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【アップ】2024年2月25日主日公同礼拝/讃美歌とMynoteもあります

【本日の礼拝メッセージ】
https://www.youtube.com/live/3Q30cwLfhl0?app=desktop&feature=share

【アメーバブログ】
聖書や讃美歌の内容などは、こちらのブログより閲覧できます。
ぜひお気軽にお立ち寄り下さい^^
https://ameblo.jp/yujiteiou/entry-12842613201.html

前奏
招詞 詩編86編6~11節
頌 栄
たたえよ、主の民[こ改 25]
開 会 祈祷
主 の 祈り(週報裏面)
十戒・祈祷(週報裏面)
子ども説教
子どもと親のカテキズム問 76
「八番目のいましめ」
こどもさんびか
キリストのへいわ[改 34(ちから)]
牧 会 祈祷
讃 美 歌 67番
聖書
ヨハネによる福音書3章 16,17 節
説教
「愛される存在」
金主恵
祈祷
讃美歌 516番
みことばの交読文 詩編19編 8~15 節
感謝のささげものと執り成しの祈祷
頌 栄 543番
祝 祷
《教会一日修養会準備祈祷》
報告

讃美歌♪

讃 美 歌 67番
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=hqNUTZhKT-0

よろずのもの とわにしらす
み父よ、いまめぐみを くだしたまえ、
み名をほむる われらに。

人となりし すくいのみ子、      
主イエスよ、利(と)きつるぎの
みことばもて しめしたまえ まことを。
3 
いともつよき なぐさめぬし     
みたまよ、わがこころを
おさめたまえ、今よりのちはなれで。
4 
三つにまして ひとりにます      
みかみよ、み名のさかえ
ほめたたえて、とこしなえに したがわん。

讃美歌 516番
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=HcWQr31OfWA
1
主イェスを知りたる嬉しきこの日や
癒しき身をさえ救わせたまえり
君にむつぶこの日ぞ嬉しき
嬉しきこの日や嬉しきこの日や
君にむつぶこの日ぞ嬉しき
2
イェスこそ我が君わが身は主の民
いずこへなりともみ胸のまにまに
君にむつぶこの日ぞ嬉しき
嬉しきこの日や嬉しきこの日や
君にむつぶこの日ぞ嬉しき
3
くすしきみ胸を日に日にさとれば
いかなるときにも君より離れじ
君にむつぶこの日ぞ嬉しき
嬉しきこの日や嬉しきこの日や
君にむつぶこの日ぞ嬉しき

2024年2月25日 礼拝説教 聖書箇所

ヨハネによる福音書3章16,17節
16 神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。
17 神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。

