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いまも死にたいって思う日もある

『だから、もう眠らせてほしい』
この本の感想文は書こう、と買う前から決めていた。
書店で手にした頃は、すでにnoteの感想文企画は締め切りの頃だったけれど、それは別にいいのよ、文章にして思考したい、と決めていた。
決めていたのに…さ。

「かけない」というか、書ききれない。
思考があっちこっちにいくし、この視点、この視点と変えると全ての位置からまた違う言葉がうかんでくる。
まとまりがつかない。

そしてだんだん自己嫌悪に陥る。
なぜかというと、「結局その本を足掛けにして、自分のことばかり考えている」から。
本当は、著者である西先生の言う”安楽死ができたとしても、それを選ぶ人が0になる世界”を私も考えたいのに。
「死にたい」と自発的に選ばなくていい世界がほしいのに。
"考えるべきなのに"

そんなんだから
自分のことしか考えないヤツだから
ダメなんだよ

だから、わたしは死にたいと思う時がある。

***

話の軸になっている「吉田ユカ」さんは、安楽死を希望していた。
先生が安楽死反対派だと知りながらも「でもこの先生なら、安楽死について話ができるんじゃないかなと思ったんです」と言って、先生のもとにやってきて、スイスで安楽死を受けられなかった場合に日本では「持続的な深い沈静」を求めていると語る。

彼女は本当の意味では「安楽死」を求めていたわけじゃないだろう…と勝手ながら想像してしまう。
そうでなければ、”反対派”だと知る人のところには来ない。でもあえて西先生を選んでいるのは「話ができる」からだと言っている。

なぜ、安楽死を選びたいのか

目の前の人が、自身の最期をどのようにしたいと思っているのか

「素敵な人生だった」と思いながら死ねるかどうかは、死の直前にどんな状態であるかは大いに関係するだろう。
いたい、くるしい、はずかしい
ネガティヴな感情を抱いては、逝きたくない。

私の場合は、西先生の回想に登場するAさんに、つよく共感した。
彼女は、たまらなく悔しかっただろう。辱めを受けたと感じたろうと。
私もモデルの端くれだ。きれいだね、と言われて生きてきた。容姿だけでなく、自分の美学を持って生きている。それが、一番「きれいだ」と言って欲しい人に、「きれいだ」なんて明らかな嘘を言わせてしまう最期は、どんな想いを抱いていた最期だっただろう、と。
そんな想いをしても、生きられるわけではないのに。

ユカさんは、死ぬからこそ、もう何もできなくなる時だからこそ、自分の姿のままで死にたかったのかな、と感じている。
だから、すでに苦しいんだけれど、他の医療スタッフと対話する時間を快く受けたんじゃないか。

どうして、自分の姿を、自分の生をそのままに、塗り替えたくないという人を止められるというのだろう。
だから、正しくは「安楽死」を求めたのではなく、自分自身であるままに最後の瞬間を迎えたかったんじゃないか…。

***

現実的な「死」とは、肉体が機能停止し、魂がその器を離れること。
私が体験した「死」は祖父母くらいの、一般的な核家族の体験だと思う。

父方の曽祖母の時は、100歳ちかくて、親族一同いつくるかわからんぞ、と心構えできていた。最後の数年間行われた、年始のサマーウォーズさながらの親族大集合は「こんな親族がおったんか」と知った機会だった。

母方の祖母が亡くなったときは、当時の私には"関係のないこと"だった。
ただ普通に、身体が老いていき、機能停止した。と思ったから。
気になったのは母がその死をどう受け止めているのか、だった。母の心が幼く、未熟なのはその頃から察していたから、自分のことよりもそんな幼い母が母親の死にどのように対処できているかを案じた。
後に、自分はそういう向き合い方をしたことをそれなりに後悔していたとわかったけれど。

父方の祖父のときは、祖父は胃がんで胃を全摘出したにもかかわらず、最期まで美食家の"ボン(お坊ちゃん)”らしさを全うしていた。
たいそう名医と名高い方に執刀していただいたらしく、祖父の死因も結局は「胃がん」ではなく、老衰になった。
もちろん、”脾”を取り出した肉体がまともに動かなくなることは当然だから、原因ではあるんだろうけれど。

