100日もやってないけど得られたこと
朝から家のwifiが繋がらず、wifi片手に大急ぎでカフェに移動。業務をひと段落させ、noteを開く。
日課になっているヤマシタマサトシさんのnoteを拝見。noteを始めてから、ずっと私にどストライクな内容のnoteばかりで毎日考えさせられている。
昨日から楽しみだった。「毎日更新の向き不向き」についてのnote。感想含め、自分の向きor不向きについて考えてみる。
向いているし、向いていない
私は、毎日更新は向いているし、向いていない。なんだそれは。意味がわからないと思うが、そうなのだ。
ルーティン化(習慣化)させるためには、経験上、週一投稿ではすぐ忘れる、そしてやめちゃうので、毎日投稿派であり
内容の充実度については、毎日湧いて出るような情報の泉もアイデアの井戸もないので正直毎日投稿の必要はない。
ということなのだが、今は毎日更新でいいと思っている。
つい3日前毎日投稿の記録が途絶えた。たった25日程度だったが、「おめでとう!」のポップアップが続いていたのは嬉しかった。0時を超えたことに気づき、「あ、忘れた」と口に出した時、私ははっきりと、自分の意思で投稿を続けていることを認識した。
また明日でいいや、と悔しさもなく、あっさり受け入れられた。
自分に合ったツールだった
私がnoteを始めた目的は3つある。
1つは文章の練習。例えば本を読み、その本から学んだ言い回しや言葉を使ってみる等の、実践。2つ目は脳内のぐるぐるを整理する、言葉にすること。3つ目は文章を書く抵抗をなくすために習慣化させる。ということ。
facebookもinstagramもtwitterもアカウントを持っているが、どれも馴染まない。スマホが苦手だからなのかもしれない。小さい画面を見つめながら文章を入力することが苦手だ。
その為、パソコンに向かって文章を作ることができるnoteは私にぴったりだった。確かに、1日24時間しかない中で、noteにかける時間は、自分の時間を削っていく。ただ、失う時間以上に得られていることがあると実感している。
たった1ヶ月だけど、続けることで得られたこと
まず、原稿作りの時間を大幅に短縮できるようになった。心底語彙力がなく(中学校の成績表で「語彙を増やしましょう」と書かれたのが忘れられない)、勢いとやる気しかない私に仕事をくれる取引先には感謝しかない。
次に、身の回りのことがネタになるようになった。チャレンジ精神も湧いてくるし、ネガティブな経験も、もちろんいい経験も全てがnoteにできるぞ!とポジティブになった。なにより、ぼけーっと過ごすことが無くなった。ボケ予防にもいいんじゃないかな。
結局、やりたいからやる、が一番強い。というのはその通りだと思う。勢いよく書き殴ることもできるし、その分読み直しもするので、成長できる。勢いに乗っている時こそ、セーブなんてしないでいっぱい背伸びして、情報もたっぷり吸収して、失敗と成功を繰り返しどんどん成長すればいいと思っている。
メリットがあるなら別だが、出し渋る意味がわからない。忘れるでしょ?それがアイデアだったら誰かに先を越されるよ?と自分に言い聞かせている。
きっと今の私はエネルギーがたっぷりある状態。そんなわけで毎日投稿をしている。
いつか、こんな状態も落ち着いて毎日投稿じゃなくなるかもしれない。文章のクオリティが上がれば、じっくり推敲したnoteを投稿するようになるかもしれないし、子供ができれば毎日投稿する余裕なんかもなくなるかもしれない。
誰かに読んでもらえれば飛んで喜ぶし、コメントをもらえると主人に自慢しちゃう。でも、なんでスキが少ないんだろうとか、私の文章って面白くないのかなとかは思わない。成長途中だからね、と前向きに捉えるようにしている。嫌ならやめちゃえばいいんだ。
今は、誰のためでもない自分のためのnoteだが、それが変化するのか、そうでないのか、長い目で自分を見守るような気持ちで続けていくつもり。
100日も365日も継続していないけど、得られたことがある。
これが#わたしのnoteの書き方
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