見出し画像

4年目の夏は1人だった

「やあ。」

初対面でやあと話しかけてくる人なんていないと思っていた。私なんか頑張ったところで「あのぅ・・」くらいだろう。大学一年生の春のことだった。

どうして突然話しかけてきたのと聞いても「う〜ん、なんとなく」「田舎っぽいのがいるな〜って思って」「結局今でもちんちくりんだしな」と言って私を黙らせる。俯くとすぐに頭を撫でてくれる。きっと、一目惚れだったんだよね。

夏は一度も浴衣を着なかった。どんくさい私が人混みに紛れて彼に迷惑をかけることもわかっていたし、近場の花火より、遠出して非日常感を味わいたかったから。浴衣を着ていなくても、彼は気にしていないようだったけど、どう思っていたのかな。

夏休みはたくさん出かけた。旅行も、花火も、お祭りも。人がたくさんいても、離れそうになっても、彼の背中はすぐにわかった。なにより、彼はよく振り返って小走りで近寄る私のことを楽しんでいた。

ひまわり畑に入って一緒に写真を撮った。開放的な青い空とひまわりの綺麗な景色が、今でも忘れられない。帰りの鈍行で向かい合って座って、サイダーとビールで乾杯したのも、忘れられない。

4年目の夏、私は一人だった。

電話で彼から告げられた別れの言葉は、空っぽの心にぷかぷか浮いていた。部屋でいくら泣いても、実感を持てない。どうしても会いたかった。

いらなくなった私のお箸。先に一人暮らしを始めた彼が作ってくれたご飯は、とっても美味しかった。「野菜炒めばかりじゃだめだと思ってるんだ」ってはにかみながら話してくれたの嬉しかった。毎年初夏の記念日には手紙をくれたね。アルバムを作って手渡していたけど、それももういらないんだね。

袋に詰めているうちに、涙が溢れてくる。悲しくて悔しくて、止めたくても止まらない。振り返ると彼も泣いていた。どうして君も泣いているの。

たくさん話をした。二人とも、涙を拭ってもとめどなく流れてきた。一日中泣いた。本当ははじめから理由はわかっていた。

でも、お互いに取り戻せない程大きな傷を負っていた。「守ってあげられなくてごめん。」君のせいじゃないのに。今でもその言葉がずっと頭に響いている。私は許して欲しかった。たとえお互いのせいではなくても、自分を攻めずにはいられなかった。

離れてしまっても、運命だとしたら、また会えるよね。そのくらい、君が好きだよ。そう言ったのは、本心だった。


「やあ。」

あの言葉が忘れられない。そんな挨拶をしてくるのは、昔も今も君だけ。

友達とお祭りに行っても、花火を見上げても、君を思い出してしまう。4年目の夏は、暑いようで、心は冷たかった。

ハッピーエンドではないけれど、私の人生において必要な時間だった。6年経って、少しずつ傷が癒され、前向きになりつつある。それでも、君といた時間を思い出すと胸が締め付けられる。

美化したっていい。忘れてしまってもいい。涙を流すとあの頃の私たちを解放できる気がする。

君は今どうしているかな。一緒に、あの夏に乾杯しよう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?