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【読書ノート】27「「国境なき医師団」を見に行く」いとうせいこう

著者は著名な小説家でクリエイターだが今まで彼の作品を一つも読んだことがなかった。国際協力に関心があるので今回この「各国の難民キャンプ内でのNGO活動ルポ」を読んでみたが、非常に素晴らしい内容で驚いた。本来このように途上国現地に赴きNGOスタッフと行動を共にしてそれを記録するのは新聞記者やジャーナリストの役目だと思うが、そのような本はあまり見たことがない。こういったノンフィクションを描き活動を広く紹介する著者は優れた才能があり良い仕事をしていると感じた。また著者が日本人・外国人のNGOスタッフたちに対してだけではなく、各国の苦難に直面している難民たちに対しても深い敬意を表していることは、著者の高い人間性を証明していると言える。

 「俺はこれまで何度か難民の方々という言い方をしてきた。それは谷口さんが必ずそういう日本語に訳すからだったのだが、ピレウス港の小さな医療施設の前で俺は、MSF のスタッフが基本的に皆難民の方が体の分厚いような敬意を持っていることを理解した。 
 ではなぜだろうとその場で考えた。そうせざる得ない くらい、彼らの「敬意」は強く彼らを刺し貫いていたのだ。
 それは憐みから来る態度ではなかった。むしろ上から見下ろす時には生じない、あたかも何かを崇めるかのような感じさえあった。
 スタッフたちは難民となった人々の苦難の中に、何か自分たちを動かすもの、あるいは自分たちを越えたものを見出しているのではないかと思った。目の前で見た椅子の出し方に関して、最も納得できる考えがそれだった。
 施設を訪れる母親は毅然としていた。すでに傷つけられたプライドを、しかし高く保ち直している立派な姿だと俺も感じていた。 彼ら彼女らは凄まじい体験を経ていた。長い距離を着の身着のままで移動し、たくさんの不条理な死を目の当たりにしたはずだった。父も子もそうだった。
 彼らの 存在の奥に、スタッフたちは、そして俺はどこか神々しいものを感じてはいないだろうかと思った。苦難が神秘となるのではない。それは苦難が調子に乗ってしまう。 
 俺が電流に打たれるようにしてその時考えたことは単純だった。
 彼らは死ななかったのだった。
 苦難は彼らを死に誘った。しかし彼らは生き延びた。そして何より、自死を選ばなかった。苦しくても苦しくても生きて今日へたどり着いた。
 そのことそのものへの敬意が自然に生じているのではないか。
 俺はそう感じたのである。
 善行を見て偽善とバカにする者は、生き延びた者の胸が張り裂けそうな悲しみや苦しみは見たことがないのだ。 
 むしろ苦難を経た彼らを俺たちは見上げるようにして、その経験の傷の深さ、それを心にしまってることへの尊敬を心の底から感じる。 感じてしまう。それが人間というものだ、と俺はいきなり理解へたどり着いた気がした。」

P212 - 213

(2022年5月12日)



南スーダンから生中継!いとうせいこうさんと迫る、世界一新しい国のいま


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