(Mynote)
二〇二四年二月二五日(日曜日)、今日も兄弟姉妹共に礼拝を守れる事を神様に感謝する。
(子供メッセージ)
『子供と親のカテキズム 問七六』
「第八戒は何ですか?」
「盗んではならない」です。
イエス様がエリコと言う町を通って居た時、そこに金持ちのザアカイと言う人が居た。ザアカイは小柄だったので、群衆に囲まれたイエス様を見る事が出来ず、木に登って見る事にした。その木に登ったザアカイを見付けたイエス様は「ザアカイ、降りて来なさい。今日はあなたの家に泊まる事にして居ますから」と言った。これを見て聞き、群衆は「ザアカイは罪人なのに、その罪人の家に泊まって共に過ごすと言うのか」と非難した。しかしそのザアカイはイエス様に「私は自分の財産を人々に施します。不正により人々から財産を奪って居たなら、その奪った財産を何倍もにしてその人に返します」と答えた。
盗むと言うのは不正に在る。その不正は金持ちだけでなく、貧しい人も問わず心の問題としてあり、全ての人が自分を神様の前で信仰に照らし合わせ、常に「自分は信仰に於いて正しいか?」を見定めねば成らない。
(公同礼拝)
『ヨハネによる福音書』(第三章一六〜一七節)
(※本日は神学生・金主恵先生によるメッセージ)
この箇所は、神様がどれほど人を愛されて居るか、人の世を愛されて続けられたか、に就いて記されてある。
イエス様の存在は「全ての罪人をその罪の淵から救い出す為に遣わされた救い主の存在」であり、この救いは唯一である。他の宗教には無く、キリストの真実に於いてのみ在るもので、この点を先ず踏まえる必要がある。
ニコデモはパリサイ人でありながら、他のパリサイ人と違い、イエス様の下(もと)に自分を委ね、教えを乞うた。当時、パリサイ人とイエス様はキリストの信仰に於いて相反して居り、対峙・対立して居た。その中でニコデモは夜に人目を隠れ、内緒の形でイエス様の所に来て居た。そのニコデモにイエス様は、
「誰でも、水と霊とから生まれなければ、神の国に入る事は出来ない。肉から生まれる者は肉であり、霊から生まれる者は霊である」と教えた(『ヨハネによる福音書』第三章一〜一五節迄を参照)。
神様は全ての人の為に、この世界を創造された。これは『創世記』に記されてあり、地上を創り、星空を創り、自然を創り、動物を創り、そして人を創造された。この「人間」を創造された時、神様は全ての被造物を見て「極めて良い」とされた。
全ての人は神様を親とし、その神様から生まれて居るのだから、その親である神様の愛に応えながら生きねば(生かされねば)成らない。神様は自分の姿形に似せて人を創られた。この「似せて」と言うのは、その人の内実に神様の愛と恵みを具えて居る事に等しい。神様は全ての人を愛して居られるのである。
人には良心が与えられ、欲望と同時に理性が与えられて居る。人は罪の内に在りながら、その罪を悔い改め、その罪から離れる事が出来る。これは信仰に依り、神様の導きに依り出来るのである。この神様の御力と信仰に依らねば、罪から離れる事は出来ないのである。神様は全ての人をロボットの様に創られなかった。何でもボタンを押して言う事を聞く様な存在ではなく、自分で考え、感じ、善悪を選択して正しい道を選べる様にして下さった。これは選択の自由(自由意志)が与えられた事の証明であり、同時に、信仰に於いて人が生長させられる為であろうか。人は常に当り前に思って居る事でもっと悩み、考え、信仰に依り、その答えを求めねば成らない。その事に依り、人は神様に創られた本来の姿に戻る近道を得られる。この罪の悔い改めの土台が与えられ、永遠に救われる事、その永遠の命が与えられる約束を実現する為に、全ての人の間にイエス様が遣わされたのである。イエス様は神様から人に与えられた、最大の恵みであり、唯一の救い主である。
聖書に記された事は、全て架空の話ではない。本当の歴史であり、事実である。世界史でもキリスト教の事を学び、聖書に記された地名が登場し、聖書に登場する人物が同じく登場する。この事を授業で学んだ記憶がある者も多いだろう。ここで正しく真実を見極める目と心が必要である。キリストの真実こそが唯一の真実である。これは信じる事から始まり、それから知る程に信じる事に生長し(生長させられ)、その人の信仰が生長させられる。
ノアの時に神様は、どうしようもない罪人であった人間の世界を終わらせる事も出来た。でもそうされなかった。それは神様が人を愛して居られる証であり、その上で唯一の救い主であるイエス様を人の間に遣わされ、その「どうしようもない罪人である全ての人」をそれでも罪の内から救い出される道を選ばれた。イエス様は神様の一人子であり、自分の分身の様な存在(イエス様)を犠牲にしてでも人を愛する故に救おうとされ、全ての人が自分の下(もと)へ立ち戻る事を願って居られる。これも人の自由意志に依らねば人の信仰の生長に成らない為、人に信仰に就いて考えさせ、感じさせ、自ら立ち戻る事こそを望んで居られる。
その上で全ての人には「何時(いつ)からでも悔い改める事が出来る・信仰の道に歩む事が出来る機会」が与えられて居る事から、全ての人は何時(いつ)でも神様に守られて居る事が分かり、その信仰に依る救いを本当に信じ、それこそ本気で自分の罪深さを思い知った人にだけ、この生長が分かるのである。神様から常に与えられるその恵みと、イエス様を通して与えられた罪からの救いに気付き、それを知る程に信じる様に成れる。全ては神様に純粋な姿勢で向き合い、立ち返る姿勢で向き合い、その神様の愛を思い出す事、信じる事から始まる。そしてこの時(この時期)は、その人が人生を生かされて居る間で、必ず神様から与えられる形でやって来る。

【日本キリスト改革派 男山教会】
https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/

【最寄りの教会検索用】
https://www.rcj.gr.jp/

Table Café~

榎本保郎牧師 ミニ説教19 「イエス・キリストを身近に」
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=MCyjy8BuIIw

「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」
THE DAILY with Arthur Hollands 2024/02/28
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=McvrSns1Cdg

不思議のパルプンテ
https://www.youtube.com/@user-vh3fk4nl7i/videos
(お暇な時にぜひどうぞ(^^♪)

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