浅草異界:ハイテクサブカルサンダル 【短い小説 #9】
オレは浅草とか、全然好きじゃない。っていうか興味ない。
普通だろ? 遊びに行くならフツーに渋谷か池袋か、そういうところでいいし。なに浅草って。なにがあんの浅草って。それがフツーの感覚じゃん。
だから「浅草が好き」とか言う女なんかも、フツーに何なの? とか思う。なんで浅草なのよと。サブカル気取りにしても、ちょっと過ぎるだろうと。下北吉祥寺、清澄白河くらいにしとけよと。
……ああごめん、清澄白河についてはオレも実際よくわかってないけど。なんかこの前、自称カフェマニアとかいう女子がなんかアツく語ってたからさ。で、「今度一緒に清澄でカフェ巡りしよ?」とか言ってきて。え? 断ったし。
いや、もうね。
そんな尖って無くていいわけ。
あくまでオレの好みの問題ではあるけど。
トンガリ女子ってやっかいだから。「わたしはフツーの女子とは違うの」っていう、特殊取説女子!みたいな自負がもう、スタート前から本当しんどい。「さあ、わたしを理解して!」みたいなハードルがある感じで、いきなり胸焼けするっていうか。やっぱりね、女子はフツーが一番。好きなものはフレンチトースト、とかいうフツーな感じが一番。それがこれまでの、オレの十二分な経験から得たシンリ。
……なぁんだけどさあぁぁあ!
行ったよ、浅草。行きましたよ。
もうね、地下鉄下りて地上でた瞬間「なにここ、江戸?」って感じで。え? 全然オーバーじゃないし。だって地下鉄出入り口がすでに神社みたいなんだぜ? 道の脇に人力車みたいなのいっぱい止まってるし。ちょっとまわり見上げると、ビルとか店の看板も圧倒的に相撲文字とか毛筆書体みたいなフォントばっかで。圧が強いんだよ、「我、浅草なり!」って感じで。もう着いて2秒でげんなり。
なんだけどさぁ。
その江戸的交差点で待ち合わせだったからさ。角のところで立ってたら、横断歩道の向こう側からかすかに「コウキくーん」とか聞こえてきて。そっちふと見たら、そこだけふわっと仄かに明るくなってて。……あ、これ、あとで説明するけど気のせいじゃないらしいから。
とにかく、道の反対側でハナユキちゃんが手を振ってるわけ。
そのサマったら「やばい、女神がオレに気づいた!」って感じで、その瞬間から多幸感がやばいの。
あれ、絶対おかしい。
いや、待って。聞いて。ノロケてるとかそういうことじゃないんだって本当に。単に事実で。それについて今日は聞いてほしいんだから、もうちょい待って。重要なのはここからだから。
で、青になるでしょ、信号が。
と、ハナユキちゃんが横断歩道に足を踏み出す。この時は、紐みたいなサンダル履いてたっけな。サーモンピンクの。そのサンダルが地面を踏みつけると……パステルカラーの水玉みたいな光がぽわわっ、ぽわわっ、みたいな感じで湧き出して来て弾けるんだよ。なんていうの、エフェクトみたいな感じで。ほら、「もののけ姫」でシシ神さまが歩くとさ、地面から植物がぼわっと生まれてたじゃん? ちょうどああいう感じで、光の玉が、ぶわわっと。
違う! ちがうちがう!
オレの目はどうかしてないの! オレも最初はオレの目を疑ったけど!
だって、浅草の交差点をそうやってひとり、光のエフェクトみたいなのを出しながらこっちにくるわけでしょ、女神が。あ、いや、ハナユキちゃんが。
それで「おはよう、いい天気でよかったね」とか言うから、オレだって開口一番言っちゃったよ。「そのサンダル、どうなってんの?」って。
彼女がこっちに近づいてくるのを見ながらさ、これは多分、オレの知らないなんかワケわかんない仕掛けのサンダル履いてるんだな、って考えたんだよ。
だって、今度どこか遊びに行かない? って誘ったら「じゃあ、浅草がいいな。わたし浅草、好きなの」っていう子だよ? オレの知らない、ハイテクサブカルサンダルでも履いてるのかと思うしか無いじゃん。だとしたらオレの眼かアタマがおかしいってなっちゃうんだから。
それで、オレの質問にハナユキちゃんは「?」って顔してるわけ。それがまた生まれたてのカワウソみたいに壮絶にかわいいんだけど、とにかく説明したんだよ。変な光が見えるって。
そうしたら彼女、なんて言ったと思う?
