている方です。
それでも、本来の自分の力を発揮できる環境になるまで、随分時間がかかったと思います。
おそらく、配属から2年くらいになるまでは、とにかく「仕事を覚えること」「完遂すること」に集中しすぎて、まだ楽しみきれていませんでしたから。

2年、3年とたつと自分のチーム外にいる人たちとも馴染み始めます。
名前を知らなくても、顔は知ってるから誰とすれ違っても気まずくない。従業員用階段で座り込んでいても、何食わぬ顔をしていられる。どこにいても存在を承認してもらえる気がするのです。

「仕事は最低でも3年続けないと意味がない」
というふうな言葉は、古い考え方だとも思いますが、それほどの時間が経たなければその場に馴染むことが難しく、自分自身が本領を発揮できるかどうかもわからないのも確かなのだろうと実感しました。

「あんた変わったわー!」と折に触れて言い続ける司会者がいます。
彼女はあまりにもキャラクターが強い人なので、最初は正直嫌悪しかありませんでしたが、その仕事への熱意に徐々に私の方が変化し、同調するようになりました。不本意でなりませんが、おかげで仕事の楽しみ方や喜びを得たので認めざるを得ません。

変わる前は、どうにも緊張していたのでしょう。
最低ライン、この水準がとてつもなく高いところに配属されたのです。自分自身は楽しんでいるつもりでも、プレッシャーは確かにあったのでしょう。
チームに馴染むまでも、少し緊張があったのを覚えています。
今は家族より長い時間を過ごす人たちなので、心地よい職場環境でありがたい限りですが。


そんな蓄積されてきたキャリアと、やっと本領発揮をし始めた頃に、大事な数少ない友人の結婚式を担当しました。
(いえ、列席は(休暇を取れない為)難しいので、仕事で参加できたらいいなとおもって引きずり込んだのですが…)
「友人なんです。大事な長い友人です」
大事な人だからこそ、信頼して、託せる人たちにお願いしたかった、というのが大きな本音です。

なにより「やってあげたいことがある」。
これは友人だからこそ意味合いが増える言葉ですが、いつもプランナーさんたちが口にしている言葉です。
「うちで幸せにしてあげたいー!」
「ぜったいウチだったらこれを叶えてあげられる!」
そういって、式場案内をしている姿をみています。
そんな人たちになら、安心して大切な人の人生最上級に大切にしたい日を、託せるじゃないですか。


ハートフルな世界に生きているな、と思います。
正直経済的に豊かとは言えません。個人的に。
それでも、私は自分でこの仕事に、この仕事を持つ暮らしに満足しています。

お金が全てではない、という言葉は好きではありません。
実際支払いに困ることは大きなストレスです。
それでも、じゃあお金のために何でもできるほどかと言われれば、私はそこまで鋼のメンタルではない。
毎日、一瞬一瞬が豊かな方がいい。
そう思う人間なので、すごくバランスのとれた働き方をしているつもりです。

はたらくこと、で豊かになるのは経済だけではないはずです。
はたらいている1分1秒も、生きている時間です。
だから、私はいまの仕事が大好きでいられることに満足している。

動きを止められてしまった時間があったからこそ、そう思えた1年でした。

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だいぶおかしな京都人。 情報に溺れているので、自分のための頭の中の整理整頓・ライブラリとしてnoteを書きます。 婚礼とディズニーが大好き