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【無料公開中】もういない君と話したかった7つのこと

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#エッセイ

もういない君と話したかった7つのこと #01

まえがき 僕がこの本を書くことになったきっかけは友人「K」の死です。  Kは10歳以上年の離れた友人でした。  出会ったときのKはまだ16歳で、人を寄せ付けない尖った雰囲気があり、非常に聡明で、いろいろなことを考えすぎてしまう少年でした。  出会ってから7年後に彼は亡くなりました。  部屋のドアノブにひもをくくりつけて首をつったのです。  その3日後に僕は、彼の好きだった高円寺の名曲喫茶で彼の親族と会い、お話をしました。  小さな骨になったKを見たとき、騙し絵のなかに入ったよ

もういない君と話したかった7つのこと #02

▼1つめ 力を抜いて「平凡な自由」を考えよう いろいろ働いてはみたけれど……  自殺する前によく「自由になりたい」と言っていたK。  僕には彼の気持ちがよく理解できます。  最初に僕自身の話をしておきましょう。  今、僕は文章を書いて生活しています。  けれども、それ以前には会社勤めをしていたし、フリーター的な働き方をしていたときもありました。  土木作業員、ホスト、デザイナーまで、それこそ出来ることならなんでもやりました。  そうしたことを経てきて、いまの文筆業というの

もういない君と話したかった7つのこと #03

無気力に救われることもある  Kはよくこう口にしていました。 「自分は無気力であることで救われている」  どういうことでしょうか?  動物は努力してもどうしようもない状況に長く置かれると、「どうせ無理だ」とばかりに努力しなくなることがわかっています。  これは「学習性無力感」と呼ばれ、1960年代にマーティン・セリグマンという心理学者が発見したものです。 「どうでもいい」。この後ろ向きな感じはまさに無気力の学習です。  これによって他のいろいろなつらいことに目を向けなくても良

もういない君と話したかった7つのこと #04

「正気のまま自殺」は考えられないことか? 自由意志が存在しないという話をしましたが、にわかにはそれを受け入れられない人もいるでしょう。  だけど、よく考えてみると人間の本能には「生きろ」という問答無用の生存プログラムが焼き付けられています。これもある意味では自由意志を奪うものじゃないでしょうか。  なぜならば、「死にたい」と思ったときに自由に死ねないからです。  よって、やはり「自殺」こそが究極の自由の証明に他ならない──Kやキリーロフの考えだと、そうなります。  さて、これ

もういない君と話したかった7つのこと #05

時間があるほど、迷ったり、悩んだりする 僕が「自由になったかなぁ」と感じ始めたのは、27歳でフリーのデザイナーになったときです。  一見独立したように聞こえますが、ただ、会社がつぶれただけです。  フリーランスになったあとは出版社などから仕事を回してもらったりして、なんとか食費やら家賃やらの経済面ではある程度安心できるレベルでした。  フリーランスって、あくまで仕事を請け負う側ですから、「ああしろこうしろ」みたいな注文って、よく言われているイメージですよね。  ただ、僕の仕事

もういない君と話したかった7つのこと #06

〝究極のリア充〟だったブッダが求めたもの 普通なら「いや、そこはもう逃げなくていいだろう」と思うでしょうけど、「そこまでするか?」みたいなレベルで超自由になりたいということでしょう。  でも、「僕は満足してたけど、この世界って本当は不自由なんだ」と気付いてしまったんです。 「死ぬのが怖い」「老いるのが嫌だ」などは究極の心理的な不自由さです。  心が死に囚われてしまった、ということでしょう。  そこから出家したいブッダは、生まれたばかりの実子にラーフラ(=障害をなすもの)という

もういない君と話したかった7つのこと #07

2つめ 人とのつながりという「檻」から自由になるには 「歪んだ鏡」は本当の自分を映さない この章では、「自分は特別な人間だ」という自意識から自由になるにはどうすればいいのか、を考えましょう。  ここでのキーワードは人間関係や社会とのつながり、つまりコミュニティです。  自意識も、健全なものは自己肯定力の源や、自由を獲得する力になり得ます。  ですが問題は、「不自由な自意識」です。  これは、自分と世間がうまくかみ合っていないときに生まれます。  他者の目や世間の評価を、自