「あ、それ見える人、コウキくんが初めてかも」
って。
なにそれホラー!!
あるいはイッちゃってる不思議ちゃん系ーー!!
あざとさ奇っ怪すぎーーー!!
って、いつものオレなら即解散即撤収なんだけど。うん、それが冷静な男の判断でしょ。
でもさ、その時オレが思ったのって、(うわぁ、オレが初めてなんだ…)って。なんならちょっと感動しちゃったっていうか。
あれ、まじで絶対おかしい。
ちょっとやめて。そういう目で見ないで。オレは真剣におまえに話をしている。そして聞いたあとに客観的な意見を述べてほしいと思っている。なので、もうちょい聞いて。お願いします。
で、オレがなんかミゾオチあたりにぐっと妙な圧力さえ感じてるのを知ってか知らずか、ハナユキちゃんがオレのTシャツの袖のとこつまんでさ。「行こ?」って言って。
いや半袖。半袖の袖。上腕んとこをちょこっとつまんで、ちょいちょいって引っ張って。
そしたらその瞬間、Tシャツが。オレの皮膚になったみたいに全身ぞくぞくってなって。そう、気持ちいい方のぞくぞく。
あれはやばかった。一瞬くらっとなったし。でもぐっとふくらはぎに力入れて踏ん張ってさ、なんとか聞いたんだよ「行くってどこに?」って。
そしたらさ……ふわっと笑って「花やしきだよ?」とか言うの。
あー、もうなに「花やしき」って!?
なんで「ディズニーランド」じゃないの? 「USJ」とかじゃないの? なんで浅草なの? なんで!? まじで! って。
もうオレ、その瞬間なんかキャパがおかしくなっちゃってたみたいでさ。理解したいのに完全に理解不能な上に、凄絶にかわいい上に、エフェクト掛かってるし。全部、口に出しちゃってたみたいなんだよね。
そしたらハナユキちゃんの唇がさ、小さい富士山みたいな形になって。「え?」って。「コウキくん、浅草、きらいかな?」って。
そうしたらさぁ。その江戸圧高かった交差点に、さあっと風が吹き込んで来たんだよ。その風にゴミとかホコリとか全部飛ばされたみたいに、すかっとこう、輝度が上がったみたいに、見えてるもの全部が発光してるみたいに明るくなって。
っていうか、明るくなっただけじゃなくて、なんかつやつやしてるんだよ。つやつや。テカってるとかそういうんじゃなくて、こう、全部水に洗われた感じっていうか、全部中に新鮮な水が入ってるテクスチャに入れ替わった、みたいな。江戸、輝いちゃってるし……
唖然とするって、アレだよ本当に。
オレ、ぽかーんとなってあたりを眺めてたら、またぞくぞくってなって。うん、そう。ハナユキちゃんが袖つまんでで。言うわけ。「花やしき、結構おもしろいんだよ?」って。
で? 行ったよ花やしき。自分でも意味わかんないけど最高だったよ。詳細覚えてないけど、ざっくり言って楽園だったよ。
なんか終始変なエフェクトかかってたけど、それも大体がパステルカラーの。オレ、パステルカラーとか本当、性に合わないのに。ハナユキちゃんが喋ると、何かすごいさらっさらのそよ風吹くし。怖いよ。最高だったよ。
うん、わかってる。オレの言っていることはどう考えたって、どうかしている。どうかしているけど、それが全部マジでこの前の日曜日にオレに起こった出来事。
なあ、どう思う ?
オレの眼がどうかしてんのかな? アタマどうかしちゃってんのかな? それともハナユキちゃん自体がどうかしてんのかな? どう思う?
おわり
気をつけなきゃいけないこと、がひたすら増えていくばかりの気がする昨今です。昔からこうだったっけ? いやそんなことないんじゃないかな? だからなんていうかもう、能動的に触れるのはわくわくキモチいいことの情報にしておきたいんだよな……みたいな言い訳をしながら、今日も生きててえらい。
おかしかっていいですか。ありがとうございます。