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グレープフルーツ

どうしようもなくて、なんにもしたくないあの重さが舌の根っこに引っかかって離れないとき、グレープフルーツの黄色い厚い皮を剥ぎたくなる。大さわぎするほどのことでもない、だあれも悪くないのに自分にだけは悲しいことがあったとき。深夜のスーパーでグレープフルーツを買う。

まな板に置く前に香りを確かめる。はい、爽やかですね。1Kの簡素なキッチンに無表情なひとりぼっち。手にはナイフ。あなたの柑橘の香りだけが華やかで不釣り合いです。ほんのり感じる苦い香りだけがほんとうのほうがいいなあと思いながら、てっぺんから真っ二つに切る。厚い皮と薄い皮の間に強引に指を入れる。

実を取り出すのに薄い膜を引きちぎる。ゼリーとかパフェからもしも音がするとしたら、ほんとうはこういう不穏な音がする食べものになるかもしれない。あの千疋屋の美しいグレープフルーツゼリーも、こんな音を経由してできているのか。

同じ実を房から取り出したとは思えない。ばらばらになった実をまな板の上に重ねていく。おんなじようにみずみずしいけど、こちらは不味そうです。お魚が海から揚げられてプラスチックの籠に大量に入ってるのと似てる。きれいだけど怖い。

白いワインにお砂糖にお水。小鍋に入れて火にかけて、少し冷めたら、グレープフルーツを入れる。沸くのも冷めるのもコンロの前でただただ待つのは馬鹿みたいだけど、この時間はほんとうに、自分だけのもの。爽やかでみずみずしいグレープフルーツを遠慮なく剥いで裂いていくのを楽しんでいる。

ローズマリーはグレープフルーツのためのもの。ぱらぱらかけて冷蔵庫へ。この期に及んでも美味しくいただこうとしているのも滑稽でいいな、なんにもしたくないと言っていたくせに、明日楽しく過ごす準備をしているわたしはもっと可笑しい。

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ありがとうございます、安心して眠れます
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日曜日か月曜日に書くと決めてます。歩くこと、電車の中での人間観察、眠ることがすき。煮物系の人間。すてきなことばと人に出会いたいのでわたしも書きます。とるにたらないことを、ぽつぽつと書くところから練習中。

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