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小説『ヴァルキーザ』 第3章(5)

エリサイラーに一人前の剣士と認められ、グラファーンはイリスタリアに旅立つふんぎりがついた。自らにかけられた死の呪いを解くためにも、急いで出かけなければならない。

成人に至るまであと二年。二年ほど経ったら、自分はこの世を去ってしまう。グラファーンには時間がない。母の遺産と、自ら稼いだなけなしの金を持ち出して、彼は旅装を整えるため、トルダードの街で幾つもの、旅人向けの品物を買った。

火口箱と点火用の炭、油、木片、ランタン、ロープ、ダガーナイフ、ハンマー、手斧、金てこ、革袋、水筒、ワイン、ベルトポーチ、毛布、ハンカチ、タオル、バックパック(背負袋)、地図、マント、手鏡、小袋、ずだ袋、寝袋、食料、麻の服、はけ、くし、きず薬、食器、カップ、調理器具、敷き布、新しい靴、虫除けの網、塩、石けん、方位針などを。

買い物をすませると、グラファーンは昔の家のそばにある、母マックリュートの墓をたずね、墓前に一礼をして花輪をたむけ、祈りを捧げた。そしてその場を離れて、広場に向かう通りを歩いてゆくと、グラファーンに後ろから駆け寄って、声をかけてくる者がいた。女性の声だ。聞いたことのある、なつかしい声…

「グラファーン!」
「アミリア!」

グラファーンは振り返って、少女の姿をみとめ、驚いて声を上げた。
幼なじみの女性、アミリアだ。

「アミリア、本当にアミリアだね?」
グラファーンは表情を和らげた。

「グラファーン、久しぶりね」
アミリアは今も変わらず優しい顔で微笑む。

「アミリア、久しぶりだね! きれいになったね」

「まあ、嬉しいわ、グラファーン!」
お茶目に片目つむってみせ、彼女はさらに、後ろについていた一人の少年を手で示した。

「紹介するわ、私、この人と結婚したの」

「そうかい…おめでとう!」
グラファーンは二人に気兼ねして、早々に立ち話を切り上げ、その二人と別れた。

別れ際、グラファーンはつぶやいた。
「アミリア、どうか、幸せに…」

町の中心近くにある宿屋で一泊すると、翌朝、グラファーンは早く起きて宿屋を出た。そして町の真中にある広場へ行った。おもては晴れていた。暗い空が白み始め、やがて太陽が地平線の彼方から現れ、白い光を差し、朝の薄暗い空を明るく赤みがかった色に染め上げる。

トルダードの街は薄い朝霧がかかっていた。その中を分けて、マントに身をつつみながら、グラファーンは広場を通ってゆく。うす寒さに顔をしかめつつ身を引き締めて歩いてゆき、やがて彼は広場の中央にある大きな井戸の前に立ち止まる。

グラファーンは持ち物を確認し、しっかり身につけ直してから、剣を鞘から抜いてかざし、旅の無事を願う祈りを捧げると、トルダードを出発した。

イリスタリアへの冒険の旅が始まった!

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