もういない君と話したかった7つのこと #08

誰も人間関係という「檻」から逃げられない Kが亡くなってから、僕は、「自由になるためには、基礎能力がいる」、そう思うようになりました。  20代前半──それはまだ、わからないことばかりの時代です。  これまでの人生と比べると、仕事のことも、人間関係ももっと広まる時期ですが、自分の考えなどがまだまだ狭いため、短絡的に、それも悪いほうに結論を出してしまう。  みなさんにもそのような経験はないでしょうか。  そうなったときに、社会性や選択肢をより少なくする方向に思考が進みがちです。

もういない君と話したかった7つのこと #09

素直に「さみしい」と言っていい 社会性やコミュニケーション能力というと、なにか難しく思えます。  自分はおもしろい話ができない、嫌われてしまうのではないか、笑われるのではないか、自分みたいな人間が……いろいろな理由で一人になっている人がいると思います。  そういう人のために、人付き合いのコツを教えましょう。  1つめは、素直になることです。  2つめは、人を否定しないことです。  Kは、一緒に食事をしているとき、たまに少しお酒に酔って、 「自分はいい人間になりたいんだ。優しい

もういない君と話したかった7つのこと #10

馬鹿に見られるくらいでちょうどいい だけど、それがあまりにも恐怖すぎて、「このままでは、もう人前で喋れなくなってしまう」と思いました。  そのうちに似たような依頼が来たんですが、そのとき、「もう、逆に……やろう」と思ったんです。  もうあのとき以上にひどいことはないだろうと。それに、ちゃんと準備すればいいんじゃないかと思ったんですね。  結局、その次の機会は、カンペみたいなものを作ってそれを棒読みしながらなんとか乗り切りました。  とても成功とは言えませんが、初回があまりにひ

もういない君と話したかった7つのこと #11

批判の銃弾は「もう一人の自分」に受けてもらう  人は「経験していないこと」を恐れ、不安になります。  大抵の不安や悩みは「まだ起きていないこと」です。  まだ起きていないからこそ、いろいろなパターンを想像して恐怖をふくらませるのです。  これが「予期不安」と呼ばれるものです。  Kは、この予期不安を抱きやすいタイプでした。  僕はそんな彼に、自分が試した3つの方法を話したことがあります。 「いろいろなことに慣れる」 「小さなことからはじめる」 「もう一人の自分をつくる」

もういない君と話したかった7つのこと #12

しがらみだらけのヤンキーたち 僕は、まずKが、自信の得られるコミュニティに属し、そこでそれなりに世間とうまく折り合って成長していけば、そのうち一人で生きる自由を獲得するのではないかと考えていました。  ただ、その所属するコミュニティ自体の問題も無視できません。  以前、精神科医の斎藤環さんと「ヤンキー」についての対談イベントを行ったことがあります。  ここで言うヤンキーとは、昔ながらの「不良」というイメージに近い性質を持った人々のことです。  僕は昔から内向的なオタク気質なの

もういない君と話したかった7つのこと #13

サンデル教授が流行った理由 コミュニティの話を少しだけ続けていいでしょうか。  大きな意味でのコミュニティ、つまり「社会」についてです。  正直に言うと、僕は社会問題には関心が薄いほうなんです。Kもそういう人間でした。  だから恐らく、彼は自分の死を社会問題にされることを拒むでしょう。  しかし、彼の死の何割程度かには社会の問題が含まれていたのではないかと思うのです。  2010年に『これからの「正義」の話をしよう』という本がブームになりました。  この著者のマイケル・サン

もういない君と話したかった7つのこと #15

少しくらいは「人のせい」にしていい ところで、フランクルはもともとアドラー派の心理学者ですが、アドラーは海外では自己啓発の源流として有名です。  僕はこのアドラーという精神科医が、この先とても重要になっていくんじゃないかと思っています。考え方が、非常に現代人に合っているんです。  トラウマの否定や自己決定のやり方、他人の期待を満たすために生きてはいけない、さらに承認欲求を捨てて自分を肯定せよ、などなどです。 「自己決定」や「自己責任」を生まれたときから教え込まれている我々にし