ただ、この時ばかりは私は祖父の最期の呼吸を見ていた。
死期が近く、家族はみんなバタバタしていたなかで、私はその日の朝、勘が働いて仕事を休み、眠っている祖父の様子を見ていた。
祖母とふたり、最後の一呼吸をみて、医師を呼んだ。
その次の日に、沖縄に行く予定があったので、葬儀の後の時間に飛行機を変更し、次の日"お焼場"にはついて行かずに葬儀に列席した後、沖縄へ向かった。そうして行った先の久高島で、御神職が一番綺麗な場所をお借りして、御霊送りをしてくれた。
祖父は、沖縄が大好きで、その文化は父や叔母、私たちにも引き継がれている。そんな土地の、神の島で見送ったことは、祖母や父たちにとって「(世間には言えないけれど)誇らしいお見送りだった」とされている。

私が体験しているのは「死」をきっかけに、周りと体感する「生きるということ」の方だ。
だから、もしかすると「死」そのものに対しては、楽観的だ。
そういう死生観の家に育っていることもあるかもしれない。

ただ、一方で自分自身の死となると——自分自身の命となると、ずいぶん粗末に扱っていたと思う。

「死にたい」
十代のころ、何度口にした言葉だろう。
こんな命、消えてしまえばいいと、何度祈るように刃を押し付けたろう。

二十歳になって、カウンセリングヒーラーに出会い、セッションを重ね、その人から"グリーフケア"という名で、こころのことを学んだ。
「死にたい」はさすがに言わなくなった。
ただ、あの時の「死にたい」は「逃げたい」であり、「消えたい」であったと、今は正しく表現できるようになっただけな気がする。感じているものは同じだ。

「私は、グリーフケアセラピストです」
ってホンマかいな…と心のなかで続けながら、そう口にする人になった。

この本に、私の口からでる「死にたい」は登場しない。するけど、その話じゃない。
"死にたくて死ぬわけじゃない"人の方が、きっとこの世には多い。病気がもたらすタイムリミットは、そっち側だ。
それに比べれば、私の自分の命への軽視はきっと多くの人に怒られるんだろう。でも、一体何が違うというのだろうか。

私だって、あの時死にたくて死にたいと思ったわけじゃなかった。
きっと、高いところから飛び降りる瞬間の誰かも、そう思ってる。

どうして『死にたい』と思った時に死ねなくて、『死にたくない』と思う時に生きられないのだろう。
「死」はとてつもなく、誰にとっても、等価なものなのに。

***

この本を読みながら、かならず付箋とペンを持っていた。
読んだ時に浮かんだ言葉を書いて、元になった文章の横に貼ったり、気になった文章をマークするように貼ったりする。
一番付箋がおおいのは、幡野さんとのお話の章。でもこころに張り付いたのは松本先生の章

8 安心して死にたいと言える社会 —松本俊彦に会う

この章のなかで登場する松本先生の「…最後に自分でコントロールできるのは自分の命だけなのかなって…」という言葉の横に私は付箋を貼って、こう走り書きをしている。

「死にたい」と思ったら、本気を出したらいつでも死ねる、
"コントロールできる唯一のもの"という感覚が欲しい

これは今現在の私の言葉というより、十代の頃のワタシが言っているんだろう。
多分、彼女は「自分1人の意思で好き勝手できるのは、自分の命だけ」と思っている部分がある。

この章は、ずっとギシギシと私の心に文字が詰め込まれていく感覚がした。

十代の、厨二病のワタシが金切り声で叫ぶ。
だって、死ぬしかないじゃんか!
自分のなかにあるものの、正しい表現方法もわからなかったし、どうせ表現できたとしても誰にも受け入れられないと絶望していたから。
「きっとワタシが死んだらセカイから喜ばれる」と思っていた。

