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2019.01.20 こしあん

つぶあんを作る。

小豆を洗い、湯を沸かし、熱湯から茹で始め、沸騰したところで水を足し、再度沸騰した時点で火を止め、ざるにあける。「渋切り」と呼ばれる工程。

小豆を鍋に戻し、水をたっぷり入れて、強火で煮始め、沸騰したら小豆が軽く踊る程度の弱火にし、水が減ってきたら足しながら小豆が顔を出さないようにし、灰汁を掬いながら柔らかくなるまで煮る。この「下煮」がつぶあんを作る際に最も時間がかかり、少なくとも1時間程度は煮る必要がある。

ただ、ここまで来てしまえばあとはそれほど手間でもなく、砂糖を加えて煮詰めればつぶあんの完成だ。もうひと息。

しかし、下煮の途中から異変があった。鍋の中の煮汁の見た目がいつもと違う…白っぽく濁っている。通常も透明ではないが、もっと赤っぽい「小豆色」の煮汁のはずだ。

見ると、豆が割れて中身が漏れ出てしまっている。割れる豆が多少あるのは仕方ないが、今回は悲しいことにほとんど全部だ。いままでこんなことは無かった。

何が悪かったのか。

いつもと違うことといえば夜中ではなく午前中にやりはじめたことくらい。いや時間帯は関係ないやろと思われるかもしれないが、他の家事をしながら、子供の相手をしながらであり、片手間だったことは否めない。目を離した隙に渋切りでグラグラと茹ですぎのかもしれない。そのあとすぐに煮汁を捨てて下煮を始めたのがいけなかったのかもしれない。それにしてもそれでほぼ全部が割れるか?むしろ豆が悪かったのか?初めて買った豆だが、安い豆というわけでもないのに?

鍋の前でしばし呆然とするが、絶望しても小豆は元に戻らない。

この、小豆がグズグズに崩れた状態から進めてもあんこにならないことはないが、つぶあんというより、つぶしあん?的なものになってしまう。まぁそれはそれで美味いかもしれないけど、不本意さがすごい。

斯くなる上は、こしあんを作る。

こしあんは、「つぶあんを漉したやつ」ではない。つぶあんを作って、それを漉し器で漉せばこしあんになるかと言ったらならないのだ(工業的にはそういう製法もあるかもしれない)。

とは言え、つぶあんもこしあんも下煮までの工程は同じ。こしあんは、下煮のあと砂糖を加えて煮詰める「前に」漉すのである。だから下煮が終わった時点なら「つぶorこし」の方針を変更できるし、しかもこしあんはこのあとすぐに漉すので、小豆が割れていようが潰れていようがあまり関係ない。(ほんとうは割れずに煮た方が美味しいとかそういうことはあるのかもしれない。)むしろ今回みたいに煮てたら豆が割れちゃったのが「こしあんの起源」なんじゃないかという気すらしている。知らんけど。

こしあんを作る準備はできていた。

いつかはこしあん作ってみたいという思いを抱き続けていたので、レシピはチェック済みだったし、綿のサラシも用意してあった。だからこそ今回も「こしあんにしよう」という方針変更が可能だったわけだが、そもそもそこまで準備しておきながらなぜ今までやらなかったのか。

そう。こしあんは、すごく手間がかかるのである。

「下煮のあとに漉す」と先述したが、ちょっと漉し器に流すだけを想像しているなら、完全に間違いである。つぶあんに対して追加になるのは、大まかには①漉す→②晒す→③絞るという作業であり「ひと手間」とは言い難い。

まず、ボウルの上で漉し器に水を流しながら木ベラでゴシゴシやる。結構念入りにやらないと皮の中身が残ってもったいないので、どさっと一気にはできない。

漉し器の上に小豆の皮が残り、水と豆の中身がボウルにたまる。

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ただの泥水に見える。これをシンクに流すというのは定番の笑い話。そんなことをしたら手元には小豆の皮しか残らないので、やってる方はまったく笑えないが。

その後、10分ほど置いて、上澄みを捨て、水を足してかき混ぜ、10分ほど置いて、上澄みを捨て、水を足してかき混ぜ、10分ほど置いて、上澄みを捨て、水を足してかき混ぜ、10分ほど置いて、上澄みを捨て、水を足してかき混ぜ、10分ほど置いたものがこちら。

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上澄みが透明になるまで繰り返すこの「晒し」の工程により、なんか不純物が取り除かれるそうですよくわかりませんが。

ざるに綿の布を敷き、沈殿している「あん」を流して、

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布で包んで思い切り体重をかけて絞る。

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こうして出来たのが「生あん」で、これに水と砂糖を加えて火にかけて煮詰めて練れば、こしあんになる。ちなみに「生あん」を乾燥させて保存が効くようにしたものを「さらしあん」と呼び、こしあんの原料として市販もされている。「いつ何時こしあんを食べなくなるかわからないが小豆から作るのはめんどくさい、こしあんの真空パックも売っているが自分好みの甘さにしたい」という場合には、さらしあんを買って常備しておくといいだろう。

言っておくが練る工程も大概たいへんである。焦げ付かないように混ぜ続けなければいけないんだけど、それはつぶあんも同じこと。こしあんの何がたいへんって、めっちゃ跳ねる。つぶあんより全然跳ねる。怖い。

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コンロ周辺の養生と、長袖長ズボン靴下又はスリッパは必須、なんならメガネと手袋も着用した方がよい。高熱物を取り扱うときは飛散防止の措置を講じるとともに必要な保護具を使用しろって労働安全衛生規則第二百五十五条にも書いてある。

こしあんの完成。

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というわけで、こうして予定外の形で初めてのこしあん作りを体験することになった。

しかし出来たものはどこからどう見ても、紛うことなきこしあんだ。もちろん、食べてもこしあんだ。こしあん以外の何者でもない。

そうか僕は、こしあんを作ったんだ。

もはや「こしあんを作ったことがない僕」ではない。もう誰にも「こしあんも作ったことないくせにwww」とは言わせない。人を見て劣等感に苛まれたときには「そうは言ってもあなたこしあん作ったことないでしょう?」と思えばやり過ごせる。こしあんを作るとは、そういうことだ。

しかし、僕はまだ、こしあんの沼に片足を浸したに過ぎない。実際のところ今回のこしあんの出来は、「理想のこしあん」との明らかな距離を感じる。いや、まったくもって美味いんだけど、手順はもちろん、豆や砂糖など材料の調達も含めて、こだわる余地はいくらでもある。

お菓子なんかを手作りすると、その出来が良いほどに「プロが作った美味しいやつを買って食べたい」という思いに駆られることがある。みんなそうなのかはわからない。ただ、とにかく僕はいま有名店の美味しいこしあんの饅頭とかを買ってきて食べたい気持ちがすごい。

正直いままでつぶあん一筋だったのだけど、こしあんときちんと向き合い、こしあんがこれほどまでに手間をかけて作られていることを知ってしまった今、僕はこしあんを愛してしまいそうだ。

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