若年者で多いんですが、特に理由はないんだけど「死にたい」を繰り返す人たちが多いんです

これに含まれている"人"が私のなかにいた。
本当は、特に理由がないんじゃない。世間的に見て、きっと大した理由じゃないと言われるのが嫌で、言わない。もしくは自分でも気づけない
もう身体中が傷だらけで、傷が増えても、その時は衝撃が走るけれども、すぐにどの痛みか分からなくなる。なにで泣いて、なにで苦しんで、なにがそんなに死にたいと思わせるのか、細分化できなくなるのだ。

だから、
なんとなく、死にたい。

同じ「自殺」というキーワードで私が結んでいるのが、大量の付箋が貼られた幡野さんの章

5 安楽死に対峙する、緩和ケアへの信頼と不信 —幡野広志と会う

安楽死反対派の意見について、幡野さんが言うココに付箋が貼ってある。

自殺を止める時に『死んじゃだめだ』ってみんな言うけど、あれだってひとつも響きませんからね。本当に自殺止める気あんのかってくらい効果のない言葉。

安楽死反対の意見のなかには、この『死んじゃだめだ』みたいなものがある、という文脈なのだけれども。
結局、言われた方は「死んじゃだめだ」の後に続く言葉を本音で言ってみろよ、という感想しか抱けないんだろう、と思っている。それはこの言葉の後に幡野さんは続けていらっしゃることと、ニュアンスが似ている。(真意が違ったら怖いから曖昧に)

もし「死にたい」と言う人が相談にきたら、どうする?

という問いが、次はじっと物陰から見つめてくる。

師である山田眞佑里さんに「今は自殺したいって相談者さんもいる。具体的になってきてる。エリちゃんは、そういう人たちと対峙する覚悟ができるんだね?」そのような事を尋ねられた覚えがある。

私は、その問いを何度考えても「『そーか』としか言えんわ…」と思ってしまう。
ただ、聴かせてもらえたら嬉しいだろうなと思う。なぜ死にたいのか、死にたいという言葉にまつわるその人の物語を。

"人生を本に例えたら"
私はいつもそう考える。主人公の目線で語られるその物語は、もしかすると、苦しく理不尽な物語でも、読者の目線では辻褄があっていて、絡まった糸はいとも容易く解くことができるかもしれない。

「ねえお願い、わかって」
そう言って泣きながら、いっそ殺してと足元にすがったときの感覚が帰ってきた。婚約破棄を、別れ話をしたあの夜はそんな物騒な事を吐いた。
彼は私のその比喩をちゃんと比喩として理解して、意味を受け止めてくれた。その甲斐あって今思い出しても痛くならない。

***

この本をこころの中心に置いて、タイプしていて、わかった。
私はまだまだ、「死にたい」と口にし続けたあの頃の自分を癒してあげられていない。
肯定しきれていない。
だって、社会は、世間はあの頃のワタシを肯定してくれないだろう。

きっと同じ思いをしている人がいる。
あの頃も、今も、同じ人が絶対にいる。
その確信が「じゃあそんな世間を変えよう」と思わせる。そのためにできることをしよう。「自分のために」という言葉をあえて音にしないで、一部切り取ったところだけをオモテにして、人に語り、志としよう。

「まずは、自分が自分のことを肯定することから」

出すべき結論は、"死を選ぶこと"じゃないと、知ってもらうことだと、いまの私は思う。
私もある意味で、別の軸で「死」を自発的に起こさなくて済む別の道を探している。だから、"死にたい"の物語を集めたいのかもしれない。

本の裏表紙をみると、帯に
"「日本には、安心して死ねる場所がない」"
という、言葉が書かれている。

安心して、死を迎える場所がないんだ。
本当なら、安心して、極限まで苦痛を和らげて、苦しみから解放されるべき。それが、いまのところ、苦痛からの解放とは死を選ぶことくらいしかないんだもの。
だから、もう眠らせてほしい
と、言わせてしまう。

今なにももたない私は、
せめて、眠らせてあげてほしいと、
願うばかりなのですが。

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だいぶおかしな京都人。 情報に溺れているので、自分のための頭の中の整理整頓・ライブラリとしてnoteを書きます。 婚礼とディズニーが大好き